Yahoo!ニュース

損保ジャパンとビッグモーターの不正と癒着、そもそも何が問題なの?

高橋成壽お金の先生/C FP/証券アナリスト/IFA
画像はイメージです。(写真:イメージマート)

当初はビッグモーターが自動車修理の際、故意に自動車に傷をつけることで、保険金請求の対象となる修理費用を水増ししていたというニュースが流れました。さらに自動車修理額にノルマが設定されており、ノルマ達成のため顧客の財産である自動車を意図的に傷つけていたことがわかりました。また、当初被害者かと思われていた損保業界大手の損保ジャパンが不正を黙認し、自社利益のために保険金の不正請求に加担したとされています。

■結局何が問題だったの?

今回の事件において当初は、保険金を支払う側の損保ジャパンは、不正請求の被害者であると思われていました。ところが世間の注目を集めるにつれ、徐々に実態が明らかになり、ビッグモーター側の不正請求を知りつつ、むしろ不正請求を促すような業務体制であったことがわかりました。

この件における、筆者の最大の指摘は、「修理業者と保険販売業者が同じでは顧客に対して利益相反が起こる」ということです。

本来は、自動車修理業者が修理の見積りを保険会社に提示します。保険会社は見積りの対象は必要な修理に限定されているか、不自然な修理や余計な修理が無いか確認し、保険会社の支払い基準に照らして、不相応に高い修理費用は減額するなど、保険の公共性に鑑みて不正な請求に応じることの無いようけん制します。

ところが、自動車修理業者が保険を販売すると、けん制機能が緩みます。保険会社は自社の自動車保険販売を修理業者に推進して欲しい。そのため、修理見積に対してスムーズに保険金を支払うことで、便利な保険会社というポジションを獲得し、より一層自社の保険販売シェアを高めようとします。

損保ジャパン側は、修理見積に対して査定せずに支払うことで、迅速な支払いを実現したのですが、チェック機能がゼロになったため、何を請求しても保険金が支払われることになりました。

コロナ禍における補助金不正と似ています。急ぎ支払うためにチェック機能を除外することで、不正が増える構図です。

■被害者は日本中の任意保険加入者

今回の被害者は明確に、自動車点検や修理を依頼した自動車の所有者です。査定レスになったことで、無傷の車においても、傷をつけられ保険金請求されるケースでは、車検などの定期点検にもかかわらず、修理されてしまう事態になります。

一般的に自動車保険は一年ごとの更新となります。※複数年契約もあります。保険金を受け取るということは、翌年以降の保険料が高くなることを意味します。何も落ち度が無いのに、いつのまにか傷物にされ、保険料が高くなる。

実は、損害保険は業界全体で保険料収入と保険金支払いのバランスをとる必要があるため、被害者のみならず、自動車保険の契約者全体に悪影響を及ぼしている可能性があります。つまり、自動車保険の損害率が高くなり、損害額が多くなることで、損保ジャパンやビッグモーターとは関係の無い人の保険料まで高くなってしまう可能性があるのです。

そう、あなたの自動車保険料まで値上がりしている可能性があるのです。

今回、各保険会社では、ビッグモーターからの保険金請求を可能な限り調査するでしょうけれど、その結果として、僅か数円だとしても保険料の引き上げにつながっている可能性は否定できません。

■昔からあった、自動車修理における「融通」

筆者が自動車保険の販売に携わった時に一番戸惑ったのが、保険金請求時のやりとりです。自動車の修理の際に、「他の個所も一緒に直す」ということが当たり前のように行われていました。今でもどこかで行われている可能性があります。

自動車の修理側も、修理を依頼する側も、お互いわかっていて、共犯関係にあります。このことは、保険会社も察知しており、だからこそ保険会社独自の支払い単価があり、被害状況に比べて修理費用が高額でないかなどチェックしてきました。修理費用は多めに見積もることが当たり前と考えている関係者もいます。

つまり、今回の事件をもとに、過去の契約まで全て調査すれば、小さな修理業者、自動車ディーラー、自動車保有者まで、数万人、数十万人単位で保険金の不正請求に携わったことになり、保険市場前代未聞の規模になることは間違いありません。

そのようなことは現実的ではないため、ビッグモーター他の中古車販売会社がスケープゴートにされ、他の関係者へは見せしめとなり自浄作用に期待するしかないように思います。

■迷惑なのは真面目な修理業者

最近、自動車の修理費用は値上がりしています。単純に部品や塗料が入ってこなかったり値上がりしたり、人件費が上昇したりしています。

そのため、適正な金額の修理費用を見積もっても、ビッグモーターのようなことをしていないか?といった疑惑が真面目な修理業者に向かってしまう可能性があります。

いわれのない誹謗中傷を受けることもあるでしょう。

昔から営業している自宅兼工場のような自動車修理業者では、儲ける必要がないからと最低限の工賃と部品代だけで修理している会社もあります。値上げしなければ赤字になるような価格設定であっても、今回の事件をきっかけに利益の出ないまま修理を続けて、廃業せざるを得ない修理業者が出てくるのではないかと心配です。

■損保ジャパンの広報はマイナス情報をしっかりリリースすべき

損保ジャパンは私のようなファイナンシャルプランナー向けの情報発信に力を入れています。ご案内や情報提供として、不定期にメールを送ったり、FP向けに勉強会を開くなど金融業界大手では珍しい活動に取り組んでいます。

ところが、ビッグモーター事件においては今のところ、連絡がありません。

この対応では、都合の良いことしかニュースをリリースしない会社という不名誉な印象を与えかねません。今まで前向きなプレスリリースを続けてきたからこそ、今回のように極めて後ろ向きな出来事であっても、事件を時系列にまとめ、何が問題であったか、今後どうするかといった、ニュースを出していく責任があります。

筆者の知り合いに損保ジャパンを販売している損害保険代理店の経営者がいます。やはり風評被害を懸念しています。今回の事件を機に、他の損害保険会社へ乗り換えられたとしても、仕方のないことだと言えるでしょう。

■これから損害保険業界はどう対応すべき?

既に各保険会社で導入済みであろうと思いますが、まずは保険金請求に対して全件チェックする体制が必要です。火災保険の不正請求と同じように、弱点を突かれていますから、不正の多い修理工場は業界で情報を共有する必要もあるでしょう。

基本的に人海戦術ですが、取り組みの早い保険会社では、修理箇所の写真から被害額をAIで査定し、保険金請求書の文面から不正を感知するような取り組みをしているでしょうから、業界を挙げて同様の取り組みを推進する必要があるでしょう。

保険会社ごとの修理費用の単価を公開するのも効果があるでしょう。修理を依頼するほとんどの人は、修理資格や技術、知識、設備の問題で自分では修理や点検ができません。ただ、業者と消費者間の「情報の非対称性」が存在すると、チェックがしづらいですから、すくなくとも単価情報は公開すべきと考えます。保険会社は出したくないでしょうけれど、開示すべきです。問題は、インフレの現在、頻繁に単価を更新する必要があることでしょうか。

他にも、人への教育も必要です。不正請求を悪いことだと認識し、不正行為をさせないような教育がなければ、情報の非対称性がある限り、不正の温床となる可能性は否定できません。

修理業者が保険を販売することを止めればいいと考える人もいるでしょう。最も簡単な解決策かもしれません。ただし、保険販売も含めて事業を営んできた経緯もあり、突然業務を廃止させることは難しいでしょう。

損害保険は、実損てん補という考え方のため、保険金請求額に開きが出てしまう商品です。その中でも、自動車の所有者、保険会社、修理業者がそれぞれに納得のできるような体制をいかに構築するか。できなければ、業界全体の信頼を回復することは難しいでしょう。

お金の先生/C FP/証券アナリスト/IFA

日本人が苦手なお金を裏も表も解説します。お金の情報は「誰がどんな立場から発信したのか見極める」ことが大切。寿FPコンサルティング、ライフデザインセンター代表。無料のFP相談・IFA相談マッチングサービスとして「ライフプランの窓口」「住もうよ!マイホーム」「保険チョイス」「アセマネさん」を運営。1978年生神奈川県藤沢市出身。慶応大学総合政策学部卒業後、金融関係のキャリアを経て有料FP相談を開始。東海大学では非常勤講師として実務家教員の立場から金融リテラシー向上の授業を担当。連載:会社四季報オンライン。著書:ダンナの遺産を子どもに相続させないで。メディア出演、メディア掲載多数。

高橋成壽の最近の記事