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#子どもの権利 で子どもがワガママになる?答えは「いいえ、それどころか」―大阪発「生きる教育」の実践

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
子どもが子どもの権利を学ぶと、どうなるのか?(筆者撮影・イメージ画像)

1.子どもの権利で子どもがワガママになる?

子どもの権利の国内法である、こども基本法が成立し、教育関係者からも高い関心を集めています。

文部科学省がつくる、生徒指導のガイドラインである生徒指導提要にも、こども基本法、子どもの権利条約(児童の権利条約)への理解を基盤に、生徒指導を行う方針が示されました。

ところで、学校で、こども基本法や子どもの権利を教えようとすると、必ず「子どもがワガママになる」といって、ブロックしてくる大人がいます。

(東京新聞2022年2月2日記事)。

実は学校現場にも「権利=わがまま」というイメージを持つ教員がいることも、教員自身によって指摘されています。

(「座談会・『こどものため』の学校をつくるために―『こども基本法』成立をきっかけにして」教育開発研究所『教職研修』2022年10月号)

子どもが権利を知ると、子どもがワガママになるのでしょうか?

実は、子どもの権利を、大阪市で子どもたちが学ぶ学校があります。

「生きる」教育、という取り組みをしている、田島南小中一貫校です。

その学校の取り組みでの答えは以下の通りです。

「子どもの権利を学んで子どもはわがままになりません」

「それどころか、子どもは自分自身も友達や先生も大切にできる人に成長しています」

この「生きる」教育、山梨県立大学人間福祉学部の西澤哲教授・京都大学教育学研究科の西岡加名恵教授らによって、本になっています。

田島南小中一貫校に統合された生野南小学校での、「生きる教育」の、開発・実践がまとめられています。生野南小での実践が田島南小中一貫校に引き継がれ、さらに発展しているのです。

詳しく知りたい方は、こちらの本から直接学ばれることをおすすめします。

西澤哲・西岡加名恵監修/小野太恵子・木村幹彦・塩見貴志編著「『生きる』教育」: 自己肯定感を育み,自分と相手を大切にする方法を学ぶ (第1巻)」,日本標準,2022年.

2.子どもの権利、なぜ学ぶ?「生きる」教育って何?

―子どもたちの幸せを願って

―子どもたちが将来、困難な時にも、子どもを助ける「生きる」教育

田島南小中一貫校の子どもたちは、ただ「子どもの権利」を学ぶのではありません。

「生きる」教育、として「子どもの権利」を学ぶのです。

「生きる」教育、とは、「目の前の子どもたちに『幸せになってほしい』という強い願い」から、開発されてきたプログラムなのです。

「生きる」教育を中心的に開発されてきた小野太恵子先生の言葉です。

この学校には、家庭が安全・安心な居場所ではない子どもたちや、社会的養護の子どもたちも通っています。

時には、自分を大切に思えない子どもたちもいます。

この子たちが大人になっていったとき、困難な人生になるのではないか。

学校の先生たちには、その将来が見えています。

しかし今までの日本の学校ではそのことが分かりつつも、授業を通じて、その子の人生を「幸せ」なものにしていく、大人になったときに困難に向き合い、相談したり、サポートを受けながら立ち直っていくための意識・知識や行動する力を育てる、そんな教育ができませんでした。

その挑戦に取り組んでいるのが、生野南小学校、そして統合後の田島南小中一貫校なのです。

生野南小時代には、学校が荒れて、子どもたちの間での暴力やいじめ、教員への暴力暴言も深刻でした。

それが「生きる」教育を通じて、子どもが落ち着き、学力が上がっただけでなく、子どもたちが自分を大切にし、相手を大切にし、一人ひとりが大切にしあえる学級・学校となっていったそうです。

※辻由起子(大阪府子ども家庭サポーター),2022a,「生きる教育」その1~思いを言葉で伝える, 子育て家庭を応援する「親力アップサイト」

「『生きる』教育」は、①虐待予防教育、②ライフストーリーワークの視点を活かした治療的教育、③障害理解教育、④中学校の「生・性教育」という柱があります。

そしてそれを支える「国語科教育」研究と並行して、カリキュラムと実践がつくられてきたのです。

「生きる」教育において、子どもの権利が大切なのは、心を育てるうえでも、命や体の大切さを伝えるうえでも、基盤となる知識だからです。

3.小学校3年生が学ぶ「子どもの権利」

―そもそも「権利」をどう教えるか?

―自分の権利、友達の権利、世界中の子どもの権利を学ぶ

―権利を正しく学ぶことは、自分も他人も大切にできること

2022年9月30日、田島南小学校で、公開授業が行われました。

私が注目したのは、小学校3年生が学ぶ「子どもの権利」の授業です。

「子どもの権利」をどう教えるか?

こども基本法が施行される来年以降、日本中の先生が向き合うこのテーマ。

田島南小学校の先生方は、素晴らしい指導計画と授業で実践を展開されています。

中央教育審議会・教育課程部会委員として、日本の学校教育の進化に関わる私ですが、この3年生の授業だけでなく、どの学年の授業も、全国の学校の参考になる実践だと感じました。

指導のポイントは以下の書籍にまとめられているので、私は当日の授業の観察と、担任の先生のつくられた指導案で感銘を受けたポイントをまとめます。

西澤哲・西岡加名恵監修/小野太恵子・木村幹彦・塩見貴志編著「『生きる』教育」: 自己肯定感を育み,自分と相手を大切にする方法を学ぶ (第1巻)」,日本標準,2022年.

(1)そもそも「権利」とは

まず、すごい!と思ったのは「権利」とは?という子ども向けの定義です。

「権利ってきいたことあるけど、意味はしらんわ。」

子どもはもちろん、そうでしょう。

全ての国民の権利を大切にすることを憲法に定めているはずの、日本の大人ですらそんな人は多いでしょう。

そんな大人のみなさんも「権利」というのは、こういうことなんです。

・自分がやりたいことが「できること」

・自分がやりたくないことは「やらなくてもよいこと」

・他の人に「やってもらいたいと言えること」

私自身は大学生に教えるときに、次のことを加えて教えています。

・自分の権利も、誰かの権利も、「おたがいを、大切にすること」

(2)自分の権利、友達の権利、世界中の子どもの権利を学ぶ

小学校3年生の「子どもの権利条約って知ってる?」という授業は、8時間かけて行われます。

「総合的な学習の時間」の一貫ですが、道徳科や特別活動、社会科の中で、実施していくこともできる内容になっています。

「権利」という言葉について考える

→子どもの権利条約が世界中の子どもたちのために作られていることを理解する

→難民や児童労働など子どもの権利が守られていない世界の子どもたちの実態を知る

→子どもの権利が40条あることを学び、自分にとって大切だと思う権利を学ぶ

→子どもの権利が守られているか、日本や世界の事例を通じて考える

→自分や友達の子どもの権利をどうしたら守られるのか、具体的な事例を通じて考える

たとえば子どもの権利条約が以下のようにカードになっていて、子ども1人1人の注目する権利が見つけやすくなっています。

また、子ども同士の話し合いで理解を深めていくなどの工夫もされています。

大阪市立生野南小学校「『生きる教育』~実践指導案集(小学校用)~」p.18
大阪市立生野南小学校「『生きる教育』~実践指導案集(小学校用)~」p.18

4.大人になるために大切な「生きる」教育

―子どもたちが幸せに生きる上で必要な知識・考え方・行動力を身に着ける

―今の学校教育は、登山の装備や安全なルートの学びもなく、子どもを山に放り出すようなもの

(1)子どもたちが幸せに生きる上で必要な知識・考え方・行動力を身に着ける

小学校3年生の子どもの権利の学習も、「生きる」教育の一貫です。

田島南小中一貫校では、全学年で「生きる」教育を実施しています。

小1 たいせつなこころと体~プライベートゾーン~

小2 みんなむかしは赤ちゃんだった

小3 子どもの権利条約って知ってる?

小4 10歳からのハローワーク~ライフストーリーワークの視点から

   考えようみんなの凸凹

小5 愛?それとも支配?~パートナーシップの視点から~

小6 家庭について考えよう~結婚・子育て・親子関係~

中1 脳と心と体とわたし~思春期のアタッチメントとトラウマ~

中2 リアルデートDV~支配と依存のメカニズム~

中3 社会の中の「親」と「子」~子ども虐待の事例から~

デートDV、虐待、トラウマケア、性教育、自分自身や友達の個性(発達)など、子ども自身が大人になっていくうえで、大切なことがつまっているのが「生きる」教育なのです。

すべてのテーマが、子どもたちが自分自身の権利を大切にし、友達や大人も含めた他者の権利も尊重する前提によって成り立っています。

このほかにスマホトラブルについて考えたり、自分の10年後を考えるキャリア教育など、これから大人になっていく小中学生が学ぶべきテーマが、先生方の思いと工夫によって、しっかりと蓄積されてきたのです。

この「生きる」教育の重要性について、中心的に開発されてきた小野太恵子先生は次のように述べられています。

「『生きる』教育」には、子どもたちに、幸せに生きるうえで必要な知識を身につけさせるとともに、友達と真剣に話し合うことを通して人を信じることができる力を保障したい、という願いがこめられている。

小野太恵子「『「生きる」教育』とは何か―子どもたちの幸せを願って―」,「『生きる』教育」: 自己肯定感を育み,自分と相手を大切にする方法を学ぶ (第1巻)」,日本標準,2022年,P.9.

「生きる」教育は、子どもたちが幸せに生きる上で必要な知識・考え方・行動力を身に着けるためのものなのです。

授業を見たり、これまで子どもたちや先生方が取り組んできた資料や掲示物などを見た私も、そう確信しています。

子どもの権利ももちろん、子どもたちが幸せに生きる上で大切な知識です。

自分の権利を大切にする人は、誰かの権利を虐待やデートDVで傷つけてはいけない。

もし被害にあったときも、加害しそうなときも、ひとりでかかえこまず、相談やサポートにつながることができる。

なぜなら、この国は憲法で一人一人の権利を大切にする国だから、自治体もいろいろな相談やサポートをしてくれるから。

(2)今の学校教育は、登山の装備や安全なルートの学びもなく、子どもを山に放り出すようなもの

「今の学校教育は、登山の装備や安全なルートの学びもなく、子どもを山に放り出すようなもの」

これは大人になるために大切な、人生のトラブルへの対処法、権利や法律、相談体制やそれにつながる方法を学校でまったく教えず、社会に放り出すようなものである、という状況を言い表したものです。

大阪府子ども家庭サポーターの辻由起子さんが、公開授業後の講演会でおっしゃっておられました。

私も研究者としてだけでなく一人の保護者として深くうなずきました。

だからこそ、学校で大人になるために必要な知識や考え方、行動力、いざというときのトラブル対処法や信頼できる相談先を学ぶことが大切なのです。

子どもたちが幸せに「生きる」ために。

子どもの権利は、どの子も自分自身が大切な存在であり、だからこそ幸せに生きてよいのだと考えられる土台となる大切な知識です。

やりたいことに取り組み、できないことは「やらない」「無理です」と伝えること、子ども自身が大切な存在だからこそ誰かに相談やサポートを求めることができる、それが権利なのです。

おわりに―子どもも大人も権利を学び、大切にし、幸せに「生きる」教育を

ここまで読み進められたみなさんは、子どもの権利を学ぶことはワガママになるどころか、子ども自身が自分も関わる人々も大切にして、幸せに生きていくために必要なことだと、ご理解いただけたのではないでしょうか。

虐待や子どもへの性暴力、子どもの悲しい事件や事故も後をたたない日本です。

大人も、子どもの権利を大切にし、自分自身の権利も大切にいただき、幸せに「生きる」ために、改めて権利のこと、虐待や親子関係、愛着形成や相談の方法を学んで行動できるようになることも大切でしょう。

このような教育が広がることで、日本はもっと、やさしくあたたかい国になるのではないでしょうか。

謝辞:この記事は、小野太恵子先生、木村幹彦先生、塩見貴志先生、田中梓養護教諭、辻由起子さん、西岡加名恵京都大学大学院教育学研究科教授のご協力を得て執筆しました。素晴らしい実践と研究に感謝申し上げます。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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