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みんなバブルを待っている

橘玲作家

いまの若いひとに80年代のバブルの頃の話をするとほんとうに驚かれます。

当時は、クリスマスイブに大学生がホテルのスイートルームでパーティをしたり、OLが週末にハワイや香港に行って、最高級ホテルに泊まってブランドものを買いあさるのが当たり前でした。皇居の地価がカリフォルニア州と同じで、東京の不動産を担保にすればアメリカ全土が買えるといわれ、不動産成金たちは自家用ジェットで世界じゅうを飛び回って札束をばら撒いていました。

アベノミクスによって、これから日本は人類史上例をみない大規模な金融緩和を行なうことになります。経済学者のなかには、それによって資産バブルが起こると警告するひともいます。

80年代のバブルが崩壊して、日本経済は「失われた20年」に沈みました。サブプライムバブルが崩壊したアメリカではマイホームを失ったひとたちが路上にあふれ、若者たちは格差是正を求めてウォール街を占拠しました。ユーロ導入で空前の好景気に沸いたギリシアは、いまでは国そのものが解体しかけています。このような惨憺たるあり様を見れば、「資産バブルは起こしてはならない」というのはそのとおりです。

しかしその一方で、80年代のバブルを経験したひとたちは、「あんな面白い時代はなかった」と口を揃えます。夜中まで働いてから六本木に飲みに行き、朝まで騒いでタクシーで帰宅しても、5万円の飲食費も2万円のタクシー代もぜんぶ会社が払ってくれたからです。

いまでは接待交際費やタクシー代はもちろん、取引先との喫茶店代すら経費精算できないこともあります。そんなショボい会社しか知らない若者たちは、バブルの話を聞くと、「いちどでいいから自分もそんな時代を体験してみたい」と思います。

ひとはみな近視眼的にできていますから、将来どれほどの不幸が待っていても目先の快楽を追い求めます。経済合理性でバブルを抑制できるのなら、ダイエットに苦労するひとなどいなくなるでしょう。

「アベノミクスが資産バブルを起こす」と警告すると、アベノミクスへの支持が上がります。好景気と資産バブルのちがいなど、ほとんどのひとにとってはどうでもいいのです。

だとしたら、アベノミクスは成功しても失敗してもやってみる価値があるのでしょうか。

アベノミクスの最悪のシナリオは、実は別にあります。

物価と金利が上がっても資産バブルが起こらず、逆に地価や株価が下落すると、金融機関が次々と破綻して日本国の債務だけが膨張していきます。これが「財政破綻」と呼ばれる国民経済の全面的な崩壊ですが、この不吉な予言に現実味があるのは、80年代と比べて日本国の借金が増え、潜在成長力が大きく下がったからです。

未来は誰にもわかりませんが、実際には、アベノミクスで80年代バブルが再来するよりも、財政破綻で大不況に陥る可能性のほうがずっと高そうです。

その経済的混乱から、私たちはどのようにして身を守ればいいのか? その方法を『日本の国家破産に備える資産防衛マニュアル』で書いたので、興味のある方は手にとってみてください。

『週刊プレイボーイ』2013年3月18日発売号

禁・無断転載

作家

作家。1959年生まれ。2002年、国際金融小説『マネーロンダリング』でデビュー。最新刊は『言ってはいけない』。

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