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井上尚弥戦のKO負けから4年 プエルトリコの実力者ロドリゲスが誇示した成熟

杉浦大介スポーツライター
Amanda Westcott/SHOWTIME

8月12日 メリーランド MGMナショナルハーバー

IBF世界バンタム級王座決定戦

元王者

エマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ/31歳/22-2, 13KOs)

3-0判定(120-105x3)

メルビン・ロペス(ニカラグア/25歳/29-2, 19KOs)

右目の腫れをめぐる予想外のドラマ

 「コミッションドクターはロドリゲスの傷がパンチによるものだと判断した。試合がストップされた場合、決着はスコアカードには委ねられない」

 8ラウンド途中、目の前に座っていたプレミアケーブル局Showtimeのエグゼクティブが後ろを振り返り、記者席に陣取るメディアたちにそう告げた。リングサイドがにわかに騒然としたのは言うまでもない。

 この試合はロドリゲスがスキルを誇示し、右パンチを軸に着々とポイントをピックアップしていた。ロペスが強烈な戦意を見せなかったこともあり、大きなダメージを与えてはいないながらもロドリゲスの無難な判定勝ちペース。懸念材料といえば、2〜3回頃から腫れ始めた右目の傷くらいのものだった。

 偶然のバッティングと判断された上での負傷判定ならば、問題なくロドリゲスの手が上がる。しかし、パンチが原因とみなされたとすれば話は変わってくる。

 右目は記者席から見ても明白なほど大きく膨れ上がり、ストップされても不思議はないように思えた。パンチの効果によるストップであれば、ロペスのTKO勝ちとなり、一方的に試合を進めていたロドリゲスには悪夢のようなどんでん返しになる。そんな不運な結末の可能性を突きつけられ、リングサイドでワンサイドの試合を見ていた私たちもドラマの予感を感じたのだった。

Amanda Westcott/SHOWTIME
Amanda Westcott/SHOWTIME

 ところがーーー。そんな修羅場の中でも、この日のロドリゲスの冷静さと安定感は見事だった。右目が膨れ上がり続けても、視界が多少狭まっても、的中率の高いコンビネーションを随所に決め続ける。

 「私のチームのおかげで冷静でいられました。腫れは激しくなっていきましたが、セコンドからは「何とかするから」と言われ、実際にそうしてくれました。おかげで試合はストップされずに済んだのです」

 ロドリゲス自身のそんな言葉通り、その戦いぶりからはコーナーへの信頼と、同時に自身の技量への自信が確実に感じられた。

 中盤以降も的確な右をヒットして自身の右目を守ったロドリゲスは、攻撃を最大の防御とすることでペースをキープする。コーナーも仕事を果たし、ドクターにストップする必要性を与えなかった。

 最終回には左ボディから3度のダウンを奪ってダメ押しし、レフェリーがストップしなかったのが不思議なくらい。そんなパフォーマンスから、紆余曲折を経てこの位置に辿り着いたロドリゲスの底力を感じたファンは少なくなかったはずだ。

厳しい挫折と不運を乗り越えて

 ロドリゲスにとって、2019年5月、井上尚弥(大橋)に2回KOで敗れて以来、これが実に4年ぶりの戴冠劇だった。井上に「初回は“おっ”と思いました」といわせたほどの力を持つテクニシャンだが、このスランプの期間中には考え得る限りの不運がこの実力者を襲った印象もある。

 ルイス・ネリ(メキシコ)戦は相手の体重オーバー、ノニト・ドネア(フィリピン)戦は相手のコロナ感染で中止。WBC暫定王座をかけて戦った2020年12月のレイマート・ガバリョ(フィリピン)戦は疑問の残る判定を失い、ゲーリー・アントニオ・ラッセル(アメリカ)とのWBAエリミネーターでも初回16秒で負傷ドロー・・・・・・。

 ただ、そんな厳しい時期を乗り越え、もともと確かな技術を持った元王者は精神的にさらにたくましくなったという見方もできるのかもしれない。

Amanda Westcott/SHOWTIME
Amanda Westcott/SHOWTIME

 「よくないことがすべて私の身に起こったかのようでした。約3年間も未勝利に終わったんですから。ただ、その時期のおかげで、もう一度王者になりたいという決意を改めて固めることができたんです」

 修羅場はすでに嫌というほど経験してきた選手なのだから、ロペス戦の目のケガにも動じなかったのも理解できる。

 井上戦では物議を醸す愚行を働いたトレーナーは解雇し、“パンダ”ことジェイ・ナハル・トレーナーと一枚岩の陣営を作ってきた。ファン・オレンゴ・プロモーターとともにPBCといい関係を築き、ここ4年は米リングで1年1度ずつの試合機会を与えられてきた。

 ラッセルを寄せ付けず、ロペス戦での最新の試練にも動じなかった過去2戦を見れば、ロドリゲスの充実は見て取れる。次々と押し寄せる不運にも負けなかった31歳は、遅ればせながら全盛期を迎えようとしているのだろう。

そして統一戦へのビッグステージへ

 ロペス戦の終了から1時間以上が過ぎた頃―――。ロドリゲスは顔面を大きく腫らしながらも、ナハル・トレーナー、オレンゴ・プロモーター、同じプエルトリコ出身の世界王者であるIBF世界スーパーライト級王者スブリエル・マティアスらとともにMGMナショナルハーバーのロビーに姿を見せた。そこでは延々と続くファンの写真撮影リクエストに笑顔で応じていた。

 勝ったばかりのボクサーにとっては本当に幸せな時間である。すべてが報われたと感じる瞬間。こんな時を仲間たちとともに過ごすことが、新たな意欲にも繋がるのだろう。

 「次の相手は井上拓真(大橋/WBC同級王者)でも、アレハンドロ・サンティアゴ(メキシコ/WBC王者)、ジェイソン・マロニー(オーストラリア/WBO王者)でも、誰でも構いません。統一戦に臨む準備はすでにできています」

 統一戦路線の前にまずは指名戦をこなすことになるのかもしれないが、いずれにしてもまだまだ目を離せない。我慢が報われ、真価を証明したロドリゲスの行手に、さらに楽しみな未来が再び開けようとしている。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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