3~5月は残業しないほうが「お得」は本当? "払うだけ損"は半分間違いの理由
春に残業をすると1年間、保険料を高く払わされる?
春になるとネットでささやかれる噂話に「3~5月にたくさん残業すると、給料からたくさん引かれることになるので損。春の残業はやめておこう」というものがあります。
1年間、高い保険料を引かれることになったらもったいないから春には残業をしてはいけない、と説明するコラムも掲載されます。会社や国にだまされるな、という書きぶりです。
しかし、会社の繁忙期であれば残業をせざるを得ないこともあるでしょう。上司の指示で残業を命じられ(もちろん残業代はもらえるとして)、拒否するのはなかなか簡単ではありません。
例えば、3月末決算の会社で決算報告や株主総会の準備のために忙殺される人もいます。彼らは残業しないという選択は困難でしょう。
それにそもそも、本当に3月から5月は残業をしないほうが「得」なのでしょうか。
あなたの給料から引かれる「ルール」を確認してみよう
私たちの給料からは税金や社会保険料が引かれて実際の手取りは減っています。この基本をまず確認してみます。
皆さんの給料から引かれるものとして「税金(所得税・住民税)」と「社会保険料(厚生年金保険料、健康保険料、介護保険料、雇用保険料)」があります。
このうち税金のほうは、年収すべてに対してかかってくるので、同一年内に稼いだ月の増減があっても最終的には同じ納税額になります。給与が多い月は税金も多く引かれ、少ない月は少なめに引かれます。しかも年末調整で1年分の過不足調整も行われます。
しかし、社会保険料(厚生年金保険料と健康保険料、介護保険料。介護保険料は40歳以上が対象)については4~6月の給与等の支給額を平均し、これを基準に一年間の保険料を決める仕組みとなっています。これを標準報酬月額の定時決定といいます。
社会保険料を決める計算の基礎には、基本給だけでなく諸手当をすべて含みます。残業代も交通費などの各種手当も合計して考えます。7月1日時点でこれを計算し、9月から翌年8月までの保険料の計算基礎とします。
残業代については、残業時間を確定させる必要があるため、月末にとりまとめて翌月支給とする会社が少なくないようです。このため、社会保険料を決める「4~6月」の支給額に「3~5月」の残業が影響してくることとなります。
これが「3~5月にたくさん残業をすると1年損をする」の根拠というわけです。しかし、本当に働くだけ損となるのか、もうちょっと詳しく考えてみましょう。
社会保険、「払うだけ損」は半分間違い、半分正しい
多くの人が「社会保険料は払うだけ損」だと思っているのではないでしょうか。これは半分合っていて、半分間違いです。
社会保険というのは国民のリスクに備えて国が実施する強制的な仕組みです。会社員が「私だけ健康保険に加入しなくてかまいません」ということはできません。保険料は厚生年金保険料が9.15%(同額を別途会社が負担)、健康保険料が約5%(同額を別途会社が負担。協会けんぽの場合都道府県ごとに料率は異なる。会社の健保組合の場合、それぞれ料率を定める)くらいがかかるので、あわせて14%以上になる大きな負担です。
例えば給与が20万円の場合、健保が9810円、厚生年金が18300円となるところ、残業代が増えて24万円とみなされた場合、健保11772円、厚生年金21960円となります。月5622円の違いが生まれ、1年累積すれば67464円の負担増ということになります(協会けんぽの東京都の料率で計算)。これだけみればイヤな感じがします。
「半分合っている」の種明かしを先にしてしまうと、まったく給付がなく、ただ保険料を払うだけの人なら、これは確かに負担だけ増えていることになります。会社がつぶれなければ雇用保険のお世話になりませんし、産休や育休、長期の闘病で休むこともなければもらえるお金はゼロです。普通に病気になって診療する分には、3割自己負担の仕組みですが、これは保険料の多少とは無関係です。
しかし、給付をもらう可能性があった場合、たくさん保険料を納めていた人は、たくさん給付をもらう権利も得ています。例えば以下のような給付に影響を及ぼします。
厚生年金保険料は、将来の年金額に反映されます。老後のことだけ考えれば遠い未来のことでピンときませんが、何十年の保険料を納めた積み重ねが老後の年金額であり、たくさん払えば年金も増えます。障害年金や遺族年金の計算にも関係します。若くして大ケガをした場合、子どもを残して先立った場合などはたくさん給付を得ることにもなります。
病気療養時に健康保険からもらうことができる傷病手当金が最大で1年半もらえます。休む以前1年の報酬月額を平均し、その3分の2がもらえます(しかも非課税)。
産休時の出産手当金(健康保険)、育休期間の育児休業給付(雇用保険)も、お休みする前の報酬月額が反映されて、支給額が決まります(出産手当金は過去1年分、育児休業給付は過去半年分の平均で判断する)。
雇用保険の給付、特に失業時の給付(求職者給付)も離職前の報酬額が反映されます(過去半年分の賃金の平均で判断する)。
たくさん保険料を払っていた人はたくさん給付が返ってくる関係があるわけです。確かに会社がつぶれたり、病気やケガで闘病したり、障害が残る事故に遭う可能性は低いかもしれません。だからといって「3~5月に残業をすると損」と決めつけてしまうのは、ちょっと極論のように思います。
毎年3~5月が繁忙期で、その後一気に給料が下がれば、救済措置あり
ところで、毎年3~5月だけとんでもなく繁忙期で、その後が残業ゼロの9カ月が続く、というような極端なケースがあった場合には救済措置もちゃんと用意されています。
これは、標準報酬月額の等級(数万円ごとに段階を切って保険料計算をしている)が2段階下がるような違いが毎年確実に起きるようであれば、「年間報酬の平均で算定」という仕組みを用いることができるからです。
これを使えば毎年の標準報酬の決定において、過去1年分の賃金等の支払額を示すことで、短期的なアップダウンを回避して保険料を決めることになります。
毎年提出する定時改定の書類として出すこともできますので、会社が早めに気づいてくれれば、最初から「3~5月の残業が多くても負担増にならないよう対応済み」ということもあるわけです。7月以降に随時改定として出すこともできます(随時改定は要件がやや厳しい)。
先ほどの負担例は、まさに2段階差がつくモデルだったわけですが、年間の平均がもし、月22万円の支払いに落ち着くようであれば24万円をベースに計算せず22万円のベース(ちょうど中間くらい)に保険料が収まることになります。
春だけ忙しくてどうしても収入がアップしてしまう人が、1年間ずっと高い保険料にならないような歯止めがあるというわけで、この仕組みも知っておくと、「3~5月に残業するだけ損」というイメージはさらにトーンダウンしてきます。
まとめ:残業代ねらいでの個人的残業は控えてもいいが、気にしすぎないほうがいい
「春の残業は損」という都市伝説について解説してみました。最後にまとめですが、
- 税金の引かれ方は中立的(1年単位で精算される)
- 年金や健康保険などの社会保険料が4~6月の支払額で1年分の保険料を決定する仕組みになっている(残業代が翌月支給の場合、3~5月の残業が影響する)
- とはいえ、高い社会保険料負担は給付アップにつながる要素もある
- 春だけ極端に残業が多かった場合には救済措置もちゃんとある
ということを知っておくといいでしょう。単純に「春の残業は損」ともいえないわけです。
それでもあえて、お得な働き方を考えたとすれば、
- 1年間のあいだで残業をたくさんする時期を選択できる働き方をする
- 4月から6月の支給となる残業(翌月払いの場合、3~5月)をゼロで働く
- 残りの9カ月は残業をしてもいいが、極端に給料が大幅アップになる月が連続しないようにする(随時改定のリスクを回避する)
といった方法も考えられなくはありません。
しかし残業を「個人的に」コントロールするのは非現実的です。基本的に残業は上司の指示で行うもので、個人が勝手に決めるものではありません。無許可で勝手に残業をしていると最悪の場合、残業代無支給になることもあります。
また残業を命じられて拒否するのも難しいところです。「春だから残業はお断りします」と言ってひとりだけ定時退社しても、上司の評価は下がり、昇格昇給のチャンスは遠のき、職場の人間関係もギクシャクしてしまうことでしょう。失うものと、得られるもののバランスがあまりいい選択ではありません。
残業と社会保険料の多寡については、あまりナーバスにならず、自然体で向き合うことをオススメします。
【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】