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惨敗続きの76ers “タンキング”を改めて考える

杉浦大介スポーツライター

2月は全敗に終わった76ers

「“タンキング”とは意図的に試合に負けることだと理解している。そして私が知る限り、NBAのチームが例え1試合でもそれを行なったという証拠はどこにもない。選手、コーチが最善を尽くしていないことを指し示すものがあれば、調査に動くが、それが起こっているとは信じられない」

オールスター中の記者会見で新コミッショナーのアダム・シルバーはそう語っていた。そんな言葉が間違いだとは思わないが、一方で今季の場合、複数のチームが目先の勝利のために最善を尽くしていないことは明白に思える。

中でも76ersの現状とは散々で、2月26日までの25戦中22敗。1月の最後のゲームから12連敗を続けており、2月は勝ち星なしの11連敗で終了した。この月の11敗の平均点差は−18.5点で、歴史上でこれ以上酷い1ヶ月を過ごしたのは1989年1月のクリッパーズ(0勝14敗、平均点差−19.5点)のみという見事な負けっぷりである。

トレード期限間際の2月21日にはエバン・ターナー、スペンサー・ホーズといったベテランを放出し、もともと低迷していたチームはさらに弱体化した。マイケル・カーター・ウィリアムス、サディアス・ヤング、依然としてコートに立てないナーレンズ・ノエルを除き、残りのメンバーは相当なマニアでなければ名前も聞いたことがないような選手たち。この陣容では、今後の全試合を敗れて今季を終えても特に驚きではないだろう。

ただ・・・・・・こうして負け続けていることで、現在のNBAのシステムでは、実は76ersは明るい未来により近づいている。少なくともその可能性は膨らんでいる。そんな一見矛盾した現実ゆえに、“タンキング”に関する議論が再び展開されることになってしまっているのである。

タンキングとは

馴染みのない人のために簡単に説明しておくと、“タンキング”とは特定チームがドラフト上位指名権などを狙って勝負を捨ててかかる行為のことを指す。

シルバーが指摘している通り、コートに立つ選手があからさまに八百長を行なうわけでない。それよりもオフの段階から最善のロースターを準備しなかったり、今回の76ersのようにシーズン中に主力を放出したり、 シーズン後半にスター選手を休ませたり、フロント主導で行なわれるのが通常だ。

「中途半端な順位に止まるほど最悪なことはない。プレーオフに進出して第1ラウンドで負けるか、ギリギリでプレーオフを逃してドラフト11〜14位で指名するか。いずれにしても、そのやり方では中堅チームのまま。優勝争いするにはスーパースターが必要だが、彼らは複数のビッグマーケット・チームに引き寄せられる。トレードを要求し、FAになっても他のスター選手たちと話し合って行き先を決めてしまう。(そんな状況に)私たちが食い込むのは難しい。ドラフト上位指名権が唯一の手段なんだ」

昨年11月11日に発売されたESPNマガジン内に、ある低予算チームのGMの赤裸々な告白が匿名で掲載されて米国内では話題になった。

こんな主張も納得できなくはない。特に近年のNBAは大都市チームのパワーハウス作りが流行となり、ニューヨーク、ボストン、ロスアンジェルスなどにタレントが集中。田舎町のチームがスター選手を保持、獲得するのは難しくなる一方だ。

低予算フランチャイズがスター候補をゲットする手段として、ドラフトが有効なのは明白な事実。NBAドラフトはロッタリー制度を採用してはいるが、前年度の成績が悪いほど上位指名権ゲットの可能性は高くなる。

特に来年のドラフトにはアンドリュー・ウィギンス(カンザス大)、ジャバリ・パーカー(デューク大)、マーカス・スマート(オクラホマ州立大)、ジュリアス・ランドル(ケンタッキー大)といったスーパースター候補が揃っているだけに、そこに照準を合わせるチームが現れるのも当然だろう。

来季の76ersは大転換のチャンス?

今季の76ersの場合も、負け続けることで、フランチャイズを変える可能性のある大物の獲得が見えて来ている。

シーズン中にベテラン2人をトレードした努力(?)の甲斐あって、現時点でリーグワースト2位のレコードであり、このままいけば来年度のドラフト5位以内の指名は確定。ペリカンズが現在の順位に止まれば、ロッタリー圏内の指名権をもう1つ抱えることにもなる。5つも保持する2巡目指名権を利用すれば、ドラフト直前に指名権の順位を上昇させるのも不可能ではないだろう。

来季に保証されている契約は総額2700万ドル(ジェイソン・リチャードソンらの3選手がプレイヤーズオプションを行使したと仮定して)のみだけに、このままいけばオフには約3000万ドルのキャップスペースができる。それを使って大がかかりなFA補強も可能で、上手くやれば76ersは来季に上位進出が狙えるチームに変貌するかもしれない。

ターナー、ホーズはいずれにしても長期視野でチームを助けてくれる存在ではなかった。他ならぬ76ersがそう判断したのであれば、例え2巡目でもドラフト指名権と交換し、目先の数勝よりも明るい未来を目指すのは理に叶った動きとも捉えられる。

1997年にティム・ダンカンをドラフト指名する前年のスパーズは20勝62敗と大敗し、2003年にレブロン・ジェームスが降り立つ前のシーズンのキャブズも17勝65敗という弱小球団だった。これらのチームの低迷がタンキングの結果だったかは別の話として、惨敗→ドラフトで大物獲得というシナリオが有効であることを指し示す例は確かに存在する。

大方のファンもその方向性を理解しており、今回の76ersに限らず、翌年以降を睨んだ上で負け続けてもそれほどブーイングは浴びないのが通例になっている。

負け続ける弊害

ただ・・・・・・例え少なからずのファンにほぼ受け入れられているとは言え、タンキングはスポーツの本質を無視したやり方であることも忘れるべきではない。そして今季中盤以降の余りにも酷い負け方を見て、「サム・ヒンキーGMは幾らなんでもやり過ぎた(チームを弱体化させ過ぎた)のではないか」という声も挙がり始めている。

2月24日にはリーグ最低勝率を争う“最大のライバル”であるバックスにまで地元で20点差の大敗。試合中にはコートサイドで居眠りするファンがテレビカメラに映し出され、嘲笑を買った。

「シュート力を発揮するか、ディフェンス面で意欲を示してくれるか、スキルはどの程度か・・・・・・終盤戦では個々の選手たちの能力をコート上で見定め、彼らのうちのだれをキープするべきかを見極めたい」

今季が就任1年目のブレット・ブラウンHCはそう語っていたが、実際には現在の76ersには来季以降もNBAに残れそうな選手はほとんどいない。

新人王の最有力候補であるウィリアムスを除き、ファンの興味を惹く選手もゼロ。詳しい事情も知らず、初めてアリーナを訪れる少年ファンは落胆するだろうし、もう2度とお金を払ってゲームを観たいと思わないかもしれない。

前記した成功例がある一方で、タンキングの結果、確実にパワーハウスが作れる保証はもちろんどこにもない。2,011〜13年まで負け続け、その間にドラフトでカイリー・アービング、アンソニー・ベネット、ディオン・ウェイタースを獲得しながら、依然として低迷中のキャブズのような例もある。

そして何より、フィラデルフィアのようにスポーツに熱狂的な街で、今季の76ersのように無様に負け続けることのデメリットも少なくないだろう。

再建に時間がかかり、来季にもう1年低迷が続くようなことがあれば、チーム内の雰囲気は殺伐とし、アリーナはさらに閑古鳥が鳴くかもしれない。そのときには向こう数年、FAのスター選手はフィラデルフィアを現実的な行き先として考えなくなったとしても不思議はないだろう。

このまま惨敗を続ければ

“タンキング”とは“敗退行為”ではなく、目先の勝利を捨ててでも数年後の栄光を目指す理に叶ったチーム作りなのか。あるいは戦力均衡下を目指す過程で、NBAが抱えてしまったスポーツの本質に反したゆがみなのか。

答えは簡単には出せないし、現行ルール上で問題ない以上、76ersがそれを目指したところで真っ向から批判はできない。ただ、毎年この時期にドラフト・ロッタリー改革論に関する議論が出て来ることなどを見れば、問題視している人が多いのは明白だ。

例えば76ersが2月に続いて3月も全敗といった常識はずれの大敗を喫し続けるようなことがあれば、NBAも何らかの対処を余儀なくされるかもしれない。2014年ドラフトまでの制度変更はまず考え難いが、将来的に絶対あり得ない話ではない。

日本には「負けるが勝ち」という言葉があるが、故意に近い形での敗北が「勝ち」に繋がることにはやはり少なからず抵抗を禁じ得ない。そういった意味で、76ersの今季残り試合には少々風変わりな注目が集まることになりそうである。

スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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