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ノートルダム大聖堂その後 新設計コンペは行わず元のシルエットに復元

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
工事のためのクレーンが林立する現在のノートルダム大聖堂(写真はすべて筆者撮影)

「ところでノートルダムは今どうなっているの?」

そんな問いに答えるべく、2020年夏の時点での修復作業の模様をお届けしたいと思う。

すでにご承知の通り、2019年4月15日、パリのノートルダム大聖堂は歴史的な大火災に見舞われた。

直後の様子、そして火災からちょうど1年経った日に、ロックダウン中にもかかわらず1年ぶりに聖堂の鐘が鳴り響いたことはすでにご紹介してきた。

2020年夏の現時点では、連日大型のクレーンが何台も稼動しているものの、大聖堂本体には劇的な変化はないように見える。

その様子は、記事の終わりにある動画でご覧いただきたい。

目下取り掛かっているのは、聖堂上部に設置されていた鉄骨の足場を取り除く作業だ。この足場は、そもそも2018年に尖塔改修工事のために設置されていたものなのだが、火災の熱によって変形し、溶接されてしまい、何とも厄介なことになっているらしい。

修復中のノートルダム大聖堂
修復中のノートルダム大聖堂

外から見たところそれほど進展が見られないような気がするのには様々な理由がある。まず総重量200トン、4万本のチューブからなるという変形した足場を取り除くことそのものがかなりデリケートな作業だ。それでも、当初の目処としては、足場は今頃すでに取り払われているはずだった。しかし、昨年は悪天候が続き、さらに火災で飛散した鉛(焼失した屋根の素材)が人体へ及ぼす影響が問題になり、その対応を迫られた。そして今年の新型コロナ禍とブレーキが重なってしまった。

今のところ現地メディアでは、今年9月末には足場は撤去される予定で、火災直後にマクロン大統領が明言した2024年のノートルダム再開の目標は依然として保たれていると報道されている。

また、修復にかかる期間と同じくらい注目を集めたのが、この機会に新しいデザインが採用されるのかどうかということだった。

火災の2日後には、時の首相、エドゥワール・フィリップ氏が国際建築デザインコンペを行うことを述べたが、こちらの方は結局実現しないことになった。去る7月9日の大統領府での会議で正式に、「元の状態に復元する」ということが決定されたのだ。

2024年の再開ありきというスタンスを取るならば、国際コンペを行なった上で新デザインを実現するには時間が足りないというのが正直なところだろう。幸いにして、21世紀の新デザインを採用するよりも、慣れ親しんだノートルダムのシルエット復元の方に好意的というのが世論では優勢を占めているようだ。

火災前のノートルダム大聖堂。この状態に復元することが決まった
火災前のノートルダム大聖堂。この状態に復元することが決まった

さて、そもそもノートルダム大聖堂はいつの時代に造られたものなのか?

着工は1163年。それからおよそ200年間建築が続いた。18世紀、王政のもとで大規模な改修が行われるが、革命後にはどんどん荒廃してしまう。そして19世紀になってから、中世の建造物修復に尽力した建築家ウジェーヌ・ヴィオレ=ルデュックによって本来の形に近い状態での修復が行われた。

火災で焼け落ちた尖塔は、このときヴィオレ=ルデュックの考えで新たに付け加えられたもので、それがいわゆる私たちが慣れ親しんだ大聖堂のシルエットになっていた。そして去る7月の決定によって、この尖塔が再建されることになったのだ。

ところで、火災報道の中で、ノートルダムの屋根組が木だったことに驚かれた方も少なくないだろう。

そこに足を踏み入れるとまるで「森」にいるような気がするほどだったというくらい、おびただしい数の樫の木によって鉛板の屋根が支えられていたのだ。木材は創建時からのもので、樹齢はさらに300年、400年遡る、つまり紀元9世紀から存在した木が使われていたことになるのだが、2019年の火災ですっかり失われてしまった。

※焼失した屋根組は、こちらのノートルダムのサイトで見ることができる。

今回の修復では屋根組に何を使うかも論点になっている。元のように樫の木を使うのか、あるいは戦災の壊滅的被害から見事に再建されたランス大聖堂のようにコンクリートにするのか。はたまた別のテクノロジーが採用されるのか…。

その答えは、まだ明らかにはなっていない。

パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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