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「超富裕層はなんでもできる」という不都合な事実

橘玲作家
(写真:ロイター/アフロ)

カルロス・ゴーン日産元会長の国外逃亡は、スパイ映画のような鮮やかな手口で世界じゅうを驚かせました。レバノンで行なわれた記者会見では4カ国語を巧みに操りながら自らの無実を“プレゼンテーション”し、まさに悲劇のヒーロー気取りです。

ルノーの筆頭株主であるフランス政府は、国内の雇用と自国の権益を守るため、「カネのなる木」である日産を吸収合併しようと画策していました。その日産が2016年に三菱自動車を傘下に加えたことに経産省が危機感を覚え、ルノーとの不利な合併を避けたい日産の日本人経営陣と「クーデター」を謀った。これがゴーンの主張で、おそらくはその通りなのでしょう。逮捕にいたるまでの手際のよさを見れば、東京地検はもちろん官邸にまで話が通じていたとしても不思議はありません。

ゴーンがこのように考えていたのなら、日本でどれほど法廷闘争しても勝ち目はまったくなく、刑務所に放り込まれて“人生終了”なのですから、国外に逃亡するのは当然です。逆にいえば、なぜこれを予想できていなかったかが問題で、「ルノーと日産の合併話をぶち壊すためにわざと逃がした」という陰謀説の方が説得力があるくらいです。

ところでルノー、日産、三菱自動車はいずれも、テスラ(電気自動車)やグーグル(自動運転)が牽引する自動車産業のイノベーションから脱落しつつある会社です。ゴーン逃亡劇に各国のメディアがワイドショー的な興味しか示さないのは、極東の国の出来事ということもあるでしょうが、世界経済にとってさしたる影響のある事件ではないからでしょう。

今後ゴーンは、取り調べの際に弁護士の同席を認めないなどの、日本独特の「人質司法」を執拗に批判するでしょう。実際、国連拷問禁止委員会からも2013年に「中世の名残だ」と批判されており、外国人がかかわる刑事事件が増えてくるなかで、旧態依然の慣例に固執するばかりでは「日本はいまだ前近代の国」との悪評を垂れ流すことになりかねません。

ますますリベラル化する世界では、「日本には日本のやり方がある」が認められるのは文化的な慣習だけで、人権に関しては国際社会の基準に合わせることが求められます。「そんなの気に食わない」というひともいるでしょうが、LGBTや「#Me Too」運動を見てもわかるように、あらゆる側面でリベラルな価値観(自由と多様性)が支配的になっている世界の大きな流れを日本人はもっと自覚すべきです。

今回の事件でもうひとつ明らかになったのは、「超富裕層はなんでもできる」という不都合な事実です。元米軍特殊部隊員を数億円の報酬で雇い、プライベートジェットを手配し、15億円の保釈金をドブに捨てられるのですから。

経済格差が拡大するなかで、「富を不当に独占する超富裕層に課税し、貧困層に分配せよ」との声は大きくなるばかりです。しかしほんとうにそんなことが可能かどうか、いちど冷静に考えた方がいいでしょう。

法律事務所や会計事務所に多額に報酬を支払って税金を払わないように仕組むことは、国外逃亡よりずっとかんたんです。そうなれば、富裕層への課税でいちばんヒドい目にあうのは、まじめに働き必死に倹約して資産を増やしたひとたち、ということになるでしょう。

『週刊プレイボーイ』2020年1月14日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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