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キャリア最大級の勝利後に引退宣言 現代の風雲児テオフィモ・ロペスはどこに進むのか

杉浦大介スポーツライター
Mikey Williams/Top Rank

6月10日 ニューヨーク

マディソン・スクウェア・ガーデン・シアター

WBO世界スーパーライト級タイトル戦

元WBAスーパー、WBCフランチャイズ、IBF、WBO世界ライト級王者

テオフィモ・ロペス(アメリカ/25歳/19-1, 13KOs)

判定3-0(115-113x2, 117-111)

王者

ジョシュ・テイラー(英国/32歳/19-1, 13KOs)

 俊才ロペスが大舞台で本領を発揮

 「テオの方が優れたボクサーだ。このバージョンのテオはスーパーライト級のどの選手よりも上かもしれない・・・・・・」

 第5ラウンドの途中頃、背後に座って試合を見ていた元世界王者がそう呟いたのが聞こえてきた。その時点でまだ主導権が完全に定まったとは言えなかったが、ロペスの出来の良さは実際に誰の目にも明白。ロペスのカウンターパンチが早い段階から違いを生み出し、テイラーを追い詰めていた。

 「ジョシュ・テイラーはタフな男だ。これまでなぜ多くの選手を倒して来れたのかはわかる。カウンターパンチャーに勝つにはカウンターを決めなければいけない。より賢明に戦わなければいけない。それをやり遂げられたと思う」

 ロペス自身のそんな言葉通り、サイズで大きく上回るテイラーに対し、ロペスのスピード、瞬発力が決め手になった。

 初回こそテイラーがパワーを生かして攻め込んだが、2回以降に目立ったのは挑戦者の左フック、アッパー。よりスナップの効いたシャープなパンチで機先を制し、テイラーを袋小路に追い込んだ。

 終盤には戦況は一方的になり、何度も打ち込んだ右カウンター、8回終盤にジャンプしながら放った左パンチなどはこれからロペスのハイライトの一部として振り返られることになるだろう。

Mikey Williams/Top Rank
Mikey Williams/Top Rank

 テイラーが本調子でなかったのは事実に違いない。レジス・プログレイス、ホゼ・ラミレス(ともにアメリカ)に勝って階級最強と呼ばれたスコットランド人王者だが、前戦ではジャック・カテラル(英国)に一部から地元判定勝利の声も出るほどの大苦戦。ここ2年は試合ペースも落ち、減量苦も噂されるようになった。

 それでも今戦に関しては、テイラーのキレのなさよりも、ロペスの見事なパフォーマンスが真っ先に語られるべきに思える。

 テイラーのボクシングが機能しなかったのは、ロペスの素晴らしさゆえ。これほど実績ある選手をほとんど無策に見せたのは出色であり、試合後にはロペスのパウンド・フォー・パウンド・ランキング復帰がリングマガジンのランキング選定委員の間で真剣に話し合われているのも当然と言えよう。

アップ&ダウンの激しいロペスのボクシングキャリア

 2020年10月、当時全階級最強候補と見られていたワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に判定勝ちする金星を挙げ、ライト級の4冠(WBCはフランチャイズ王座)を制して一挙に知名度を上げたロペス。ただ、以降はしばらく迷走を続けることになる。

 翌年の初防衛戦ではジョージ・カンボソス Jr.(豪州)にまさかの判定負けで王座陥落。スーパーライト級に上げて迎えた昨年12月の前戦でもサンドール・マーティン(スペイン)と大接戦を演じ、何とか判定勝ちを収めたものの、むしろ評価を下げる結果となった。

 「Do I still get it? (俺はまだ力を保っているのか?)」

 試合後、ロペス自身がリング上でそう話した姿がテレビカメラに捉えられ、まだ25歳にしてすでに盛りを過ぎたと喧伝されることにもなった。

 今回のテイラー戦前、ロペスは“トップランクは黒人選手を好んでいる”“このスポーツでは相手を殺しても咎められない”といった物騒なコメントを連発。またもその精神状態を危惧する声が挙がっていた。離婚の途上にいるというロペスが、やや不安定な状態でなかったのは事実に違いない。

 しかしーーー。そんな騒ぎの中でも、予想オッズは不利という状況で迎えたテイラー戦ではこれまでで最高と思えるボクシングで魅せてくれた。

 ロマチェンコ、テイラーという2人の4団体統一王者(注・ロマチェンコのWBC王座はフランチャイズ王座だった)に勝ったのだから、その実績はすでに現役最高級。波の大きさが玉に瑕だが、潜在能力はやはり惚れ惚れするものがあり、集中した際の能力は一級品ということなのだろう。

 「これでボクシングから引退したい」

 テイラー戦後、ロペスはまたもそんな発言で物議を醸している。

 ここでの引退はにわかには信じがたい。テイラー戦当日、ロペスにとって地元にあたるニューヨークのMSGシアターには5151人の観衆が集まってソールドアウトとなった。約85万ドルのゲート収入を叩き出し、2018年のロマチェンコ対ホセ・ペドラサ(プエルトリコ)戦でマークされた同会場での最高記録を更新。それだけの人気選手なのだから、稼げるのはこれからである。

 今後、同じくトップランク傘下の元王者ホセ・ラミレス(アメリカ)、一度は苦杯を喫したカンボソス、FAになる1階級下の4冠王者デビン・ヘイニー(アメリカ)などとの対戦は現実的になる。成立はより難しくなるが、レジス・プログレイス、ジャーボンテ・デービス、ライアン・ガルシア(すべてアメリカ)など、周辺階級に対戦相手候補は存在する。これほどビッグマネー・オプションが豊富な中で、本当にリングを去るとは誰も考えていないはずだ。

 まずは離婚問題と親権を巡るバトルが優先ということか。その後、ロペスのアップ&ダウンの激しいキャリアはおそらく続いていくのだろう。

 次戦もまた目の覚めるようなボクシングで魅了するのかもしれないし、対戦相手次第で期待外れのパフォーマンスもあり得るのかもしれない。明日は決してわからない。はっきりしているのは、現代ボクシングの風雲児、ロペスが目の離せないボクサーであり続けるということだけだ。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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