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どんどん貧乏臭くなった日本をふたたび「憧れの国」に

橘玲作家
(写真:つのだよしお/アフロ)

いまから10年以上も前の話ですが、バンコクで暮らしている日本人の知人から「日本大使館の対応がひどすぎる」という話を聞きました。タイ人女性と結婚したにもかかわらず、妻が日本に行けないというのです。

当時、日本政府は外国人の不法就労を警戒し、タイ人への観光ビザの発給をきびしく制限していました。その結果、妻を連れて里帰りすることすらできなくなってしまったのです。

しかし、驚いたのはここからです。

配偶者の観光ビザをめぐって理不尽な思いをするのは彼だけではなく、バンコクの日本大使館のビザ申請窓口では、連日のように担当者とのあいだで険悪なやり取りが交わされていました。大使館の担当者はタイ人で、交渉するのは日本人の夫とタイ人の妻です。そうするとある日突然、ビザ申請窓口がミラーガラスになってしまったというのです。

「“あなたの結婚は信用できません”といわれて、頭にきて相手を怒鳴りつけようとするでしょ。そうすると、目に前に映っているのは自分の顔なんですよ」と、知人は嘆いていました。

バンコクは狭い社会で、ビザの発給でもめると、それを恨んだタイ人の妻が伝手をたどって担当者の身元を洗い出し、嫌がらせをすることがある。大使館のタイ人職員がそんな不安を訴え、担当者が誰かわからないように窓口をミラーガラスに変えたのだそうです。

1980年代のバブルの時代には、海外旅行とは日本人が外国に行くことで、外国人が物価の高い日本に観光に来ることなどないと思われていました。2000年代になっても、中国や東南アジアから日本に来るのは出稼ぎ目的に決まっているとされ、タイから観光ツアーの受け入れを決めたときも「不法就労者が増える」との批判が沸騰しました。

しかしその後、状況は一変します。新型コロナが明らかにしたのは、外国人観光客の「インバウンド」がないと地方や観光地の経済が立ち行かないという現実でした。

1990年以降、中国の高度経済成長に牽引され、東アジア・東南アジア諸国の経済は大きく発展しました。それに対して日本は、平成の「失われた30年」でほとんど経済成長できなかったのですから、経済力の差はどんどん縮まっていきます。

しかし多くの日本人は、この事実(ファクト)を無視してきました。なぜなら「不愉快」だから。こうして、気づいたときには全国の観光地にアジアから観光客が押し寄せ、日本人でもめったに行けないような高級料理店が外国人富裕層の予約で埋まるようになったのです。

この変化をひと言でまとめるなら、「日本がどんどん貧乏くさくなった」でしょう。書店に反中・嫌韓本が並び、SNSで「ネトウヨ」が跋扈するようになったのは、「アジアでは圧倒的に一番」という日本人のプライド(アイデンティティ)が大きく揺らいだからです。

現実を否定しても現実は変わりません。日本人の「誇り」を取り戻すには、アジアのひとたちから「ゆたかで安全で“民度”の高い社会だ」と評価されるようになるしかありません。

新しい政権が、この課題に真正面から取り組んでくれることを願っています。

『週刊プレイボーイ』2020年9月28日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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