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靖国神社の宮司が「反天皇」になった理由

橘玲作家
(写真:ロイター/アフロ)

靖国神社の宮司が天皇を批判するという前代未聞の出来事が発覚し、保守派のあいだに激震が走っています。

報道によれば宮司は、「どこを慰霊の旅で訪れようが、そこには御霊はないだろう」と今上天皇の慰霊の旅を否定し、「はっきり言えば、今上陛下は靖国神社を潰そうとしてるんだよ。わかるか」と述べています。それに加えて、「もし、御在位中に(今上天皇が)一度も親拝なさらなかったら、今の皇太子さんが新帝に就かれて参拝されるか? 新しく皇后になる彼女は神社神道大嫌いだよ。来るか?」と語ったようです。

この発言が報じられて宮司は退任の意向を示しましたが、これだけではとうてい収まりそうもありません。靖国神社は明治維新以来の英霊を祀るために、天皇を祭司として建立されました。その天皇を宮司が否定するならば、神社として存続する根本的な理由を問われます。

暴言の背景には、A級戦犯合祀以来、天皇が靖国を親拝していないことがあります。保守派は諸外国の批判に配慮する「君側の奸」を攻撃してきましたが、元宮内庁長官のメモによって、「だから、私はあれ(A級戦犯合祀)以来参拝していない。それが私の心だ」という昭和天皇の発言が明らかになりました。

靖国神社は祭司である昭和天皇にいっさい相談せず、独断でA級戦犯を合祀しています。昭和天皇はそれに納得せず、今上天皇もその意を汲んで、在位中にいちども靖国を訪れない。このままでは皇太子も同じで、「天皇の社」である靖国神社はつぶれてしまうのではないかという危機感が宮司の暴言になったのでしょう。

今上天皇が朝鮮半島にゆかりのある神社を訪問したとき、ネットでは天皇を「反日左翼」とする批判が現われました。従来の右翼の常識ではとうてい考えられない奇妙奇天烈な現象ですが、ネトウヨ(ネット右翼)の論理では、天皇であっても「朝鮮とかかわる者はすべて反日」なのです。

これと同様に、靖国神社の宮司の論理では、英霊に親拝しない天皇は「反靖国」であり、「反日」だということなのでしょう。宮司が会議でこれを堂々と発言し、それに対してなんの反論もなかったということは、神社内部でこうした議論が日常的に行なわれていたと考えるほかありません。驚くべきことに、保守派がもっとも大切にする靖国神社はネトウヨの同類に乗っ取られていたのです。

天皇が靖国に来られない原因をつくったのが自分たちなら、なにをいっても振り上げた拳は自分のところに戻ってくるだけです。A級戦犯合祀が問題の本質である以上、分祀以外に天皇親拝を実現する方法はないでしょうが、それを自分からいうことはできません。靖国神社が独断で合祀したことについて、これまで陰に陽に批判されてきており、それに耐えきれず「なにもかも天皇が悪い」と“逆ギレ”したと考えれば、今回の異様な出来事も理解できます。

靖国神社が「反天皇」であることが白日の下にさらされて、まっとうな右翼/保守派は自らの態度を示すことが求められています。いまのところ、重い沈黙が支配しているだけのようですが。

『週刊プレイボーイ』2018年10月29日発売号 禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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