西武を5回無失点に抑えた異色の大型右腕・伊藤祐貴。工事現場から目指すNPBへの道

浦和学院、上武大と強豪校を経て、昨年から深谷組に所属している伊藤祐貴(筆者撮影)

 6月8日、西武第二球場で行われた西武二軍と社会人野球・深谷組の練習試合で1人の無名の投手が快投を見せた。

 深谷組の先発のマウンドに上がったのは、大卒2年目の右腕・伊藤祐貴。188cm90kgの恵まれた長身と鍛え上げられた大きな体格から投げ下ろす角度のあるストレート、縦横2種のスライダー、カーブ、フォークを交えた緩急自在の投球で5回まで2安打無失点。パリーグで山賊打線と恐れられる打線の予備軍を手玉に取った。6回には春の出遅れによる調整不足でスタミナが切れ4失点したが、大きな手応えを掴んだ一戦となった。

 ただ、そこまでの能力を持った大型右腕がなぜ都市対抗・日本選手権ともに未出場の創部5年目のチームにいるのか。興味が湧き、所属先と本人に取材した。

強豪校でプレーした学生時代

 深谷組硬式野球部は2015年に創部。母体となる深谷組は創業50年を超える鳶(とび)や土工事業を担う企業だ。二代目となる深谷和宏社長が「若くて元気のある会社にしたい」と創部し、埼玉県さいたま市に拠点を置く。

 そんな中で伊藤も平日は朝早くに起き、都内の高層ビルの基礎工事に土工として従事。昨年は東京五輪のメイン会場・新国立競技場の建設にも携わった。17時まで現場仕事をして帰寮し、夜に自主練習を行う。こうした多忙な一日の中で力をつけることができているのは、これまで強豪校でもがいてきて掴んだからこその気づきがある。

 広島市に生まれた伊藤は、小学生時代に近所の仲間とともに青崎ソフトボール少年団に入団。すると、小学6年時に全国優勝を達成し、中学時代はヤングひろしまで全国8強、そして浦和学院でも全国制覇を果たした。上武大でも全日本大学野球選手権に出場を果たすなど、この経歴だけを見れば華々しい野球人生のように思える。だが、高校以降は中心選手となれなかった。

 小中高と同僚だった山根佑太(元立教大)が「優しい性格で、あまり前に出るタイプではなかった」と人柄を話すように、高校時代は環境に慣れるまでに時間を要した。3年春に1学年下のエース・小島和哉(現ロッテ)を擁してセンバツ甲子園を制した際も、最後の夏に仙台育英と死闘を繰り広げた際も背番号は「13」。代打兼控え投手という役割で、大柄な体を生かした「当たれば飛ぶ」という確実性の低い打撃では、その後の上武大でも通用せず。1年の夏から投手に本格転向し、投手の練習メニューのみを行うことにした。

 高校時代に最速は138キロほどだったが、投手に専念したことや上武大の練習環境により大きな成長を遂げた。

「やらされる練習ではなく、自分で考えながら取り組むことはできたので充実していました」と振り返るように、最速も143キロまでになり、角度のあるストレートに強さが加わり、持ち味の緩急もより生きるようになった。

 ただ、好不調の波があったことや当時は今秋ドラフト1位候補右腕の宮川哲(現東芝)や度々チームの躍進の立役者になった好左腕・寺沢星耶(現東京ガス)ら複数の好投手がおり、出番は限られていた。春秋の全国大会で上武大は5季連続4強入りの強さを誇った中で、伊藤の全国大会での登板は4年春の1試合のみ。コールドゲームとなった和歌山大戦の1イニングのみだった。

多忙な一日の中での工夫

 そんな中、手を差し伸べたのが上武大前コーチで、現在は深谷組のGMを務める平原美亜(よしあ)氏だった。平原GMは「140キロ台中盤を投げるし、上武大で打撃投手をよくやっていたこともあってコントロールが良い」と伊藤を獲得。

 そして入社後、高校・大学では経験の無かった中心選手として要所での試合に起用されることになったことで自覚も増した。仕事は決して楽なものではないが「スタミナは付きますよ」と笑う。

また、現場での仕事は持久力のもとになる筋肉しかつかないため、平日夜の自主練習では、短い距離のダッシュや瞬発系の細かい動きを取り入れたトレーニングで、投手としての能力を高めてきた。「大学時代の知識・知恵があるので短い時間でも高めることができています」と話す。

 そして、将来については「野球を続けている以上はプロになりたいです」ときっぱりと言い切る。深谷社長や平原GMも「プロに行けるだけのポテンシャルはあるし、社会人野球が“大企業しかできないもの”というイメージを払拭したい」と口を揃え、背中を押す。

「プロが相手ではストレートでまだ空振りを奪えなかったので、球のキレを求めていきたいです」と伊藤自身も話すなど、当然まだ課題はあるが、心身ともタフな姿に、今後を期待せずにはいられない。

 伊藤が好きだというスキマスイッチの『ゴールデンタイムラバー』の歌詞の一節にもあるように、「運命は奪い取るもの」だ。

大卒2年目となり今年からプロ野球ドラフト会議の指名対象となるだけに、最高峰の舞台を目指す意志はより強くなっている(筆者撮影)
大卒2年目となり今年からプロ野球ドラフト会議の指名対象となるだけに、最高峰の舞台を目指す意志はより強くなっている(筆者撮影)

文・写真=高木遊