Yahoo!ニュース

レトロモダンとヘルシー志向 パリだからこその「コーヒーショップ」が人気です。

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
「LE PONT TRAVERSÉ」のウインドー(写真はすべて筆者撮影)

しばらく見ない間に、街の様子が変わっているような…。

一見コロナ禍が落ち着いたように見えるここパリでも、その傾向が顕著です。大通り沿いの店も近所の小道でも、お店の入れ替わりがいつにない勢いで進んでいるという印象を受けます。

今日ご紹介するお店もそのひとつ。 リュクサンブール公園近くにある店で、ついこの間まで古書店だったものが、コロナ禍の間に様変わり。コーヒーショップになっていました。

古書店がコーヒーショップに変身
古書店がコーヒーショップに変身

いかにも古き良き時代のパリ、といった雰囲気の外観がとても魅力的で、私はこの辺りを通るたびにいつも惚れ惚れと外から眺めていたものです。

古書店の時代には、店内に入ったことはありませんでしたが、こうしてコーヒーショップになっていれば、とても入りやすい。実際に訪れてみた様子はこちらの動画からご覧いただけます。

中に入ってみると、壁が白いタイル張りになっていて、窓からの外光もふんだんに入るので、外から想像していたよりも明るい印象です。テーブルや椅子は外観の雰囲気とは違ってモダンでシンプルなもの。窓際に並べてある焼き菓子などはすべてグルテンフリーとなっていて、カウンターでオーダーするドリンク類でも、牛乳ではなく、植物性ミルクも選択できるようになっています。

カフェ文化の街パリにあって、カフェでもなく、サロン・ド・テでもない、「コーヒーショップ」と謳っているあたりからも、従来のお店とは違ったコンセプトがうかがえますが、冷蔵庫から自分で取り出せる軽食類があったり、お店がセレクトした食品が買えたりするというスタイルは、パリではちょっと新しい感じです。

コーヒーショップの店内
コーヒーショップの店内

こちらのお店を立ち上げたのは、フランス人女性Frédérique Jules(フレデリック・ジュール)さん。マッサージ運動療法士の資格をもち、アスリートの食事管理などもしていた彼女自身、もともとグルテンや牛乳成分への耐性が弱いという問題を抱えていました。

アメリカはカリフォルニア、そしてイタリアで暮らす間に、「ヘルシーフード」、「コンフォートフード」というコンセプトがその体質にとても合うことに目覚めた彼女。けれどもその一方で、母国フランスの豊かな食文化には捨て難い魅力がありました。

そこで、パリに拠点を戻すタイミングで立ち上げたのがグルテンフリーのブランド「Noglu(ノグル)」。今からおよそ10年前のことです。当時のパリの風潮はといえば、通称Bio(ビオ)と言われる、無農薬、有機栽培の食一般にも注目されはじめていましたが、グルテンフリーはアスリートやごく一部の人たちのものというレベルでした。

そんな中、グルテンフリーを前面に押し出したブランドを立ち上げ、レストランを開いたフレデリックさん。いわばパリのグルテンフリームーブメントのパイオニアという存在です。

店内ではグルテンフリーのオリジナル食材を販売している
店内ではグルテンフリーのオリジナル食材を販売している

レストラン「Noglu」は、パリ7区、11区、そしてニューヨークにも出店。この発展ぶりは、世の中がフレデリックさんの信念に追いついてきたという証でしょう。

そして今回のコーヒーショップ。店名に「Noglu」を使っていないのには理由があります。

この界隈に暮らしているフレデリックさんにとって、ご近所の多くの人たち同様、前身の古書店は愛すべき日常の風景の一部でした。

ところが、2019年に古書店は閉店。1年半ほど静まり返っていた後、フレデリックさんは半年がかりで改装して2021年3月にコーヒーショップとして再生させました。そして前身の古書店の名前「LE PONT TRAVERSÉ(ル・ポン・トラヴェルセ)」を踏襲することにしました。

古書店の時代の看板も含め、外観をそのまま生かしている
古書店の時代の看板も含め、外観をそのまま生かしている

というのも、皆の目を引くほどの外観は、歴史的建造物に指定されていて、手を加えることができません。それで、正面に掲げられたプレートの「LE PONT TRAVERSÉ」の文字を「Noglu」にはせずにコーヒーショップに。また、同じ理由から、その下の「LIVRES(本)」という看板もそのままにしています。

さらに、動物の頭の彫像が庇の下に飾られているのですが、これは実は、古書店のさらに前が精肉店だったことに由来するものなのだとか。店内のタイル張りの壁や床もその時代のもので、焼き菓子を載せている大理石の台も同時代から受け継がれてきています。

精肉店時代からの外観
精肉店時代からの外観

店内のディテール。アール・ヌーヴォー様式と現代の家具とをミックスした新しい空間
店内のディテール。アール・ヌーヴォー様式と現代の家具とをミックスした新しい空間

店内のタイルをよく見ると、アール・ヌーヴォー様式の模様が施されています。ということは100年前のデザインということになりますが、精肉店がこんなにオシャレだったとは驚き。古き良き時代、とはよく言われますが、なるほど…と、実感させられるものがあります。

精肉店、古書店、そして最新ヘルシー志向のコーヒーショップ。こうして、時代ごとにアクティヴィティは違っていても、先代、先先代からの場所の記憶をきちんと残しているというところに、真っ新な店にはない独特の魅力が醸し出されています。

考えてみれば、パリという街そのものがそうした歴史が何重にも積み重なったところ。古きものへの尊敬と新しいチャレンジとが共存していることこそ、この街の強み…。華麗なる変身を遂げたコーヒーショップで、キャロットケーキとチャイを堪能しながら、あらためてそんなことを思いました。

アンティークのお皿に盛られたキャロットケーキ。チャイもキャロットケーキもフランスでは比較的新しいものだが、いずれもパリっ子のセンスで作るとこうなる、というレベルの高さだ
アンティークのお皿に盛られたキャロットケーキ。チャイもキャロットケーキもフランスでは比較的新しいものだが、いずれもパリっ子のセンスで作るとこうなる、というレベルの高さだ

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

鈴木春恵の最近の記事