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ジョシュア、ワイルダーはヘビー級トップ戦線で生き残れるのか 英国人記者が占う

杉浦大介スポーツライター
Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing

 2023年は全体に動きが少ない印象もあったヘビー級ボクシングだが、サウジアラビアが最重量級に力を入れたことで年末に一気に活気付いた。

 12月23日、リヤドのキングダム・アリーナのリングにアンソニー・ジョシュア(英国)、デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)、ジョセフ・パーカー(ニュージーランド)、フィリップ・フルゴビッチ(クロアチア)、ダニエル・デュボア(英国)といった役者たちが一挙に登場。そこではジョシュアとの直接対決が内定と伝えられたワイルダーがパーカーに敗れるという波乱もあり、大きな話題を呼んだ。

 これらの結果を受け、2024年、ヘビー級はどう動いていくのか。ジョシュアは2月に4冠統一戦を行う予定のオレクサンデル・ウシク(ウクライナ)、タイソン・フューリー(英国)という2強とどう絡むのか。手痛い1敗を喫した38歳のワイルダーはここから巻き返せるのか。

 それらの疑問を解き明かすため、今回は年末のサウジアラビア興行を現地取材したイギリス人ライター、トム・グレイ氏に意見を求めた。リングマガジンの元編集人(マネージング・エディター)であり、現在はスポーティングニュースで健筆を振るうベテラン記者の言葉には常に説得力がある。

 以下、グレイ氏の1人語り。

ジョシュアの充実

 サウジアラビアで昨年末に行われた興行は私がこれまで現場取材した中でも最も分厚いイベントだったと思います。

 多くのヘビー級戦が組まれ、さらにライトヘビー級でも最強の呼び声が高いWBA同級王者ドミトリー・ビボル(ロシア)、クルーザー級のベストファイターと目される前IBF同級王者ジェイ・オペタイア(オーストラリア)まで登場したのだから、ボクシングマニアは文句はないでしょう。最初から最後まで好カードが続いたという意味で、非常に見応えのある興行になりました。

 特にヘビー級ボクシングのファンにはたまらないものになったのでしょう。中でもメインイベントに登場し、オト・ヴァリン(スウェーデン)に5回終了TKO勝ちを収めた元3冠王者ジョシュアの充実ぶりには目を見張らされました。ジョシュアの勝利という結果は驚きではないですが、あれほどシャープで、効率的で、パーフェクトと呼んでも大袈裟ではない戦いぶりを見せるとは思っていたなかったというのが正直なところです。

Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing
Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing

 ジョシュアは世界ヘビー級3冠王者ウシクとの2度の対戦ではサウスポーの相手に苦しみました。ヴァリンもサウスポーですが、ウシクより正面に構え、足も使わなかったので、ジョシュアにやり難さはなく、最大の武器である右を有効に使っていました。顔面、ボディを打ち分け、バランスも良かったですね。ベン・デイビソン、リー・ワイリーといったトレーナー陣は称賛されて然るべきと思います。

英国の人気者に豊富な選択肢

 ヴァリン戦のあと、元WBC王者ワイルダーとの対戦が内定していたジョシュアですが、セミファイナルでワイルダーがパーカーに敗れたあとで、次の対戦相手が注目されます。

 ジョシュアは3度目の世界ヘビー級王者就任を目標に闘志を燃やしてくるはずです。WBC王者フューリーがウシクと4団体統一戦を行うのであれば、その後、IBF王座が空位になると見定め、IBF指名挑戦者のフルゴビッチと戦うというのが1つの方向性です。フルゴビッチはサウジアラビア興行のアンダーカードに登場し、格下選手にKO勝ちを収めましたが、それでもジョシュアの方が一枚上というのが私の見立てです。フルゴビッチだけでなく、WBO暫定王者ヂャン・ヂレイ(中国)も相手候補の1人になるのでしょう。 

 一方、フューリーがウシクに勝って4冠王者になった場合、フューリー対ジョシュア戦を夏あたりに開催すればメガイベントになりますね。まずはフルゴビッチとの試合で世界タイトルを取りにいくか、それともフューリー戦を目指すか。依然として人気者で興行価値の高いジョシュアには多くの選択肢があり、本人が何を望むか次第だろうと思います。

ワイルダー敗北を予想していたというグレイ氏(左)
ワイルダー敗北を予想していたというグレイ氏(左)

 一方、ワイルダーがパーカーに敗れるであろうことを実は私は戦前から予想していました。自慢したいわけではないですが、リングマガジンの予想に参加した19人のうち、18人はワイルダーの勝ちを予想し、パーカー勝利と見ていたのは私だけでした。私にとって、この結果は驚きではなかったのです。

得意の右が炸裂しなかったワイルダー

 ワイルダーはボクシング史上最高級のワンパンチパワーパンチャーかもしれませんが、ボクシングのスキル自体はかなり乏しいというのが現実です。それゆえに私はフューリーとの3度の対戦では毎回、より技術的に優れたフューリーの勝利を予想しました。

 ルイス・オルティス(キューバ)戦のように、劣勢を1発のパンチで引っくり返し、その瞬間まで5、6ラウンドを連続で奪われていたことを人々が忘れてしまうこともありました。

Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing
Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing

 ただ、私は今回の試合に臨むパーカーのハングリー精神、経験、自信を買っていました。セコンドについたトレーナーのアンディ・リーはフューリーのコーナーの一員としてワイルダーと対峙した実績があり、右パンチを封じる対策を練ってきていたのです。結果的に、ワイルダーに勝つために必要なのはそれだけでした。これまでもワイルダーが左フックで相手を葬るシーンなど見たことがなく、鍵は常に右パンチでしたから。

 ワイルダーはこの26カ月間で1ラウンドしか試合をしていないにもかかわらず、今戦後にジョシュア戦が内定し、パーカーではなくそちらに目をやっていた印象がありました。マッチメイク面から見ても、チューンナップの相手にパーカーではなく、もう少し軽い相手を選ばなかったことがそもそもの失敗だったのでしょう。

ワイルダーにまだ復権のチャンスはあるのか

 今回の敗戦の後でもワイルダーは戦い続けるとは思います。理由はシンプルにまだ大金を稼ぐ余地が残っているから。

 ワイルダーの敗戦の後でも、ワイルダー、ジョシュアという脆さも備えた2人のパンチャーの対戦はまだ多くのファンを惹きつけるはずです。直接対決の可能性が消えたとは私は思っていません。

 また、ワイルダーには昨年10月、フューリーに善戦したフランシス・ガヌー(カメルーン)と対戦するというオプションもあります。そういった要素を考えれば、ワイルダーがこのままリングを去るとは私には思えないのです。

パーカー(左)に押しまくられたワイルダーだが、グレイ記者はこのまま引退はしないと予想する Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing
パーカー(左)に押しまくられたワイルダーだが、グレイ記者はこのまま引退はしないと予想する Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing

 今後を考えると、現役を続けるのであればワイルダーにはもう少し頻繁にリングに立って欲しいというのが私の願いです。試合間隔を開けすぎないことが、ボクサーが力を出す上で重要な要素であることは言うまでもありません。

 2023年は4度もリングに立ち、毎回好調だったわけではなくとも腕を磨き続けたパーカーがいい例です。年齢的にも40歳に近づき、今回、低調なボクシングをみせたワイルダーがここからまた1年ほどのブランクを開けるようであれば、これ以上の上がり目は期待できないと思っています。

カバイェルとデュボアも存在感を誇示

 最後にサウジアラビア興行のアンダーカードに登場した選手に触れておくと、アジ・カバイェル(ドイツ)がアルスランベク・マクムドフ(ロシア)に4回TKO勝ちを飾った試合が最も印象的でした。不利と目されたカバイェルが評価の高かったマクムドフをボディ攻撃で攻略した一戦です。先ほども話した通り、私はワイルダー対パーカー戦の結果は予想できていたので、カバイェルのKO勝ちこそが今回のイベントの中で最大のサプライズとなりました。

かつては期待が大きかったデュボアはミラー戦のKO勝利で戦線に踏みとどまった Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing
かつては期待が大きかったデュボアはミラー戦のKO勝利で戦線に踏みとどまった Photo By Mark Robinson Matchroom Boxing

 ウシク戦でのKO負けからの復帰戦となった元WBAレギュラー王者デュボアはジャーレル・ミラー(アメリカ)に10回KO勝ちを収めました。最終的ににストップに持ち込めたのはよかったですが、スピード、身体能力のアドバンテージを考慮すれば、そこまで試合を縺れさせる必要もなかったのではないでしょうか。フットワークを使い、ジャブを突き、距離を保つことができれば、ミラーをもっと上手に相手をコントロールすることも可能だったと思っています。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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