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Showtimeが37年続けたボクシング中継を終了 米リングに何が起こっているのか

杉浦大介スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

ボクシングのテレビ放送にもたらされた大きな変化

 Showtime(ショータイム)がボクシング中継から撤退―――。

 10月中旬に流れたニュースを聴き、驚いたボクシングファンは日本にも少なくなかったのかもしれない。実は米国内ではその噂はまことしやかに囁かれ、親会社のパラマウンド・グローバルが正式発表する以前から公然の秘密状態だった。

 今年度下半期最大級のビッグファイトだった9月30日のサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)対ジャーメル・チャーロ(アメリカ)戦。Showtimeスポーツ部の一部のスタッフはラスベガスでファイトウィークの準備に取り組みつつ、同時に次の仕事探しを進めていたと言われる。

Esther Lin/SHOWTIME
Esther Lin/SHOWTIME

 似たような状況に遭遇したのはそれほど昔の話ではない。2018年9月、カネロ対ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)のリマッチ。もう誰もがHBOの最後のPPV中継になると覚悟した上で、諦観とともに仕事にとりかかっていたビッグファイトの空気感に酷似していたのだ。

 今後、11月25日にラスベガスで開催されるデビッド・ベナビデス(アメリカ)対デメトゥリアス・アンドレイド(アメリカ)のスーパーミドル級戦の中継はすでに正式決定している。12月9日、エリスランディ・ララ(キューバ)対ダニー・ガルシア(アメリカ)、キース・サーマン(アメリカ)対エイマンタス・ステイニョーニス(リトアニア)を軸にした興行も内定と伝えられてきた。

 これらはどちらも視聴者に課金した上で番組を作るPPV中継であり、局側が製作費を負担するわけではない。だとすれば、Showtimeのボクシング放送は事実上、もう終わったと言っても大袈裟ではないのだろう。

多くのスターが登場したShowtimeボクシングの興亡

 1986年、マービン・ハグラー(アメリカ)対ジョン・ムガビ(ウガンダ)戦の中継からボクシングビジネスに参入したShowtime。以降、実に37年にわたってこの業界の重要なプラットフォームであり続けてきた。

 「Showtime Championship Boxing」「Showtime PPV」「SHO BOX」という3つの番組で合計2000戦近くを中継。フロイド・メイウェザー、マイク・タイソン(ともにアメリカ)、フリオ・セサール・チャベス(メキシコ)といった多くのスーパースターの主戦場となり、近年はアル・ヘイモンが率いるPBC傘下の主力選手を大量に抱えてきた。「All Access」のような関連番組の質も高く、ライバル局のHBOとともにボクシングファンにとって常に信頼できる放送局だった。

Showtimeは豪州(写真右はティム・ジュー)、英国など海外の試合中継も行なってきた
Showtimeは豪州(写真右はティム・ジュー)、英国など海外の試合中継も行なってきた写真:ロイター/アフロ

 その一方で、動画配信に移行する時代の波は確実に押し寄せていた。長くボクシング放送のゴールドスタンダードとして君臨してきたHBOが2018年、一足先にボクシング中継を終了。Showtimeもすぐに後に続くのかと思われた中、約5年も踏ん張ったのはスタッフの頑張りがあればこそだったのだろう。

 それでも2019年8月、バイアコムとCBSが正式に再統合に合意したことが“終わりの始まり”だった。昨年9月、パラマウント・グローバルがShowtimeとパラマウント+の統合を発表。局内の方向性が変化したと伝えられ、ボクシングには好意的ではない噂話が飛び交うようになった。

 Showtimeは2023年、ベナビデス対ケイレブ・プラント(アメリカ)、ジャーボンテイ・デービス(アメリカ)対ライアン・ガルシア(アメリカ)、エロール・スペンスJr.(アメリカ)対テレンス・クロフォード(アメリカ)といった好カードを次々と実現させ、PPVでも優れた売り上げを叩き出していた。そんな好結果の後でも、ボクシング、格闘技というスポーツ中継をカットするという上層部の判断は変わらなかった。

PBCと業界の今後に注目

 これも時代の流れとしか言いようがなかったのだろう。

 ボクシングのプラットフォームは地上波からケーブル、そしてストリーミングへと移行してきた。現在、PPV以外の中継はより専門性の強いスポーツ動画配信局のESPN+、DAZNが中心になっている。総合的なエンターテイメント局を目指すパラマウント・グローバルにとって、ニッチな競技であるボクシングはすでに魅力的なコンテンツではなくなっていた。

 ボブ・アラムが生き残り、ドン・キングが没落したのはデジタルに進む流れに適応できなかったから。これまでShowtimeと蜜月の関係を築いてきたヘイモンもそれは熟知しているはずで、対応を進めているに違いない。すでにDAZN、Amazonプライムとの契約交渉を進めているとの報道も出ている。

 PBCが抱えるカネロ、デービス、スペンス、デオンテイ・ワイルダー(アメリカ)、クロフォード(スペンスとの再戦条項保持)といったスターたちを魅力的に感じるプラットフォームは他にも少なからず存在するはずだ。

PBCの放映権を得るプラットフォームはクロフォード対スペンス2に中継も引き継ぐ可能性が高い Esther Lin/SHOWTIME
PBCの放映権を得るプラットフォームはクロフォード対スペンス2に中継も引き継ぐ可能性が高い Esther Lin/SHOWTIME

 つい先日、NBCのストリーミングサービス、Peacock(ピーコック)が英国のBoxxerの興行をアメリカ国内で独占配信すると発表したばかり。すべての社がパラマウント・グローバルと同様の考え方だとは限らず、他のメジャースポーツと比べて安価なボクシングにはまだまだライブスポーツのコンテンツとしての需要、魅力は残っているのだろう。

 Showtimeが不在になるのはもちろん残念であり、その従業員たちが職を失うのは気の毒ではある。それでも今の流れはボクシング界の現在、未来とって必ずしも悪いことだとは限らない。

 新しいプラットフォームは参入時の話題作りが必要になり、当初は盛大に先行投資するのが通例。だとすれば、ここでの移行で来年以降、業界全体が一時的により活気付くことは十分に考えられる。Showtimeが手を引いたからといって、「Boxing is dead(ボクシングは終わった)」という決まり文句を謳い挙げるのは間違っているのだろう。

 ただ・・・・・・だからと言って楽観が許されると言いたいわけではない。HBO、Showtimeといった知名度の高いプレミアチャンネルが相次いでボクシングから手を引いている現状に、問題がないとはやはり思えない。まだしばらくは放送媒体に困ることはなくとも、このままいけば競技自体のマイナー化がさらに進むことは想定できる。

ボクシングが“世界最高のスポーツ”であり続けるために

 その予感を痛切に感じてか、Showtimeの撤退発表直後、一部のスター選手がボクシングの現状に警笛を鳴らしている。

 「HBOとShowtimeは世代を通じてボクシングを定義する存在だったのに、今では両方が去ってしまった。僕たちボクサーはこれを受け止め、マーケティング、新しい観衆、投資、グローバルな視点を考えていかなければいけない。ボクシングは依然として世界最高のスポーツ。僕たちは考え直さなければいけないんだ」

 現代屈指の人気ボクサーであるライアン・ガルシアがX(元ツイッター)上にそう記せば、今ではパウンド・フォー・パウンド最高のボクサーとして広く認められるようになったクロフォードも同じ意見を述べている。

 「ライアン・ガルシアに絶対的に同意する。今のままのシステムでは改善はできない。違う考え方をしなければいけない。他のスポーツは正しいやり方をすることで、帝国を作り上げている。ボクサーも一丸とならなければいけない。リング上では戦っても、このスポーツとファミリーのために手を組めるはずだ」

ライアン・ガルシア(左)のような人気選手も業界の今後に不安を感じている Esther Lin/SHOWTIME
ライアン・ガルシア(左)のような人気選手も業界の今後に不安を感じている Esther Lin/SHOWTIME

 実際に業界全体にまた大きな変化がもたらされるであろう来年は、ボクシングにとって最新のターニングポイントになり得る。新たなプラットフォームが参戦するか、既存の配信局(DAZN?)が力を増す中で、何らかの良好なムーブメントがもたらされるかどうか。ファンを引きつけるようなマッチアップが数多く実現し、業界全体を活性化できるか。

 前述通り、2023年は多くの好カードが実現したが、デービス対ガルシア、スペンス対クロフォード、カネロ対チャーロ、デビン・ヘイニー(アメリカ)対ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、さらに12月に予定されるレジス・プログレ(アメリカ)対ヘイニーなどはすべてPPV中継だった。

 PPVは一部のトップボクサーに高額報酬を提供するが、ファン層をさらに狭めてしまう。課金ファイトの頻発を避けることは、業界全体の大きな課題と言えよう。

 PBCがどこの放送局と関係を結ぶかは不明だが、プロモーターに必要以上のセキュリティを与えることは安易なマッチメイクの素となるだけに、次のプラットフォームはできれば独占契約は避けてほしいところ。カードの質を上げるために、局側が少なからずの主導権を握った上でのクオリティコントロールは不可欠になる。

 これらのポイントを考えた時、これまでのボクシング界の流れを振り返れば楽観的にはなれないのが正直な話ではある。ただ、まだ仮定の話だが、すでにNFL、欧州サッカー中継などでスポーツ放送にも実績のあるAmazonプライムのような大会社が参入となれば多少の期待感は生まれてくる。

 “ボクシングは今でも世界最高のスポーツ”―――。ガルシアのそんな言葉に同意するスポーツファンは今では多くはないのかもしれない。それでもボクシングのメガファイトには、依然として人を動かすのに十分な力が残っている。MLB, NBAといった他の競技も第一線で取材してきた筆者はそう信じる。

 まだボクシングは死なない。Showtimeが去った後で、ここで再び訪れる節目が、良好な変化のきっかけになることに仄かな希望を寄せておきたいところだ。

Esther Lin/SHOWTIME
Esther Lin/SHOWTIME

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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