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なぜワクチン接種を拒否するアービングをネッツは“パートタイム”で復帰させるのか

杉浦大介スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

珍しい“パートタイムプレイヤー”

 新型コロナウイルスのワクチン接種を拒否してきたブルックリン・ネッツのカイリー・アービングが、まもなく戦列に戻ろうとしている。

 昨年12月29日、アービングはプレシーズン中以来、久々にネッツの練習施設で同僚たちとともにチーム練習に参加。その後、メディアの前にも登場し、ネッツフロントの要請を受けて復帰が決まった経緯を説明した。

 「チームからアプローチを受け、良い話し合いができた。“戻ってきてほしい”と言われ、“もちろんだ。自分が常にいたかった場所だから”と答えた。可能な限り、このチームでプレーしたいよ」

 過去オールスター7度出場という実績を誇るスター選手は、こうして年明け早々にもコートに立つことになりそうだ。

 とはいえ、依然としてワクチン未接種のアービングは今後、すべてのゲームに出場するわけではない。ネッツが本拠地を置くニューヨークでは、公共アリーナでのワクチン未接種の選手のプレーは許されていない。そんな規則下で、ワクチン接種するかどうか個人の判断だとした上で、ネッツがアービングを練習、ゲームのどちらにも合流させないと一度は決定したのは昨年10月12日のことだった。

 それから約2ヶ月半ーーー。シーズンも半ばに近づいた時期に、チーム側は違う方向に進む決断をするに至った。今後、ネッツはアービングをアウェイゲームのみに出場する、近年ではほとんど前代未聞の“パートタイムプレイヤー”として起用していくのだという。

きっかけはチーム内のクラスター発生

 「チームの決断はわかるし、尊重もしている。それに対し、感情的にならないように努めた。オーガニゼーション、チームメイトたちの視点で考えれば、“ワクチンを接種しなければフルに参加はできない”というのは理解できた。代償を払わなければならないことはわかっていた。ただ、(プレーしない)準備ができていたわけではない。サイドラインで見ているのはやはり辛かった。(復帰の)機会に感謝しているよ」

 イースタン・カンファレンス首位を走るチームに戻ることになったアービングは、久々の会見時にそんな殊勝な言葉を残していた。

 アービングがワクチン接種を拒否する理由はいまだに明らかになっていないが、そうやって自身の意思を貫き続けるスターPGの受け入れをチーム側が決めたきっかけ、要因はどこにあったのか。長いシーズンの最中、オミクロン株によるチーム内のクラスター発生がやはり大きかったのだろう。

 昨年12月中旬以降、ネッツのラマーカス・オルドリッジ、ケビン・デュラント、ジェームス・ハーデン、ディアンドレ・ベンブリー、ブルース・ブラウン、ジェボン・カーター、ポール・ミルサップ、ジェームズ・ジョンソン、デイロン・シャープらが次々とリーグの安全衛生プロトコル入り。おかげで12月23日、ポートランドでのトレイルブレイザーズ戦の際には規定の8人が揃わず、試合は延期となるなど、厳しいやりくりを余儀なくされた。

アービングと仲の良いデュラントも帰還を歓迎しているはずだ
アービングと仲の良いデュラントも帰還を歓迎しているはずだ写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 もともとネッツ側が開幕前になぜアービングの“一部参加”を認めなかったかというと、健康面やワクチンに関する主義主張で対立したわけではなく、単にチームにとってプラスにならないと判断したからだ。

 いくら十分な実績があるスーパースターとはいえ、パートタイムの選手がいてはチーム戦術を煮詰めていくのは難しくなる。ケミストリーへの打撃も必至で、スティーブ・ナッシュHCの仕事もより複雑になってしまう。

 とはいえ、今季半ば、これだけの勢いで離脱者が出てしまえば、もうチームのまとまりも何もあったものではない。リーグ内でクラスターに見舞われているのはネッツだけでないが、現状では戦術を煮詰める以前に、当面の勝ち星を得るためには能力のある選手が1人でも多く必要。背に腹は変えられない状況であることは、スティーブ・ナッシュHCのこんな言葉からも伝わってくる。

 「過去12、13、14ヶ月の間、数えきれないほど多くのことが起こった。だからもうこの際、(パートタイムの選手起用も)大きな問題ではないよ。贅沢な悩みだ。ホーム&アウェイをはじめ、様々なことを考慮してメンバーを決める。難しい選択を強いられるだろうから、選手たちにも受け入れてもらわねばならない。すぐに好結果は出ないかもしれないが、長い目で見ていかなければいけない」

”ファイナル進出以外は失敗”のネッツを助けられるか

 アービングの今季最初の実戦が、いつになるかはまだはっきりとはしていない。しばらくチームから離れ、NBAのゲームから遠ざかっていただけに、コンディションを整える時間が必要のはずだ。

 だとすれば、1月5日のインディアナでのペイサーズ戦より、12日のシカゴ開催のブルズ戦の方が有力かもしれない。チームメイトたちと徐々に呼吸を合わせ、ペースが上がってくるのは17日のクリーブランド・キャバリアーズ戦から始まるロード4連戦の途中だろうか。

 アウェイでの残り25戦(ブレイザーズ戦がリスケジュールされると想定して)の中で、出場できそうなのはニューヨークでのニックス戦、同じく規制の厳しいトロントでのラプターズ戦を除いた22戦。チームの全49試合のうちの半分もプレーできないことになるが、それでも実力は申し分のないアービングがどんなプレーを見せるかは興味深い。

ナッシュHCの選手起用法も重要な要素になる
ナッシュHCの選手起用法も重要な要素になる写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ

 デュラント、ハーデン、アービングというビッグ3体制で2年目の今季、ネッツの目標は優勝以外にない。現在、23勝10敗でイースタン・カンファレンスの首位を走ってはいるが、まだエンジン全開になった印象はない。

 それでもこれから先、29歳と年齢的にも今が旬のアービングが戻ってきて、33歳のデュラント、32歳のハーデンとの間にケミストリーが生まれれば、ファイナル制覇のチャンスは現実的なものとなる。

 「このチームにはまだおおきな伸びしろがある。僕たち3人の年齢を考えれば、残った時間は限られている。鉄は熱いうちに打つべきなんだ」

 そう語るアービングが、ネッツの覇権への鍵を握る1人であることは誰も否定できない事実である。かなり出遅れた後で、離脱前のようにエリートレベルのプレーを見せられるのか。このままニューヨークの規制が変わらなければ、プレーオフでも地元戦に出場できない中で、それでもワクチン未接種を貫くのか。

 そして、いかに必要に迫られたとはいえ、この時期にアービングを呼び戻すことを決めたネッツの選択は本当に正しかったのか。様々な疑問が渦巻く中で、2022年が始まって以降も、ネッツの行方にリーグ全体からの熱い視線が集まり続けることは間違いないのだろう。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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