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井上尚弥、村田諒太、メイウェザーの凄さを「世界最高のボクシングカメラマン」福田直樹氏が語る

杉浦大介スポーツライター
写真:福田直樹 BWAAの2019年フォトアワード佳作受賞作品

福田直樹

●プロフィール

 1965年東京生まれ。ボクシングカメラマン。1988年よりボクシング専門誌の編集にライターとして携わり、2001年に渡米。カメラマンに転向。以後はネバダ州ラスベガスに拠点を置き、全米各地で年間約400試合を撮影し続けた。パンチのインパクト、決定的瞬間を捉える能力を本場で高く評価され『パンチを予見する男』とも称される。

 2008年、世界で最も権威がある米国の専門誌『リングマガジン』にスカウトされて、同誌のメインカメラマンを8年間務めた。『BWAA(全米ボクシング記者協会)』主催の年間フォトアワードにおいて、初エントリーから6年連続で入賞し、その間に”最優秀写真賞”を4度受賞。2012年にはWBC(世界ボクシング評議会)の”フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー”にも選ばれている。

 2016年に帰国。現在は米国での経験を活かして、日本のボクシング、ファイターの写真を世界各地へ発信する活動に取り組んでいる。

 トップの写真はBWAAの2019年フォトアワード佳作受賞作品。昨年7月12日、エディオンアリーナ大阪で行われた岩田翔吉(帝拳)vsパオロ・シー戦(岩田の5RTKO勝ち)で撮影したもの。

BWAAのアワードを合計11度目の受賞

――現地時間21日、BWAAが2019年度のフォトアワードを発表し、福田さんが日本で撮影された写真がアクション部門の佳作賞を受賞しました。まずは、おめでとうございます。

福田直樹(以下、NF): ありがとうございます。

――BWAAのフォトアワードでは合計11度目の受賞になります。これだけ数を重ねられても、喜びは依然として大きいですか?

NF : 4年前に日本に帰ってきて以降、日本のボクシング、日本の選手の写真を海外メディアに配信する活動を行ってきました。特に日本で撮った日本人選手の写真でこのような賞を受賞できたことには、私にとっても特別な意味があります。BWAAはもちろん、リングマガジンをはじめとする海外メディア、さらには世界タイトル認定団体などから、アメリカで撮影していた時代と同じように評価して頂けていることには感謝しています。

――フォトアウォードは目標の1つであり続けているのですか?

NF : アメリカでやっていた頃はそうでしたね。アメリカでボクシングを撮影しているカメラマンはみんなそうだったと思います。発表の前になるとみんなそわそわし始めて、アワードの話題を振ってきたり、わざと逸らしたりとか(笑)。日本に帰ってきて以降の私はまた新しいことを始めたつもりだったので、それほど意識しなくなりました。昨年に続いて2年連続で日本で撮影した写真で賞を頂いたわけですが、今ではそれほど意識せず、ボクシングや撮影に集中できていると思います。

――日本人カメラマンで受賞されたのは福田さんだけですよね?

NF : 日本で撮影された写真での受賞も去年の私が初めてでしたし、日本に限らず、北米以外では初めてだったと思います。私の帰国以降、幸運なことに、“日本ボクシングの全盛期”と言えるほど日本から強い王者が出てきているので、日本ボクシングも世界的に注目されてきています。そういった点では私も恵まれていると思っています。

――日本に帰国以降に撮影した中で、印象に残っている試合というとどのファイトになりますか?

NF : 帰国してすぐの興行で、長谷川穂積(真正)選手の現役最後の試合と、メインで山中慎介(帝拳)選手がアンセルノ・モレノ(パナマ)と再戦した2試合は素晴らしかったですね。2試合とも滅多にないほどドラマチックで、神がかっていた興行だったと思います。あとは村田諒太(帝拳)選手とロブ・ブラント(アメリカ)の再戦もすごく印象的です。2人の第1戦はラスベガスで撮影していたのですが、第2戦では村田選手から再戦にかける意気込みが伝わってきましたし、練習の際から戦い方の変化が見えていました。開始ゴングが鳴った後も、絶対に手を出し続けるという村田選手の意思がリングサイドにまで伝わってきたんです。レフェリーがストップをかけるまでの間、ずっと力を込めながら撮影していた試合でした。

――その3試合は海外でも話題になったファイトでしたね。

NF : 最近ではやはり井上尚弥(大橋)対ノニト・ドネア(フィリピン)戦も忘れられません。ラスベガス在住時代から交流があったドネアが日本に来て、全盛期の井上選手と戦い、あれほど凄い試合をやってくれた。ドネアも彼らしさを見せて株を上げましたし、最終的には井上選手がタフネスを証明し、良い勝ち方をしてくれました。ボクシングが世間一般であれほど話題になるのも久々のことでしたね。そういった意味で、みんなが評価を上げ、みんなが喜んだという珍しい試合だったと思います。

村田諒太の撮影は難しい

――リングサイドのカメラマンはレフェリーを除けば誰よりも近くで試合を観ることになります。特にアメリカ、日本の両方でトップを目撃してきたという点でやはり福田さんの経験は非常に貴重なものだと思います。そんな福田さんから見て、井上選手の凄さはどういったところでしょうか?

NF : もう45年以上もボクシングを見てきましたが、これほどまでにお手本になるというか、綺麗で、無駄がなくて、完成されている選手は他にちょっと思いつかないです。コンパクトなパンチなのに、圧倒的なパワーも備えています。左ボディブローというパンチは、致命打にならないところではディフェンスが良い選手でもけっこう打たせるもので、フロイド・メイウェザー(アメリカ)でも打たせてましたが、井上選手の場合はそのパンチが致命打になってしまう。あの殺傷力は凄い武器です。井上選手は接していてもストイックで、若いのに浮ついた感じもないですし、まだどんどん強くなる可能性はあるのかなと思います。

――村田選手は井上選手とは少しタイプが違いますが、ミドル級を戦場にしていることまで含め、やはり日本の歴史に残る選手だと思います。福田さんから見た村田選手の印象はいかがでしょう?

NF : ライター時代にはアマチュアも取材していたので、五輪の金メダル獲得や国際大会での優勝がどれだけ凄いことかは自分なりにわかっているつもりです。しかも村田選手の場合、ミドル級という階級を戦場にし、フィジカルを武器にしていることでも特筆されます。考え方もしっかりしていて、話しているとこちらのためになるなと感じることもよくあります。様々な意味で凄いレベルにいる人だなと感じます。

――以前、村田選手の試合は撮影が難しいと話してらっしゃった記事を読みました。どういう理由なのか改めて説明して頂けますか?

NF : 村田選手はジャブも上手く、良いタイミングで決めたりしますし、ボディ打ちも上手ですが、決定打はやはり右です。最終的には右で押していくので、ロープ側の戦いが多くなります。相手選手はロープ際で逃げ回るので、パンチが撮れる角度が限られてしまうんです。あと、村田選手の右はインから入るのと外から出てくるのと2種類あるんですが、打ち出しの位置自体は似ているので、特にミドルレンジの戦いでは相手はもうボディワークではかわせなくなる。おかげでガードを固めてしまい、顔が出てこなくなってしまう。通常のガードでは右パンチが外から来るか中から来るか判り難く、だから亀のようなガードになってしまうんだと思います。

――興味深い話ですね。村田選手の右パンチには複数の種類があるが、どれも打ち出しは同じだから相手も避けにくく、おかげで写真も撮りにくいということですね?

NF : 打ち出しの姿勢、肘の位置とかは似ていて、そこからパンチが外に来るのか、ガードに被せてくるのか、中に来るのか、予想がしづらいということです。相手がガードを固め、顔が出てこないと、パンチを浴びている姿の撮影も難しくなってしまいます。

――村田選手のスタイルは、本人の言葉を借りれば“鈍臭いボクシング”。一見そう見えるかもしれないですが、実践的な強さが確実にありますよね。

NF : 村田選手は強いと思いますよ。アマチュアであれだけ実績がある選手は、リングで起こることをすべて知り尽くしていると思うんですよ。その上で、徐々にシンプルにしていった結果が今の戦い方なんだという気がしています。アマ時代のビデオを見ると、いろいろなことができると示していた時期もありましたからね。

――他に世界王者以外の現役ボクサーで注目している選手はいますか?

NF : 中谷潤人(M.T)選手は良いボクサーだと思います。離れたら綺麗なボクシングができますし、くっついてもかつてのレパード玉熊さんのようにショートパンチが上手です。中谷選手とはデビュー前にお父さんも交えて食事したことがあったんですが、実際にデビューしてからの試合を見て、こんなに良い選手だったんだと感じました。有名なトレーナーのルディ・ヘルナンデスにも高く評価されているようですね。

写真提供・福田直樹
写真提供・福田直樹

ホプキンス、ウォードの技巧とは

――これまで日本の話を中心に伺いましたが、アメリカで撮影していた頃に最も印象に残っている選手というと?

NF : 私はもともとラテン系の選手が好きで、特にファン・マヌエル・マルケス(メキシコ)のスタイルが大好きなんです。動きから何からすべて好きです。しかも打ち合いにも強くて、ダウン取られても打ち返したり、と実践派じゃないですか。パンチのアングルとか、動きの良さとかを見ているだけでもドキドキしますよね。

――過去に撮影した中でのベストファイトというとどの試合になりますか。

NF : ディエゴ・コラレス(アメリカ)対ホセ・ルイス・カスティーヨ(メキシコ)の第1戦は忘れられません。2人もラテンぽいスタイルで、初回からずっと噛み合った試合でした。10回にコラレスがダウンしてマウスピースを吐き出したのも、私の1メートルくらい目の前で起こったことだったんです。ああやって時間稼ぎしたシーンはズルいんですけど、間近で見てコラレスから凄い執念を感じました。それでもあそこから逆転するとは思わなかったというのが正直なところでした。コラレスがバイク事故で亡くなったのも私の自宅からすぐ近くの交差点で、カジノなどでよく会ったりもしていたので、非常に思い出深いです。

――一番強いと思った選手は誰ですか?

NF : ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)です。パワーは破格で、ジャブですらも凄い音をしていましたね。普段は優しい顔をしているのですが、殴りかかるときの目の剥き出し方も凄いものがありました。ミドル級という階級は重量感がありますし、スタイルも綺麗ですし、すべてにおいて迫力がある選手でした。あとはセルゲイ・コバレフ(ロシア)も強かったですね。瞬間的に繰り出すパンチは最強じゃないかと思ったくらいです。速さだけでいったらゲイリー・ラッセル・ジュニア(アメリカ)のハンドスピードも印象的です。そんなラッセルの打ち出しのタイミングを見切り、先読みしてしまったワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)も凄まじかったですが。

――強さと似ているかもしれませんが、撮影していていろいろな意味で凄いなと感じた選手は誰ですか?

NF : 撮影した中でダントツに「凄い」と感じたのはメイウェザーでした。あの骨格でサウル・“カネロ”・アルバレス(メキシコ)を完封したのも見事でしたが、とにかく練習量とその密度が驚異的でした。ラスベガスのチャイナタウンにメイウェザーのジムがあったこともあり、私が練習を最も多く撮影したファイターがメイウェザーでした。本人の1時間半ほどの遅刻を含め、いつも取材に6時間ほど取られていた記憶があります。その長い練習の間、ペースが一切落ちないのも超人的です。また、ときおり混ぜるパワーパンチのトレーニングが迫力満点で、本気で打てばパンチ力もかなりあるということも感じました。もちろんスピードとテクニックの超絶ぶりはいうまでもありません。好き嫌いがあるかと思いますが、超努力家であることは間違いないです。カネロ戦を含め、メイウェザーの数多くのビッグファイトをリングサイドで撮影できて本当に幸せだったと思っています。

――先ほど話して頂いた村田選手のような感じで、撮影が難しかった選手はアメリカにもいましたか?

NF : バーナード・ホプキンス(アメリカ)は凄く撮りづらかったですね。相手の裏の裏をかいてきて、無駄打ちしない選手。こっちも彼のフェイントに引っかかってしまうような感じで、ホプキンスの試合はなかなか良い写真が撮れなかったんです。そのうちに良い写真も撮れるようになって、「ホプキンスを攻略したな」と思いかけたんですが、単に彼が老いて衰えてきただけでした(笑)

――被写体の動きを読んでインパクトの瞬間を捉えることから、福田さんは“パンチを予見する男”と言われてきました。その福田さんにしても、ホプキンスの戦術を読むのは難しかったと!

NF : 難しかったですね。一見そんなに綺麗な打ち方はしないんですけど、コンパクトなパンチを打つ選手でした。あとはアンドレ・ウォード(アメリカ)ですね。いざ打つというタイミングで打ってくれないボクサーです。このアングルでこの角度に入ったらパンチを打つだろう、と予想しながら見ていたんですけど、そこでスッと引いてしまうんですよ。打つと思ったら打たないし、打たないと思ったら打つ。はぐらかすような巧さが物凄かったんだと思います。

――ホプキンス、ウォードに関しては、そんなお話を聞くと「なるほど!」と思いますね。逆に撮り易かった選手は誰ですか?

NF : ドネアは私のリズムと合っているので撮り易かったですね。あとはエイドリアン・ブローナー(アメリカ)も同じです。ブローナーはパンチを打つ時に声まで出してくれますから(笑)

後編に続く

●福田直樹の主な受賞歴

『BWAA(全米ボクシング記者協会)』2010年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2011年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2011年度・フィーチャー部門・第2位

『WBC』2012年度「フォトグラファー・オブ・ザ・イヤー」受賞

『BWAA』2012年度・アクション部門・佳作賞

『BWAA』2013年度・フィーチャー部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2013年度・アクション部門・佳作賞

『BWAA』2014年度・アクション部門・最優秀写真賞受賞

『BWAA』2014年度・フィーチャー部門・佳作賞

『BWAA』2015年度・アクション部門・第3位

『英国ボクシングニュース』2016年度「ショット・オブ・ザ・イヤー」受賞

『BWAA』2018年度・フィーチャー部門・佳作賞

『BWAA』2019年度・アクション部門・佳作賞

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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