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プロ野球選手30人やドラフト候補が全幅の信頼を置くトレーナー・北川雄介。人気の理由と大切にする信念

高木遊スポーツライター
多くの選手から信頼を集めるトレーナー・北川雄介、35歳(高木遊撮影※2022年)

 都心のビルの地下にある『DIMENSIONING 101 LAB』。そこにプロ野球選手から強豪大学・社会人の選手、まだ名も無き選手まで幅広い層の選手たちが学びを請いにやってくる。

 この場所で行われるのは、パフォーマンス向上を目指すマンツーマンレッスンだ。指導するのは彼らから絶大な信頼を得ているトレーナーの北川雄介だ。

 時にスマホやビジョンを使って理論的に説明し、時に選手の筋肉にグイッと刺激を与えて動きを潤滑にする。1時間3万3千円の決して安くはないセッションが終わる頃には、皆笑顔で帰っていく。

 顧客は野球選手だけに留まらない。巻誠一郎、田中達也(サッカー)、吉村真晴(卓球)といったアスリートに加え、最近では理学療法士や柔道整復師、さらには高校野球の指導者や企業の経営者も足を運ぶ。

 彼がここまでの信頼を得られているのは、卓越した腕もさることながら、その指導スタイルが大きい。その人気の理由と大切にしている信念を探った。

高校時代はベンチ外

 北川は千葉・八千代松陰高時代まで野球選手としてプレーしたが、ベンチには入れなかった。体がなかなか大きくならず、3月4日生まれということもあって早生まれの不利を感じることも多かった。

 一方で「体が大きい人に勝つにはどうすればいいんだろう?」と、小学生の頃から体の仕組みなどに興味を持ち、図書館に多く通った。また、高校時代は偵察係を任されて、他校の分析にも熱を上げた。

 高校の1学年上だった大場翔太(元ソフトバンク)には何度も驚かされた。

「立ち上がりにスピードが出ずに、最終回で最速を出すような人だったんです。200球ブルペンで投げてから試合に入ったりしていましたね。それでも最速が出るのは最終回でした(笑)」

 科学では説明はつかないような身体能力を持つ大場の存在からも実力を悟り高校で現役を引退。筑波大進学後はオリンピック出場者など経験豊富な教授陣のもとパフォーマンスの向上やコーチングの研究に勤しんだ。

 そして、大学卒業後この道に。若くして独立し「仲間に結構な額を横領されたこともありました」という紆余曲折を経て、今や人気引っ張りだこのトレーナーとなった。

どんな選手相手にも対話を重視するスタイルを貫いている(高木遊撮影※2021年)
どんな選手相手にも対話を重視するスタイルを貫いている(高木遊撮影※2021年)

「過剰な依存関係は作らない」

 北川が大事にしているのは「選手が今いる環境の中で、どうやって花を咲かせられるのか?」を、ともに考えていくことだ。

「過剰な依存関係は作らないようにしています。所属しているチームを悪く言って“剥がす”ようなやり方はしません。そんなやり方をしても残るのはチームの指導者への不信感だけです。本来“活躍する”ということは“今いるチームで活躍すること”と考えれば、その“活躍する場”を否定してはいけないと思うんです」

 例えば投げ込みが多いチームならば、その方針にあった成長プランを描く。

「投げすぎない方が科学的にパフォーマンスとしては良いというデータもあるんですが、さっき話した大場さんのような科学では説明できない例もある。まずは、どんな選手にも“普段はどのようにやっているんですか?”と聞くようにしています」

 まずは、普段の投球・打撃のフォームをチェック。それを撮影した映像やラプソードなどで測定した細かな数値を見ながら助言が始まる。「今こうなっているから、ここの筋肉をもっと使えると、こうなるんじゃないかな」といったような実に柔らかな口調だ。そして、効率の良い動作を実現するためのトレーニング、マッサージを施す。

 その後、選手は実技に戻ると、指導前との変化に、驚きを超えて思わず笑みがこぼれる。投手で言えば球速や回転数、野手であれば打球速度や角度が飛躍的に向上することも珍しくない。

ラプソードで計測したデ科学的なータをもとに、対象者とともに向上方法を模索していく、(高木遊撮影※2021年)
ラプソードで計測したデ科学的なータをもとに、対象者とともに向上方法を模索していく、(高木遊撮影※2021年)

「勝負する競争相手がいて、その勝負には期限がある」

 現在置かれている状況や対話を重視する姿勢だからこそ、選手だけでなくチームの指導者からも信頼が厚い。年数回招聘し、国立大ながら6月6日開幕の全日本大学野球選手権にも出場する静岡大の高山慎弘監督は、北川の指導に感謝しきりだ。

「北川さんは単純にフォームをいじるのではなく、今のフォームや体を見て、使いきれていない筋肉を最大限に使えるように持っていってくれます。また、数値を出して、試合で結果を出すための道筋を作ってくれます」

 どの世界にも通ずる話だが、野球の世界も「勝負する競争相手がいて、その勝負には期限がある」ということを念頭に置いている。「大事な試合はいつで、そこまでにどれくらいの状態になっていないといけないのか?」ということも対話を通して把握する。

「選手たちがチームから求められていることは聞くようにしています。僕の勝手な判断で“これが良い”と思っていてもチーム的にそれがフィットしていないのであれば、チャンスが少なくなって選手が不幸にしかねませんから」

 指導でも「いいね!めっちゃ良くなったよ」などと褒める場面をよく見るが、厳しく言うべき時は言う。

「きついことから逃げて、同じことをやり続けず、すぐに変えようとする選手には怒ります。できるようになるまでやり抜かないと次のステップに行けませんから。いろんな理論が巷には溢れていますが“理論コレクター”ではいけません。(理論を)知っていることが偉いんじゃなくて、(期待されたことを)できることが偉いという世界です」

一人ひとりが置かれている状況や状態を見ながら、最善の方法を探っていく(高木遊撮影※2021年)
一人ひとりが置かれている状況や状態を見ながら、最善の方法を探っていく(高木遊撮影※2021年)

「人がレベルアップする瞬間を見るのが一番好き」

 現在は北川以外に社員2人、弟子を全国に40人ほど抱えている。パーソナルトレーナーなど「個人コーチ」の需要が高まっているのは事実だ。一方で、飽和状態にもなっている業界で北川が人気を得られている理由は何なのだろうか。本人に尋ねてみると、純粋な思いから来る原動力を淀みなく話した。

「この仕事をしていて、 “やっぱり僕は人がレベルアップする瞬間を見るのが一番好きなんだな”と、ある時ふと感じたんです。そして、その体験をみんなでシェアしていきたい。本当にやりたいことを楽しくかつ一生懸命にやっているから、エネルギーの良い循環が生まれているのかなと思います」

 今後の夢はその循環をさらに加速させていくことだという。

「もともと目指していた“プロ30人をサポートすること”は達成できました。今いる選手をより高みに持っていけるようにサポートしていくことに変わりはありませんが、MLBへ担当する選手とともに行くことも夢です。そして、社員や弟子のトレーナー、一人ひとりにも夢があると思うので、それも実現してもらいたいです」

 施設名と会社名にも使用されるDIMENSIONINGには「次元(DIMENSION)を超えていく」という意味が込められている。

 これからも、関わる一人ひとりと成功の形を共に模索し、次元を超えた先にある絶景を共有するべく、北川は多忙な日々を駆け抜けていく。

スポーツライター

1988年10月19日生まれ、東京都出身。幼い頃から様々なスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、ライター活動を開始。大学野球を中心に、中学野球、高校野球などのアマチュア野球を主に取材。スポーツナビ、BASEBALL GATE、webスポルティーバ、『野球太郎』『中学野球太郎』『ホームラン』、文春野球コラム、侍ジャパンオフィシャルサイトなどに寄稿している。書籍『ライバル 高校野球 切磋琢磨する名将の戦術と指導論』では茨城編(常総学院×霞ヶ浦×明秀日立…佐々木力×高橋祐二×金沢成奉)を担当。趣味は取材先近くの美味しいものを食べること(特にラーメン)。

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