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“現代のメイウェザー対デラホーヤ” ファン垂涎のデービス対ガルシア戦は実現するか

杉浦大介スポーツライター
Tom Hogan/Golden Boy

7月16日 ロサンジェルス クリプト・ドットコム・アリーナ

スーパーライト級12回戦

元WBC世界ライト級暫定王者

ライアン・ガルシア(アメリカ/23歳/22戦全勝(18KO))

12回戦

元WBA世界スーパーフェザー級王者

ハビエル・フォルトゥナ(ドミニカ共和国/33歳/37勝(26KO)3敗1分2無効試合)

新アイドル、ガルシアが最新試合で鮮やかなKO勝ち

 「意志あるところに道は開ける(Where there’s a will there’s a way.)」

 フォルトゥナを鮮やかなKOで倒した直後―――。ガルシアがジャーボンテ・デービス(アメリカ)戦に関して残したそんな言葉は、23歳のスーパースター候補がデービス戦をどれだけ熱望しているかを表現していたのだろう。それと同時に、それを実現させることの難しさを物語っていたに違いない。

 最新のフォルトゥナ戦ではガルシアの充実ぶりが目立った。4回に左ボディ、5回にカウンターの左フックでダウンを奪うと、6回にはワンツーからの左フックでまた倒してフィニッシュ。2021年1月のルーク・キャンベル(英国)戦同様、相手に顔面を意識させた上で、ボディにパンチを打ち込んで倒した最初のダウンは見事としか言いようがなかった。

 フェザー、スーパーフェザー級では活躍したフォルトゥナだが、ライト級以上での実績はハイレベルとはいえない。今戦でも計量後に157パウンドにまでリバウンドしたことが伝えられており、その動きに全盛期の躍動感はなかった。

 とはいえ、ノンタイトル戦ながらクリプト・ドットコム・アリーナ(旧・ステイプルスセンター)に11288人の大観衆を集めた一戦が、ガルシアの瞬発力、電光石火のスピード、決定力をアピールする舞台となったのは事実だろう。

Tom Hogan/Golden Boy
Tom Hogan/Golden Boy

 「俺は相手が強い方が強いパンチが打てるんだ」

 ガルシアのそんな言葉の信憑性はともかく、4月のエマヌエル・タゴエ(ガーナ)戦では打ち合う気のない相手に倒しきれず、判定勝利に終わっていただけに、今回は良い勝ち方ができたという満足感があったに違いない。

インフルエンサーと黒人スターの好カード

 こうしてガルシアが最新のテストをクリアしたあと、気になるのはやはり今後のことだ。群雄割拠のライト級ではワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、テオフィモ・ロペス(アメリカ)、ジョージ・カンボソス Jr.(オーストラリア)と覇権が引き継がれ、先月、オーストラリアでカンボソスを完封したデビン・ヘイニー(アメリカ)が新たに4団体統一王者になった。

 ただ、ガルシア、WBA正規王者のデービスという2人の人気ボクサーの集客力と話題性は前述した王者たちをも凌駕する。そんな背景から、同階級ではガルシアとデービスの激突が他のどのカードよりも熱望され、特にガルシアはことあるごとに"タンク”・デービスとの対戦希望を口にしてきた。

 実際にこの顔合わせはマッチメイクの王道を征くようなパーフェクトなカードである。アイドルばりのルックス、大量のSNSフォローワーを持ち、ボクサーとして以上にSNSのインフルエンサーとしても有名になったガルシア。フロイド・メイウェザーの秘蔵っ子として育成され、黒人層から圧倒的な支持を受けるデービス。いわば現代のオスカー・デラホーヤとメイウェザーの激突であり、その2人の元スーパースターが両選手のプロモーターだというのも象徴的だ。

 無敗の人気者対決は、ライト級戦線において重要な意味を持ち、試合内容もスリリングなものが期待できるだけでなく、興行的な成功も当確。ファンベースの種類が違うため、対戦が決まった際にはファンまで含めた人種間の激突が話題になるに違いない。

黒人層に絶大な人気を誇るデービス。ニューヨーク、LA、ボルチモア、アトランタなど多くの都市の会場を満員にしてきた。
黒人層に絶大な人気を誇るデービス。ニューヨーク、LA、ボルチモア、アトランタなど多くの都市の会場を満員にしてきた。写真:ロイター/アフロ

 8月以降、オレクサンデル・ウシク(ウクライナ)対アンソニー・ジョシュア(英国)、サウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)対ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン )に続き、エロール・スペンス Jr.(アメリカ)対テレンス・クロフォード(アメリカ)というウェルター級4団体統一戦の交渉(ここに来て難航しているという話だが)も進んでいる。

 それに加え、デービス対ガルシア戦が実現すれば、ラテン系、黒人層という業界内で重要な2つのファンベースをエキサイトさせることは確実。マニア以外の関心も惹きつけ、ボクシングの範疇を超えた話題を呼ぶことだろう。

マッチメイクの難しさとは

 ただ・・・・・・これもボクシングならではというべきか、少なくとも現状でこのビッグファイトの成立はとても楽観視はできないというのが正直なところだ。

 最大の障壁は例によって放送局、プロモーターの違い。メイウェザー・プロモーションズ傘下で戦ってきたデービスはPBCのアル・ヘイモンとも結びつきが強く、過去11戦はすべてShowtimeで放送されてきた。一方、ゴールデンボーイ・プロモーションズ(以下、GBP)と契約するガルシアの過去6戦はDAZN生配信。放送局、プロモーターはどちらもライバル関係にあり、対立会社の所属選手同士のマッチメイクは一筋縄ではいかない。最近では、状況的に似通っていたジャモール・チャーロ(アメリカ)対ハイメ・ムンギア(メキシコ)戦が中継局の意向で頓挫した例がある。

 解決策の1つは、どちらかが傘下選手の1戦限りのレンタルを承諾することだ。2019年7月、マッチルーム・スポーツ傘下のモーリス・フッカー(アメリカ)がトップランクと契約するホゼ・ラミレス(アメリカ)とスーパーライト級統一戦を行った際、トップランクは350〜400万ドルという法外なオファーを出してきたマッチルームへのラミレスの貸し出しを受諾した。傘下選手の勝利を信じたトップランクの目論見通り、ラミレスは6回TKO勝ちを飾って溜飲を下げることになる。

 この方法なら試合運営の主導権は握れず、興行的に大成功した際の恩恵が限られる代わりに、自らの懐は痛まず、金銭的なリスクがないまま傘下選手にビッグマネーファイトを供給できる。

 ただ、デービス対ガルシア戦に関しては、PBC、GBPのどちらかが身を引くことは考え難い。格的にはフッカー対ラミレスより数段上のイベントであり、前述通り、興行的な大成功は約束されている。いわばこういう試合を組むために選手を大事に育ててきたのであり、勝負の一戦は自身のプラットフォーム内に死守しようとするだろう。

 ともに加入者を増やすのが目的の中継局側にとっても、今戦での儲けのみならず、この試合を中継することの宣伝効果は計り知れないものがある。Showtime、DAZNはこれまでデービス、ガルシアに相場以上と思える大枚を叩いてきた。だとすれば、ここで大人しく手をこまねいて見ているはずがない。

 そうなってくると、ほとんど唯一の手段はジョイントPPVで興行を打ち、経費、利益を折半することか。 

ライバル会社が提携してのPPVという手段はあるが

 過去にHBOとShowtimeはその方法でレノックス・ルイス(英国)対マイク・タイソン(アメリカ)、メイウェザー対マニー・パッキャオ(フィリピン)といったスーパーファイトを成功させている。ShowtimeとDAZNに期間限定で手を組む度量があれば、今回も挙行は不可能ではないのだろう。

 しかし、デービス対ガルシアはファン垂涎のマッチアップではあるが、上記した2つのメガファイトに比べるとやはり数段落ちるというのが現実だ。鍵を握る1人であるShowtimeのトップ、スティーブン・エスピノーザは、すでに「そこまでするほど大きい試合ではない」と明言している。

デービス対ガルシア戦はビッグファイトだが、メイウェザー対パッキャオ、ルイス対タイソン戦のような”メガイベント”ではない
デービス対ガルシア戦はビッグファイトだが、メイウェザー対パッキャオ、ルイス対タイソン戦のような”メガイベント”ではない写真:ロイター/アフロ

 PPVの数値ダウンが顕著な近年の趨勢を考えれば、デービス対ガルシアのPPV購買数はおそらく50~75万件ほどか。仮に視聴料金80ドルで50万件を売ったとすれば、PPV売り上げは総額4000万ドル。ざっくりそのうちの半分の2000万ドルが現場の取り分となるが、ジョイントPPVなら両サイドがそれをさらに分割しなければいけない。その他、ゲート収入、スポンサー、海外の放映料金などが加わり、もちろんビッグビジネスではあるとしても、PPV売り上げ約460万件というとてつもない数字を叩き出したメイウェザー対パッキャオ戦とはとても比較できないというのが正直なところだ。

 ライバル会社と一緒に仕事をするとなると、すべてを分かち合わねばならず、ことあるごとに膝を突き合わせて話し合う必要性が出てくる。その面倒と、それぞれの看板選手の敗北リスクまで考慮すれば、ここでの提携は旨味が薄いと考える関係者が出てくるのは当然。ボクシングビジネスではまだ新興のDAZNはフレキシブルかもしれないが、もともと自前選手が他社と関わることを毛嫌いするヘイモンとShowtimeがこのカードのためにそこまでするとは考え難い。

 ウェイトの違いによる新たな障壁

 こういったビジネス面のすれ違いに加え、階級の問題もある。最新のフォルトゥナ戦はスーパーライト級で挙行され、最近は試合ごとに身体が大きくなっている印象のあるガルシアは「もうライト級には戻らない。タンク(デービスの愛称)とも140パウンドで戦いたい」と述べていた。

 一方、デービスはスーパーライト級では昨年6月、マリオ・バリオス(アメリカ)に11回KO勝ちした1戦のみ。ライト級でも小柄なデービスにとって、スーパーライト級は少なくとも現状での適正階級ではない。キャッチウェイトのような抜け道はあるものの、サイズで上回るガルシアがスーパーライト級に固執した場合、この点も障害の1つになりかねない。

 こうして述べていくと、デービス対ガルシア戦の挙行にとてもではないが楽観的になれないことが理解していただけるはずだ。しばらくはこの試合の可能性が吟味されたとしても、結局、両者ともに次戦もインハウス(=同じ傘下)のマッチメイクが濃厚。デービスはおそらく昨年12月に苦戦を味わったイサック・クルス(メキシコ)との再戦、ガルシアはジョセフ・ディアス(アメリカ)との新たなるテストマッチに駒を進める公算が最も強い。

 そうこうするうちに、デービス対ガルシア戦のために残された時間は実は少ない。まだ若いガルシアは骨格的に数年以内にウェルター級あたりまで上がりそう。おそらくスーパーライト級が上限のデービスとの対戦が組めるのは、今から1年くらいがリミットだろう。ガルシアが同カードの即座の挙行を熱望する背景には、“Now or Never(今しかない)”という意識もあるに違いない。

 ファン待望のファイトを実現させようとする23歳の行手に、これまで述べてきた通り、“ボクシングビジネスのからくり”という大きな壁が立ちはだかる。

クロスオーバーのアピールを持つガルシアはまだ無冠ながら、「ボクシング界で最も獣洋な選手ではないか」という声も。 Tom Hogan/Golden Boy
クロスオーバーのアピールを持つガルシアはまだ無冠ながら、「ボクシング界で最も獣洋な選手ではないか」という声も。 Tom Hogan/Golden Boy

 そんな障壁を理解した上で、ガルシア自身は依然としてデービス戦に向けた積極的なキャンペーンを行なっている。「交渉過程をすべて録画して(晒しても)構わない」とまで述べている。まだ暫定以外のタイトルを獲得したことがない選手としては破格の人気と商品価値を誇るライジングスターは、このビジネスの残念な慣習に何らかの形で風穴を開けられるか。

 難しいのは承知の上。ボクシング界の多くの人間が、実際には心のどこかで“大番狂わせ”でのファイト実現を願っている。すべての後で、デービス対ガルシア戦はファンのみならず、関係者にとっても楽しみなカードであり、筆者自身も含め、否定的なことを話しているメディアも今回ばかりは自分の予測が誤りであって欲しいと心のどこかで考えているのである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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