Yahoo!ニュース

【解説】緊急経済対策は産前出産産後の無償化&伴走型支援へのスタートライン #出産一時金 #クーポン

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
安心して赤ちゃんを産み育てられる日本になるか?(写真:アフロ)

1.出産一時金・10万円クーポン炎上報道では見えない緊急経済対策の意義

政府の緊急経済対策のうち、出産一時金・10万円クーポンが不評です。

※日刊ゲンダイ,出産費用は保険適用すべき? 一時金の「47万円へ増額」では根本解決にならない理由,2022年10月30日

たとえばこども家庭庁設立準備室が主催した、20代までの子どもや若者の声を聞く「第2回こどもまんなかフォーラム」でも、以下のような意見があげられていました。

「10万円クーポンくらいでは第2子を持とうという気にはなれない」

「奨学金を借りなければ大学に行けないような高額の教育費の支援をしてほしい」

一時しのぎの政策より、子どもや若者の成長を支える出産や教育の無償化などを、根本的に、そして体系的に拡充していくべきだという意見が多かったのです。

当事者の率直な意見は「こどもまんなかフォーラム」に参加されていた、小倉將信少子化担当大臣、自見はな子内閣府政務官、伊藤たかえ文部科学政務官に確かに届いたと思います。

来年4月発足のこども家庭庁が担当するこども政策(赤ちゃんや若者のための政策も含みます)では、当事者の意見や参画を得て、国のこども大綱や地方のこども政策を作ることが重視されており、これらの意見が反映されることに期待したいと思います。

いっぽうで、今回の出産一時金値上げへの炎上報道では見えない緊急経済対策の意義に触れておく必要があります。

2.緊急経済対策は重要なスタートラインだ

―産前・出産・産後の無償化&伴走型支援の実現へ

―高齢者の介護サービスと同じく、赤ちゃんとママパパに産前産後ケア・サービスを

(1)産前・出産・産後の無償化&伴走型支援へのスタートライン

まず炎上報道では目につきにくいのですが、そもそも緊急経済対策では以下のように出産に関する支援が書かれています。

支援が手薄な0歳から2歳の低年齢期に焦点を当てて、妊娠時から出産・子育てまで一貫した伴走型相談支援の充実を図るとともに、地方自治体の創意工夫により、妊娠・出産時の関連用品の購入費助成や産前・産後ケア・一時預かり・家事支援サービス等の利用負担軽減を図る経済的支援を一体として実施する事業を創設し、継続的に実施する 。また、令和5年度当初予算において出産育児一時金の大幅な増額を図る。

※内閣府,物価高克服・経済再生実現のための総合経済対策(令和4年10月28日

ポイントはお金の支援(経済的支援)だけでなく、産前・出産・産後の伴走型支援とセットになっていることです。

実は出産の無償化だけでなく、産前産後の手厚いケアの仕組みは、子育て支援団体からも、政府に強く要望がされていました。

単にお金の保障だけでなく、「全ての妊婦さんの不安に寄り添う、孤立した子育てを防ぐ伴走型支援(産前・産後ケア)を制度化し、経済的支援で伴走型支援に確かにつなぎたい」、官邸に強くはたらきかけた公明党の議員も、今回の緊急経済対策の意義を強調しています。

「出産費用等の負担軽減を進める議員連盟」の会長・小渕優子議員、国光あやの議員、加藤鮎子議員とも、#出産を無償に を求める「子どもと家族のための緊急提言プロジェクト」のサポーターとして10月に意見交換をさせていただきました。

産前・出産・産後を支える切れ目のない支援と無償化への方策は、自民党でも、きわめて重要な課題だと受け止められているのです。

※子どもと家族のための緊急提言プロジェクト,「出産費用の負担軽減を進める議員連盟」小渕優子議員に面会しました,2022年10月28日

自民党・茂木幹事長の「日本がコロナの次に乗り越えなければならない大きな壁は、少子化であることは間違いなく、少子化を止めないと、日本は極めて深刻な状況になる」という発言はじめ、自民党幹部の積極的な姿勢を引き出してきたのは、こうした国会議員の力があってこそです。

※NHK,自民 茂木幹事長「少子化止めないと極めて深刻な状況に」,2022年10月28日

財務省に押されがちな岸田官邸も、緊急経済対策で、出産に対する経済的支援や産前産後の伴走型支援を盛り込んだのは、このような事情があるからです。

(2)高齢者の介護サービスと同じく、赤ちゃんとママパパに産前産後ケア・サービスを

なぜ0-2歳だけなのか?

そんな声もよく聞きます。

きっと出産のつらさや、小さい子のかわいいけれど大変な子育てや孤立した出産育児経験のない方や、育児をしたけどそんなことを忘れてしまった方の声なのだと思います。

私自身は、自分のつらい孤立した育児経験を、若い世代に絶対にしてほしくないのです。

両親が早くに他界したせいもあり、私は子どもの乳幼児期~育児期にかけて、子育てと祖母のダブルケアを経験しました。

育児と介護、仕事もしながら、です。

思いだすと本当につらい時期がありました。

夫の両親も離れた場所で暮らしており、必要な時に駆けつけて助けてくれるものの、近くに頼れる実家や親戚はありません。

正規雇用で生活が安定しているはずの私ですら、育児・介護に仕事のストレスで自分自身の心の安定が保てず、子どもや夫にストレスをぶつけてしまうときもありました。

その時に、つくづく思ったのです。

高齢者には、介護保険があり、医療負担の軽減があって、家族の所得に関わらず本人の状況に応じて支援が受けられる。

ベビーカーは自己負担なのに、車いすや介護用品は安くレンタルもできる。

しかしなぜ赤ちゃんを産んで、働いている私や子どものことは誰も助けてくれないのだろう。

働いていないママたちだって、誰の助けもない、赤ちゃんと孤立した育児はとてもつらいものです。

コロナ禍の中で、赤ちゃんを連れてでかけることもためらわれてしまう、そして「子育て罰」の日本では、誰も自分たち家族のことを応援してくれないように感じて、ママやパパが鬱になったり、赤ちゃんにストレスをぶつけてしまう。

産後につらくて起き上がることもできない状態は、高齢者で言えば要介護2~4に相当するはずです。

しかし家事支援やベビーシッターさんは、今は高額で全額自己負担です。

また介護におけるケアマネージャーさんのような、困ったときに相談でき、必要なサービスにつないでくれる存在は、育児ではいません。

高齢者世代の年金や医療費を負担したうえに、日本の未来を担う子どもまで生んで育てている子育て世帯に、本当に必要な支援がない国なのです。

そんな「子育て罰」の国で、赤ちゃんを産みたいと思う若い世代が増えるわけはないのです。

しかし、ようやく自民党は本気でこの国の、若い世代や赤ちゃんに向き合いはじめたように見えます。

自民党内の動き、公明党の提言もあって所得制限のない10万円クーポン(現金給付も可能だと岸田総理は答弁しています)が赤ちゃんのもとに届きます。

ママやパパに、円安の中で値上がりしているけれど、育児用品は買える心のゆとりや、必要なケア、お出かけの機会が届くことはとても良いことだと思います。

それがきっかけになって、自治体の相談支援を知ることができたり、サービス利用を通じて、安心して相談や助けを求められる地域の関係者(小児科、子育て支援団体・事業者等)につながり、最終的には孤立した育児にならず、必要な場合に伴走型支援をどのママやパパ、赤ちゃんにも届けられるようにするのがゴールだ。

今回の緊急経済対策には関係者が共有するそのような願いがあるのです。

もちろんこれはスタートラインにすぎません。

育児も介護も経験した私は、出産の無償化はもちろんのこと、高齢者の介護サービスと同じく、赤ちゃんとママパパが産前産後ケア・サービスが安心して受けられ、相談につながる伴走型支援もセットにして、この国のこども政策が推進されることを大いに応援したいと思います。

高齢者への介護支援制度も100点満点ではありませんが、手薄すぎる赤ちゃんや若いママ・パパへの支援も、高齢者と同じように、国と社会で支えあう仕組みがあれば、世代を超えて笑顔で幸せな国になっていくはずです。

3.ゴールは、全てのこどもの成長を支える切れ目のない支援

―財務省主導の岸田官邸を自公が押し切れるか?

―国をあげてこども財源の確立を!

0-2歳だけでどうするの?本当に大変なのは、子どもが成長してからなのに。

岸田政権は児童手当を削減した菅政権以上に、子ども支援への所得制限を強化しようとしており信用できない。

緊急経済対策では、子ども食堂の支援だけ、こんな「施し政策」では子どもの貧困は何も解消しない

こども政策・教育政策の専門家でもある私のもとには岸田政権の緊急経済対策に対し、そんな厳しい意見も多く寄せられています。

すでに緊急経済対策であきらかになったように、この国の未来を支える子どもたちへの支援を不安なものにしているのは、財務省と財務省に何かと押し切られてきた岸田官邸です。

そんな財務省主導の岸田官邸に対し、自民党も公明党も、超少子化のいま、若い世代や子どもに緊縮財政を強いている場合ではないと、強い姿勢で臨んでいます。

旧統一教会問題で批判報道が目立つ萩生田光一政調会長ですが、私が知る国会議員の中では、子どもたちへの積極的財政出動を進める強いリーダーシップを持った政治家のひとりです。

40年間停滞していた40人学級の壁を破り、子どもたちのための財政出動も官邸に認めさせた手腕は、今後、自民党のこども政策において発揮されるかも注目していかなければなりません。

※末冨芳,40年の停滞は破られた!35人学級から「新たな学び」へブレイクスルーを起こせるか?問われる自治体の力,2020年12月25日

※TBS,経済対策を懸けた仁義なき戦い 萩生田政調会長を激怒させた財務省の“禁じ手” 「責任を取るのはあなたたちじゃない」,2022年10月30日

また、子どもや若い世代への所得制限のない子育て・医療・教育の無償化を打ち出してきた公明党は、来月に「子育て応援プラン」を公表する予定です。

これまでも日本のこども・教育政策の進化を主導してきた公明党の子育て応援プランに何が書かれるのか、超少子化を心配したり、子どもを大切にしたい大人たちは公明党の政策にこそ注目すべきでしょう。

※公明党,子育て応援プラン来月発表,2022年10月26日

野党の動きも注視しなくてはなりません。

立憲民主党は「子ども・若者応援本部」を立ち上げ、所得制限がなく、貧困層に特に手厚いこども政策にまだまだ弱含みの自民党に対し、こども政策を基軸に地方統一選挙での票の獲得を狙っています。

※日本経済新聞,統一地方選へ子育て政策 立憲民主党「GDP比3%目標」,2022年10月26日

私自身は、与野党が、こども政策を競い合いながら、切磋琢磨することが、国をあげてこども財源の確立をするためのアプローチとして重要だと考えています。

支持率低下に悩む岸田官邸ですが、財務省の言うなりにならず、子どもや若い世代にこそ必要な政府投資を行う「切れ目のない」「伴走型」トータルパッケージを、打ち出すことこそが、国民の信頼回復にとっては不可欠であると考えます。

日本から「子育て罰」をなくし、全ての親子にやさしくあたたかい国になれるのか。

批判も多い緊急経済対策ですが、私自身は、「子育て罰」が日本からなくなるためのスタートラインだととらえ、これからのこども政策や与野党の動きを観察し分析しつづけていきます。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

末冨芳の最近の記事