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新発見のモネ作品がオークションに

鈴木春恵パリ在住ジャーナリスト
美術界のスクープを報じた新聞記事(以下写真はすべて筆者撮影)

印象派の画家クロード・モネ作品のオークションがクリスティーズで開かれる。

そう聞いても、目新しいニュースとは思わないが、今回のは特別だ。

まずはその出どころが興味深い。クロード・モネの非公式の孫にあたる人物が所有していた文字通りの秘蔵品で、長くその行方がわからずにいた作品とモネの身の回りの品々など54点が一挙にオークションにかけられる。

美術界のスクープともいえるこのニュースは9月12日付の『ル・フィガロ』で大きく報じられた。記事によると、モネの次男ミシェルには、結婚前、とある女性との間に生まれた娘がいた。名をロランド・ヴェルネイジュといい、その存在は公にはされていなかったが、娘のもとにはミシェルを通じてモネ作品などが譲られていたらしい。

ちなみにモネの実子は二人で、長男ジャンには子供がなく、次男ミシェルも結婚した相手との間には子がないので、非公式ではあるがこのロランドがモネの唯一の孫ということになる。だが、ロランドが生まれたのは1933年、モネの没年は1926年だから、モネは彼女の存在を知らない。また、2008年に没したロランドにも子供が無かったようで、モネの血縁は完全に途絶えている。

クリスティーズにこのお宝の存在がほのめかされたのは3年ほど前。ロランドの相続人の仲介者を通してだった。知らせを受け、クリスティーズの専門家は実際に相続人、今回のオークションの売主にあたる人の家に出向いた。『ル・フィガロ』にはパリから300キロほどの地方とだけ記してあるその家を訪ねると、モネの絵やデッサンなどが戸棚の中、さらにベッドの下にまで、額装されていない状態でしまわれていたという。専門家の興奮はいかばかり。その時の気持ちを想像すると、こちらまで心臓がドキドキしてきそうだ。

クリスティーズでは競売の前に展覧会があり、これには一般の人が誰でもアクセスできるのだが、今回のモネゆかりのオークションもしかり。「Dear Monsieur Monet」と題したオークション品目の一部が、記事が出たのと同時にクリスティーズ・パリで展示された。

3本のポプラの木、ノルマンディーの断崖を描いた大作がまず目を引くが、モネの少年時代のクロッキー、晩年に愛用していた眼鏡、家族の食卓で使われたナイフもある。またロダンやシニャックなど、親交のあった同時代のアーティストたちの作品や書簡も多彩。さらに、モネの絵の中に登場する青絵の壺、コレクションしていた江戸の浮世絵、明治時代の作とされる眠り猫など、日本から海を渡りモネの所蔵になっていたものも興味深い。

パリのクリスティーズ
パリのクリスティーズ
展覧会場の入り口
展覧会場の入り口
「ジヴェルニーの3本の木」
「ジヴェルニーの3本の木」
ポール・シニャックがモネに宛てた書簡。旅先の風景が描かれている。
ポール・シニャックがモネに宛てた書簡。旅先の風景が描かれている。

クリスティーズの印象派セクションのレア・ブロック(Lea Bloch)さんにお話を伺うことができたが、このようなオークションは彼ら専門家にとっても画期的なものらしい。

「モネ作品の競売があるとしても、売り手は複数です。今回の場合はアーティストの身内から出ている。クリスティーズとしては売主のことを明かさない方針ですし、孫と報道されている人のことにも言及しません。ただ、はっきりと申し上げるのは、クリスティーズで扱うからには鑑定がしっかりと確定しているということです。モネ作品はウィルデンシュタインが制作したカタログレゾネ(総作品目録)に網羅されていますが、今回発見された絵画もそこに掲載されていて、ミシェルが相続したことがわかっています。その後行き先がわからなくなっていたのですが、今回こうして発見された形。真贋が証明できるからこそ発表できるのです」

展覧会では、作品の横に予想価格も記してある。

大作は200万〜300万ドルと日本円にして億単位だが、10代に描いたクロッキーは12000〜18000ドル、また愛用のメガネは1000〜1500ドル、ナイフは300〜500ドルという具合に、(私でも手が届きそう)と思わせるような値付けになっている。

「絵画作品は相場に即して、またゆかりの品物は、例えばナイフは、所有者の価値は付加ぜずにアンティークとしての物そのものの価値に基づいた価格設定なので、おしなべて低く感じられるかと思います」

レアさんは続ける。

「しかも額装はクリスティーズが、時代に即した細工やマチエールの物を作品ごとに誂えていますから、その費用を見積もれば、むしろかなりお値打ちという作品もあります。ただ、これはあくまで評価額なので、実際のオークションでは相当値がつり上がることは予想に難くありません」

クリスティーズのレア・ブロックさんとノルマンディーの断崖がテーマの作品
クリスティーズのレア・ブロックさんとノルマンディーの断崖がテーマの作品
愛用のメガネ
愛用のメガネ
チーズ用のナイフ
チーズ用のナイフ
モネが所有していた浮世絵
モネが所有していた浮世絵
日本製の素焼きの猫
日本製の素焼きの猫

オークションがさらに興味深いのは、開催される場所。

11月27日のオークション本番は香港で行われる。売り手の意思でもある場所の選択については、昨今、印象派作品の買い手の35パーセントをアジア人が占めているという背景がある。しかもそのほとんどは大陸、香港も含めた中国人。目下作成中の展覧会カタログも、英語と中国語の表記になっている。

「もちろんフランスのコレクターもないがしろにはできませんから、当日は香港とパリの会場を結んで同時にオークションを開催することになっています」

私がパリで目にした作品は、ただ今ロンドンで展示中。さらにニューヨーク(11月上旬)を回ってから香港へ、また別の出品品目で構成した展覧会が11月上旬に北京、上海を経て香港に集結することになっている。

中国語と英語が併記されたパンフレット
中国語と英語が併記されたパンフレット
パリ在住ジャーナリスト

出版社できもの雑誌の編集にたずさわったのち、1998年渡仏。パリを基点に、フランスをはじめヨーロッパの風土、文化、暮らしをテーマに取材し、雑誌、インターネットメディアのほか、Youtubeチャンネル ( Paris Promenade)でも紹介している。

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