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ゆたかで幸福な社会から「廃棄」されたひとたち

橘玲作家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

これはとても不穏な話です。

あなたが巨大なゴミ処理場を訪れたとしましょう。当然のことながら、そこにはゴミしかありません。圧倒的な量のゴミに圧倒されて、「これは大問題だ」と社会に警鐘を鳴らすかもしれません。

しかし、さらに俯瞰すると、そこにはとてつもなくゆたかな現代日本の消費社会があります。食品、衣料品から家電製品まで、ゴミが増えるのは安価なモノが大量に流通し、気軽にそれらを購入し、使い捨てることができるからです。それに対して、最貧国にはゴミはほとんどありません。モノを捨てるだけの経済的な余裕がないのです。

このことは、ゆたかさと廃棄物がトレードオフであることを示しています。

私たちが、魅力的なモノがあふれた快適な生活を望み、それが実現すると、ゴミが増えていきます。社会がどんどんゆたかになると同時に、ゴミがどんどん減っていくなどということはあり得ません。今の快適な生活をつづけたいのなら、私たちは大量の廃棄物を受け入れるしかないのです。

こうして、ゆたかな社会は「リサイクル」に熱心に取り組むようになります。

ゴミを分別管理し、リサイクルセンターで「再生」し、それをもういちど消費市場に戻す。この循環がうまくいけば、そのぶんだけゴミは減ります。

ただし、こうしてリサイクルされたモノもいずれはゴミになります。リサイクルできなかったモノや、何度もリサイクルされて「再生」できなくなったモノは最終処分場に送られ、誰からも見えないように「隔離」され「隠蔽」されます。なぜなら、きらびやかな消費社会を謳歌するひとたちにとってゴミは不快だから。ところがなかには有害なゴミもあり、不用意に扱うと深刻な健康被害を招くかもしれません。

2015年に行なわれた大規模な社会調査(SSP/階層と社会意識全国調査)では、「あなたはどの程度幸せですか?」の質問に「幸福」と答えたのは男性67.8%、女性74.0%で、「生活全般にどの程度満足していますか?」の質問に「とても満足」「やや満足」と肯定的に答えたのは男性67.0%、女性74.1%でした。現代日本は3人のうち2人超が自分は「幸福で生活に満足」と思っている、歴史的にも世界のなかでも「全般的には」とてもうまくいっている社会です。

しかしその一方で、自分の階層を「下の上(16.4%)」「下の下(4.4%)」とするひとが合わせて20%以上いて、その人数は成人だけでも2000万人に達するでしょう。この「事実」をどちら側から見るかで、日本社会への評価はまったく逆になります。

ヨーロッパの社会学者ジグムント・バウマンは『廃棄された生』(昭和堂)で、欧米のゆたかな社会から排除されたひとたちを「Wasted Humans(人間廃棄物)」と呼びました。バウマンの念頭にあるのは難民や貧しい移民で、彼ら/彼女たちは「人間のリサイクル処理場」でも再生できずに捨てられていくのですが、こころを病んだビジネスパーソンやひきこもりなどもここに含まれるでしょう。

「ゴミ」とのちがいは、人間は「最終処分」できないことです。そして、自分たちを排除した社会にときに刃を向けるのです。

『週刊プレイボーイ』2019年9月2日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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