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統計の基本を知らない「専門家」が虐待を解決できる?

橘玲作家
(写真:アフロ)

このコラムで「あらゆる犯罪統計で幼児への虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすく、両親ともに実親だった場合に比べ、虐待数で10倍程度、幼い子どもが殺される危険性は数百倍とされている」と書いたところ、一部で「非科学的」「似非科学」との批判がありました。

その根拠は厚生労働省所管の社会保障審議会専門委員会による報告(「子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について」第13次報告)で、「主たる加害者」の項目には「平成 27 年度に把握した心中以外の虐待死事例では、「実母」が 26 人(50.0%)と最も多く、次いで「実父」が 12人(23.1%)であった」と書かれています。主たる加害者が実父なら、「継子のリスクがはるかに大きい」ということはできません。

私が参照したのは北米のデータで、進化心理学ではこれを、「長い進化の過程において、ヒトが血のつながらない子どもよりも血縁のある子どもを選り好みするようになったからだ」と説明します。これはきわめて強力なエビデンス(証拠)で、1980年代に提示されたときは(当然のことながら)物議をかもしましたが、現在に至るまで反証されていません。

専門委員会の報告書が述べるように、実父が「主たる加害者」であればこの主張は真っ向から否定されます。「日本人だけが特別で、世界とはまったく別の進化を遂げてきた」ということになりますが、はたしてそんなことがあるのでしょうか。

ここで、1000人からなる集団Aと、10人からなる集団Bを考えてみましょう。統計調査によると、集団Aでは虐待死が10件起こり、集団Bでは1件でした。これは10倍ものちがいですから、「主たる加害者」は集団Aとなります。

さて、これのどこがおかしいかわかるでしょうか。

統計学の初歩の初歩ですが、集団の大きさが異なる場合、それぞれを同じ大きさにしてから比較しなければなりません。これが「標準化」で、1000人あたりで見るならば、集団Bの虐待死は100件になって、集団A(10件)よりはるかに多いことがわかります(「虐待死の割合は集団Aが1%、集団Bは10%」といっても同じです)。

具体的なデータを見ると、「心中以外の虐待死」の3歳以上では、実父による加害が6件に対して、「実母の交際相手」を含む血縁関係のない男性による加害は(疑義事例も入れて)計7件で、実数でも逆転しています。日本では実子と継子の割合は公表されていないようですが、血のつながらない男性と暮らす子どもより、実父と暮らす子どもの人数の方がはるかに多いことは明らかです。この2つの集団を標準化して比較すれば、日本においても、「虐待は義父と連れ子のあいだで起こりやすい」のはまちがいありません。

不思議なのは「専門」委員会が、小学校高学年でも知っていそうな統計の基本を無視して虐待の「主たる加害者」を特定していることです。

ゴミを入れればゴミしか出てこないのは当たり前です。データの分析が間違っているのに、どうやって虐待という深刻な問題を解決できるというのでしょうか。

厚労省の「統計不正」が批判されていますが、「専門家」ですらこのありさまでは問題ははるかに深刻です。一省庁をバッシングすれば済むような話ではなく、この国における「専門」の意味から問い直す必要がありそうです。

参考:子ども虐待による死亡事例等の検証結果等について(第13次報告)

『週刊プレイボーイ』2019年3月25日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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