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音楽との出会いが子供たちを輝かせる。実在の情操教育プログラムに想を得た感動作『オーケストラ・クラス』

杉谷伸子映画ライター

音楽の素晴らしさを描きつつ、人生の素晴らしさにも気づかせてくれる作品の系譜に、またひとつ珠玉の一編が加わりました。ラシド・ハミ監督の『オーケストラ・クラス』(原題:La Melodie)が描くのは、音楽との出会いで成長する子供たちと、子供たちとの出会いで人生の喜びを知るバイオリニスト。

クラシック音楽に触れる機会の少ない子供たちに無料で楽器を提供し、プロの演奏家たちが指導するという、既にフランスで2000人以上が体験した音楽教育プロジェクト「Demos(デモス)」にインスピレーションを得た物語です。

主人公は、移民の子供たちが多く通うパリ19区の小学校で6年生のオーケストラ・クラスを指導することになったバイオリニストのダウド(カド・メラッド)。年度末にはフィルハーモニー・ド・パリのメインホールで課題曲『シェエラザード』を演奏することになっています。しかし、相手はバイオリンに触れたこともない子供たち。音楽かスポーツかの選択で自らオーケストラ・クラスを選んだ生徒たちとはいえ、静かにダウドの話を聞くどころか騒ぐばかりの子もいる。担任教師のブラヒミ(サミール・ゲサミ)の熱心さは救いですが、そもそも子供が苦手でこの仕事に乗り気ではないダウドは初日から暗澹たる気分になるばかり。

ダウドが指導するのは6年生のオーケストラ・クラス。
ダウドが指導するのは6年生のオーケストラ・クラス。

とはいえ、そんなやんちゃ盛りの子供たちの心もとらえるのが、音楽の力。ダウドが教室でバイオリンを弾いてみせた途端に子供たちの表情が変わる序盤のシーンからして、もう既に音楽の素晴らしさが溢れています。その様子を窓の外から覗き込んでいた内気な少年アーノルド(アルフレッド・ルネリー)もクラスに加わるのですが、バイオリンにひたむきに向き合うアーノルドにダウドは素質を感じ、父と子のような師弟愛で結ばれていきます。その一方、今はコンサートから遠ざかっているとはいえ、ダウドには演奏家としての活動も大切なわけで…。

ダウドはアーノルドの才能を伸ばすことにも喜びを見いだしていく。
ダウドはアーノルドの才能を伸ばすことにも喜びを見いだしていく。

問題児をめぐるトラブルや、クラス存続の危機など、さまざまな問題が発生するなか、子供たちはコンサートに向けて一致団結することで成長し、ダウドもまたオーケストラ・クラスのために努力を厭わなくなっていく。王道の展開とはいえ、ダウド自身もアーノルドも物静かなキャラクターなので、ストーリー自体に派手さはありません。けれども、それがまたリアル。一度も父親に会ったことのないアーノルドの切ない願いや、思春期の娘とのコミュニケーションに悩むダウドの姿など、バイオリンのレッスンを離れたそれぞれの人生の痛みが等身大に描かれているからこそ、喜びもまた鮮やかに立ちあがります。

アーノルドはソリストという大役を任される。
アーノルドはソリストという大役を任される。

本作の誕生のきっかけは、フィルハーモニー・ド・パリが運営するDemosプロジェクトで貧困地区の少年たちがクラシック音楽を演奏する様子を追ったドキュメンタリーを、共同脚本のギィ・ローランが見たこと。オーディションで選ばれた生徒役の子供たちも、Demosに参加する子供たちと同様に、ほとんど楽器を演奏した経験のない素人の少年少女。レッスン中の騒々しさも含め、彼らの醸し出す空気のリアルさはそうした背景からも生まれているのは間違いないでしょう。

ブラヒミは生徒たちと同じように学ぶ感覚を味わいたいと一緒にバイオリンの指導を受けるのですが、ダウドが子供たちにバイオリンについて一から教える過程は、観ているこちらもわくわくするもの。思うように進まない苛立ちや失望もあれば、好きなことがちゃんとできるようになる子供たちの楽しさにも溢れていますし、ダウドが教える喜びに目覚めていくのもしっかりと伝わってきます。

近所迷惑にならないようにアパートの屋上で自主練。屋上からの眺めもこの作品の魅力。
近所迷惑にならないようにアパートの屋上で自主練。屋上からの眺めもこの作品の魅力。

けれども、この作品に溢れる喜びは、なにも音楽に限ったものではありません。好きだと思えるものに出会えること。好きなことが上手になること。その喜びはジャンルを問いません。バイオリンの才能を大きく花開かせそうなアーノルドの未来を想像するのも楽しみですが、なによりも何かをやり遂げることの喜びがあるのがこの作品の大きな魅力。たとえ音楽家にならなくても音楽との出会いはもちろん彼らの人生を豊かにしてくれますが、目標に向かって努力した経験もまた、その後の人生を輝かせ、切り拓く力になるのですから。

そんな子供たちを支える大人たちの物語としても味わい深い作品。きっと大切な1本になるでしょう。

『オーケストラ・クラス』

ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほかにて公開中。全国順次公開

(c) 2017 / MIZAR FILMS / UGC IMAGES / FRANCE 2 CINEMA / LA CITE DE LA MUSIQUE- PHILHARMONIE DE PARIS

映画ライター

映画レビューやコラム、インタビューを中心に、『anan』『25ans』はじめ、女性誌・情報誌に執筆。インタビュー対象は、ふなっしーからマーティン・スコセッシまで多岐にわたる。日本映画ペンクラブ会員。

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