NISA拡充・恒久化での不安は岸田幕府「二刀流」宣言か?
大河ドラマ鎌倉殿では鎌倉殿のポジションを巡る権謀術数や権力者の意向で次々に擁立される鎌倉殿(征夷大将軍)。800年を経た今、目まぐるしくトップが入れ替わる日本の政治の源流を見ている気持ちになります。
そんな中、岸田幕府では、岸田首相自ら2022年9月下旬にニューヨークで新しい資本主義に関する講演を披露。翌週の株式市場は下落するという市場評価を受けることになりました。
時期が悪いと言ってしまえばそれまでですが、NISA拡充・恒久化が議論される中、何が不安視されたのでしょうか。
利上げで投資マネーを引き込むタイミングではない
アメリカの金融政策当局が金利を引き上げ、年内にさらに金利引き上げを宣言しています。金利が上昇すると、国債のような安全性の高い資産の運用力が高まりますから、リスクを負ってまで株式投資する意欲が減退します。
アメリカでは、物価上昇対策として金利引き上げを維持する方針ですから、その影響もあり世界的に株価が下落基調にあります。どちらかというと、さらに投資マネーを引き上げようと検討している段階と言い換えてもいいでしょう。
夏祭りで盆踊りが終わった後で日本から首相がやってきた感じ。投資家は祭りから帰ろうとしてるタイミングと言ったら言い過ぎでしょうか。
少なくとも、日本市場がアメリカ市場よりも成長余地がある具体的な政策が求められていました。
5年のキャリアでも戦後唯一の金融業界出身とPR
岸田首相は早稲田大学を卒業後、現在の新生銀行に入行(当時、日本長期信用銀行)に入行しました。公式サイトでは、具体的にどのような職務に従事したか記載なく不明ですが、5年間在籍したとあります。
超保守的な企業群の代表格である金融業界において、5年のキャリアでは資本主義のど真ん中にいたとは考えづらいものがあります。皆さんの職場で、社会人5年目の社員はどれほどのポジションでしょうか。
世界の金融プロフェッショナルが集うニューヨークにおいて、たった5年の職務経験をもって、金融業界であることをPRしても、35年の政治業を営んでいるということは、全キャリアのわずか1/8程度しか金融の薫りを嗅いでこなかったわけですから、アメリカの金融業界が鼻白んでも不思議ではありません。アメリカの金融業界は博士号をもっているのが当たり前の市場です。非金融学部卒、金融キャリア5年では金融に疎いと思われた可能性もあり、対等な話し相手にならないでしょう。
実際、ファンド関係者から日本とアメリカで言っていることが違うという意見も聞かれます。迷走、あるいは二枚舌では投資マネーを引いてくるのは難しくないでしょうか。
成長と持続可能性の「二刀流」は可能か
また、講演ではMLBで活躍中の大谷翔平選手の例を引き合いに出し、「成長」と「持続可能性」という一見すると相反する事象の両立、二刀流を訴求しました。
上場企業でいえば、成長を重視するなら利益を稼ぎ出し、全額再投資するような資本戦略が考えられます。一方の持続可能性は広義に考えれば、税金・社会保障への還元、従業員給与の引き上げ、下請けや外注先の保護など、乾いたぞうきんを絞るとは反対の経営方針を保つことになります。
成長を重視すれば、株価は上昇するでしょう。資本家や個人投資家は投資の面では恩恵を受けます。一方で、利益至上主義では所得向上など夢のまた夢。成長戦略の上で、法人税率を引き上げて法人税収の増加で、日本経済を支えるのであれば、持続可能性はあるかもしれませんが、法人税率が低い方が、利益がより再投資に回りやすくなりますから、アクセルとブレーキを両方踏もうとしている印象です。やりたいことの絵が見えづらいと言えます。
持続可能性は単に企業のESGを推進するという意味であったのかもしれません。結局、何の二刀流なのか、よくわからなかった、という印象を持たれたのではないでしょうか。二刀流ではなく二兎を追うことにならなければいいのですが。
ところですでに、給与所得控除改正による増税や、社会保険料率の上昇による、実質的な「年貢率」が上昇してきました。持続可能性を追求するのであれば、税と社会保障の負担が増えます。今後さらなる増税、社会保険料率アップも必要でしょうから、生活を豊かにする方向に進むとも思えません。
特殊な状況である明治維新と戦後復興を根拠とする成長
筆者が気になったのは、大政奉還による国家統治と政治体制の大変革を行った明治維新と、特需によって支えられた戦後復興をもって、日本経済の底力をPRしたことです。19世紀に一度、20世紀に一度と、日本には100年に一度しか起こらない経済復興を「経済的奇跡」と表現しているあたり、行間を読ませる深い表現と言えます。100年スパンで投資できるような投資家は機関投資家であっても居ないでしょう。
明治維新のイメージは、政権交代を意味するのでしょうか。戦後復興であれば、現状のきな臭い世界情勢をチャンスと見ているのだとすれば、深謀遠慮と言えそうですが、単に使い勝手の良い変革と復興をキーワードにしたのであれば、再現性がないと言わざるを得ません。
市場関係者にPRするのであれば、ITバブル、リーマンショック、ブレグジット、コロナ禍に対する耐性を説明する必要がありそうですが、平成バブルの株価を未だに超えることができない市場が魅力的に映るのでしょうか。
かえって、魅力がないと判断する材料とされてはいないでしょうか。
NISA拡充・恒久化しても下げ相場では死屍累々
下げ相場でコツコツ買い続けるのが、つみたて投資の美学のように語られますが、岸田幕府の目玉政策の1つと考えられるNISAの恒久化については、不透明な市場への投資をだれが喜んでするのでしょうか。
少なくとも、アベノミクス局面では、世界的な金融緩和による金余りを根拠とした株式市場の成長がありました。そのため、企業型確定拠出年金、個人型確定拠出年金(iDeCo)、つみたてNISAの投資家はもれなく恩恵を受けたことでしょう。
ところが、2022年初からの米国利上げにともなう株価下落は、引き続き金利を引き上げたいFRBの意向もあり、短期的には上昇局面とは考えづらいでしょう。
せっかくNISAなどの優遇投資枠を活用しても、購入した投資先の評価が日々下がるようでは、投資家死屍累々となる可能性が否定できません。
大規模な相場崩壊を知らない、20代、30代をアテにした長期資産形成を推進するには、お金の世界の潮流をいち早くとらえるような政策を実施できるかがカギになりそうです。
金融出身首相の意味は?
本稿を改めて見直して、金融出身首相の意味を当初、金融に詳しいと仮定しました。しかし、そのような説明がされたわけではありません。もしかすると、金融関係者との太いパイプのもとに、NISAの恒久化など積立資金の市場流入を促すことで、暗に金融業界への成長機会を提供したとみることもできます。
つみたて資金の増えるほど、投資先ファンドを通じて買われる株、買われない株がわかります。将来の買い圧力を踏まえて、優秀なアクティブファンドやヘッジファンドの利益確保の場とならなければいいが、と考えるのは杞憂でしょうか。
明確な成果の見えないまま1年経過した岸田幕府の目玉政策が実施されるのは2023年4月からの新年度です。それまで、幕府体制が維持されるのが、次なる将軍により方向転換がなされるのか、投資教育・金融教育を行う立場として目が離せない状況です。
NISA拡充・恒久化のタイミングで、少しでも市況が回復しているといいのですが。