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バルガス対ベルチェルト、三浦対ローマンは好評も・・・・・・予算削減のHBOボクシングはどこに向かう?

杉浦大介スポーツライター
Tom Hogan Photos/Golden Boy Promotions

今年最初の興行は盛り上がったが、視聴率不振

1月28日に行われたHBOの今年度初のボクシング興行は、メインイベント、セミファイナルともにファンを喜ばせる内容になった。

メインではミゲル・ベルチェルトがフランシスコ・バルガス(ともにメキシコ)を印象的な形で下し、群雄割拠のスーパーフェザー級に新たなタレント誕生を印象づけた。セミでは三浦隆司(帝拳)がまたも激闘の主役になり、ミゲール・ローマン(メキシコ)に痛烈なストップ勝ち。このイベントを見たボクシングファンは誰もが満足したはずである。

「良い興行が打てたことを嬉しく思う。三浦は今回も良いファイトをしてくれたね。まずはWBCの判断次第(指名戦の時期?)だが、ベルチェルト対三浦戦も楽しみにしている」

1月31日、アンソニー・ジョシュア(イギリス)対ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)のニューヨーク会見にて、HBOの重役は満足気にそう述べていた。

同局にとって残念だったのは、この日のエキサイティングな内容は視聴率には反映されなかったことだ。報道されている通り、1月28日にはShowtimeがカール・フランプトン(イギリス)対レオ・サンタクルス(アメリカ)という魅力的なリマッチを放映し、こちらの視聴者数は平均58万7000件、ピーク64万3000件。HBOは平均49万7000件、ピーク56万1000件に終わり、珍しくShowtimeの後塵を排する結果となった。HBOは約3200万、SHOは2500万というもともとの加入者の差を考えれば、完敗と言って良かっただろう。

もっとも、フランプトン対サンタクルスは昨年7月に年間最高試合級の激闘を演じた両雄の再戦であり、事前から期待度は高かった。しかもMGMの大アリーナを使用するビッグイベント。プロモーションも積極的に行われていたことを考えれば、この1日の結果を大げさに騒ぐべきではないかもしれない。

それよりも筆者が気になったのは、事前に発表されたHBO興行のファイトマネーである。バルガス25万ドル、三浦15万ドル、ベルチェルト5万ドル、ローマン2万5000ドル。トータルで47万5000ドルに過ぎない。

これはHBOの興行としてはかなりの低額であり、イベント全体に費やされた資金は100万ドルを大きく下回るはずだ。

資金不要のPPV放送ばかり

HBO の経費削減政策はもはや見過ごせないレベルに達している。現状、正式発表されたレギュラー放送でのボクシング番組は、3月11日、ニューヨーク州郊外ヴェローナで開催される1つだけ。メインのデビッド・レミュー(カナダ)対カーティス・スティーブンス(アメリカ)戦は激闘必至のマッチアップではあるが、スケール的に本来はHBO 興行のセミに据えられるべきカードである。この日のセミはユーリ・ガンボア(キューバ)の無名相手の復帰戦で、やや地味なダブルヘッダーに費やされる金額は1月28日と同じ程度だろう。

その他、2月25日のミゲール・コット(プエルトリコ)対ジェームス・カークランド(アメリカ)、3月18日のゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対ダニエル・ジェイコブス(アメリカ)、5月6日のサウル・“カネロ”・アルバレス対フリオ・セサール・チャベス(ともにメキシコ)と、HBOのプラットフォームで中継されるのはすべてPPV興行。このうち、コット対カークランド戦はカークランドの負傷でキャンセルになったが、今後、さらにマニー・パッキャオ(フィリピン)の復帰戦、アンドレ・ウォード(アメリカ)対セルゲイ・コバレフ(ロシア)のリマッチもPPV放映が確実視されている。

PPVは視聴者が払う別料金で番組作りをするため、局側の懐は痛まない(その代償として加入者の増加も望めない)。そして、今年上半期のHBOは、通常放送よりもPPV中継の方が多いという前代未聞の異常事態になっている。結果として、少なくとも現時点で、2017年のHBOはボクシングのための予算を100〜150万ドル程度しか費やしていないということになる。

もはやボクシングはプライオリティではない?

隔世の感がある。全盛期には約1億ドルの資金をボクシングにつぎ込み、HBOは業界内で特別なブランドを確立するに至った。

しかし、2015年は3000万ドル、2016年は2500万ドルにまで予算削減。おかげで一部の好カードを開催する資金が捻出できなくなり、昨年7月にはテレンス・クロフォード(アメリカ)対ビクトル・ポストル(ウクライナ)という実力者対決もPPVにせざるを得なくなった。輪をかけてPPVばかりの今年ここまでを見る限り、HBOのボクシング予算はさらに縮小されたと見るべきなのだろう。

「トップランクは3月開催でオスカー・バルデス(メキシコ)の次戦(ノニト・ドネア(フィリピン)が相手候補)、ヒルベルト・ラミレス(メキシコ)対ジェシー・ハート(アメリカ)のダブルヘッダーを提案したが、予算100万ドル以下で済むにも関わらず、HBOはこの興行への資金提供を拒否した」

1月には米メディア上でそんな記事も見受けられた。こんな話が真実であれば、今のHBOのボクシングにかける熱意に疑問を呈したくもなる。そして、今後にさらなる不安を感じずにはいられない。

急激に思える予算削減に関してはHBOも当然のように口を閉ざしており、理由ははっきりとはわからない。ルパート・マードック氏の買収工作によるタイムワーナー(HBOの親会社)の株価の下落、局の方向性の変化、エグゼクティブがボクシングに熱心ではなくなった・・・・・・etc。それぞれの説の真偽は不明だが、はっきりしているのはHBOスポーツ部の一存ではないということだ。

ライバルのShowtimeは今年に入ってジェームズ・デゲール(イギリス)対バドゥ・ジャック(スウェーデン)、フランプトン対サンタクルスを放映したのに続き、2月18日にエイドリアン・ブローナー(アメリカ)対エイドリアン・グラナドス(アメリカ)、3月4日にキース・サーマン(アメリカ)対ダニー・ガルシア(アメリカ)注/と好カードを連発。一部ではボクシングへの予算はすでにHBOを抜いたとも言われる。

こんな状況下で、ネガティブなコメントはもちろん徹底的に避けてはいるものの、2015年12月よりHBOのスポーツ部トップを務めるピーター・ネルソンも実際には腸が煮え繰り返る思いなのではないか。

注/サーマン対ガルシアは地上波CBSで放送だが、番組作りはShowtime

HBOのピーター・ネルソン Tom Hogan Photos/GBP
HBOのピーター・ネルソン Tom Hogan Photos/GBP

今後にHBOの巻き返しはあるのか

もっとも、“HBOの凋落”を結論として語るのはまだ早すぎるのかもしれない。

HBOのブランドネームは業界内では依然として大きく、今でもゴロフキン、ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)、ウォード、コバレフ、カネロ、クロフォード、ローマン・ゴンサレス(ニカラグア)といったPFPトップ10に入る実力派ボクサーは軒並み同局と強い結びつきを保っている。

4月8日にはロマチェンコの次戦(ジェイソン・ソーサ(アメリカ)との対戦が決定間近)、5月20日にはクロフォードの防衛戦をレギュラー放送で中継するとの報道も出ている。

また、4月29日にロンドンで開催されるジョシュア対クリチコ戦の放映権もShowtimeと争奪戦の真っ最中。スーパーボウル、NBAオールスター、NCAAトーナメントのような大イベントが開催される2〜3月を避け、HBOは4月以降に徐々にペースを上げていくのかもしれない。

9月に企画されるゴロフキン対カネロのPPV 戦を盛り上げるべく、2017年は中盤以降を重視という方向性だとすれば、それは理に叶う。

近年稀に見る低調なスタートを切ったHBOは、今後に“ボクシング・ステーション”らしさを徐々にでも取り戻していくのか。そうであって欲しいと願っているボクシングファンはアメリカ国内に多いはずだ。

ただ、ここまでの流れを見る限り、やはり楽観はできない。ジョシュア対クリチコ戦までShowtimeに奪われた場合、力関係逆転の傾向は進む可能性もある。そうなれば、HBOと結びつきの強い選手たちのスケジュールにも影響しかねない。そういった意味で、今後しばらく、ファイトの内容以前に、アメリカ国内のテレビ興行の行方からも目が離せない日々が続きそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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