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中国海警法は国際法秩序への挑戦である

田上嘉一弁護士/陸上自衛隊三等陸佐(予備)
尖閣諸島(写真:ロイター/アフロ)

新たに制定された「海警法」

2021年1月22日に、中国の立法府である全国人民代表大会常務委員会(全人代)において海警法が成立しました。この法律は2月1日から施行されます。

中国海警局は、日本の海上保安庁にあたる海上法執行機関ですが、2018年7月に中央軍事委員会の指揮を受ける人民武装警察(武警)に編入され、昨年6月の武警法改正により、海上権益保護及び法執行の任務が付与されています。こうした一連の改編が行われていく中で、軍隊と一体化しており、また1万トンを超える非常に強力な巡視船も有していることから、「第2の海軍」とも言われています。

その海警局の具体的な任務内容を規定したのが、今回新法として制定された海警法です。

11月に公表された法律の草案では、「海警局」を「重要な海上武装力量かつ国家の法執行力量」と位置づけており、いよいよ海上警察機関なのか軍隊なのか不明な書きぶりとなっていましたが、実際の法文では「海事警察機関」という記載に変更されたようです(海警法2条)。

恣意的に定めることができる「管轄海域」

さらには、その法執行権限が及ぶ範囲を「管轄海域」と規定しています(海警法3条)。この「管轄海域」そのものの定義は法律に規定されていないものの、中国最高人民法院(最高裁)は「管轄海域」を「内水、領海、接続水域、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚、及び中国が管轄するその他の海域」としています。前半部分は、「海の憲法」とも言われる国連海洋法条約(UNCLOS)に規定のある概念ですが、「中国が管轄するその他の海域」という箇所については、意味が曖昧で中国政府が一方的に決められるようにもとれます。したがって、南シナ海において領有が問題となっている九段線の南沙諸島や、尖閣諸島までが含まれる可能性があります。

外国公船に対する強制措置は国際法違反

多くの人が誤解していますが、現代においては武力行使や武力による威嚇はすべて違法行為となっています。国連憲章2条4項にそう規定されているのです。かつては、宣戦布告を行うことによって「合法的に」戦争を行うこともできましたが、1928年のパリ不戦条約以降、そうした行為は認められなくなりました。

もっとも、これはあくまで国と国が対峙している場面を指しています。つまり、自国領域内におけるテロや海賊などを取り締まるために、一定の条件下において武器を使用することは、法執行(主権の行使)として合法です。それはあくまで主権同士の境界の議論ではなく、主権の及ぶ範囲における法執行だからです。ですから、この点だけを見れば、今度の海警法もあくまで法執行権限について定められているようにも思えます。

しかし、今回の海警法の問題点は、21条で「外国軍用船舶、非商業目的の外国船舶が中国管轄海域で中国の法律に違反する行為を行った場合、海警はこれを制止するために必要な警告と管理措置を講じ、直ちに当該海域からの即時退去を命じる権利を有する。退去を拒否し、深刻な損害あるいは脅威を与えるものに対しては、強制退去、強制連行などの措置をとることができる」と定め、外国公船に対しても、強制的措置をとることができるとしていることにあります。

さらに、22条では「国家主権、海上における主権または管轄権が、外国の組織、個人によって不法に侵害されている場合、または違法な侵害が差し迫った危険に直面した場合、海警局は本法およびその他の関連法に基づき、武器使用を含む一切の必要な措置をとって侵害を制止し、危険を排除することができる」と規定しており、21条と合わせれば外国公船に対しても武器を使用することができるようにも読めます。

軍艦や巡視艇のような外国公船は、一般船舶や漁船などと異なり、警察権による拿捕や差し押さえの対象外とされています。つまり外国公船は他国領域内であっても特別な法的な地位を認められているのです。これを「管轄権免除」といいます。領海において法令に従わない外国の軍艦に対しては、あくまで退去を要求できるにとどまります(国連海洋法条約30条)。

ウェストファリア条約以降、すべての国家は主権を有しており、国家主権に優越する主体は存在しないこととなっています。「対等なものは対等なものに対して支配権を持たない (par in parem non habet imperium)」という原則が、近代以降の国際法の基本的枠組みなのです。

今回の海警法が規定している外国公船に対する強制措置の規定は、長年の戦争の経験の中で培われた人類の叡智とも言える国際法の秩序に真っ向から挑戦するものであり、法の支配の観点から到底許容できるものではありません。中国が国際秩序の形成を担うことができないことが改めて明らかとなったといえるでしょう。日本は諸外国と連携し、国際世論を醸成しつつ中国に対し強く抗議を行っていくべきです。

ネットで見られる議論

ネット記事では、海上保安庁の武器使用規定である海上保安庁法20条の改正をすべしというような議論が見られますが、同条は国際法の規定を遵守したものであり、国際法に違反するような愚をおかすべきではありません。それでは戦前の二の舞となってしまうもので、暴論とも呼べない代物です。

実際に仮に海上保安庁の巡視船が中国海警局の巡視船から攻撃を受けた場合には、正当防衛で対応することができます(現実にどのように対応するかは法律論とはまた別の話)。

またこうした話をするとすぐに「憲法改正だ!」という人もいますが、憲法は直接的には関係のない話です。憲法をどのように改正しようが、自衛権は行使できますし、逆に外国公船に対して海上保安庁が先んじて強制措置をとることはできません。

                                  以上

弁護士/陸上自衛隊三等陸佐(予備)

弁護士。早稲田大学法学部卒、ロンドン大学クィーン・メアリー校修士課程修了。陸上自衛隊三等陸佐(予備自衛官)。日本安全保障戦略研究所研究員。防衛法学会、戦略法研究会所属。TOKYO MX「モーニングCROSS」、JFN 「Day by Day」などメディア出演多数。近著に『国民を守れない日本の法律』(扶桑社新書)。

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