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安心して赤ちゃんが生まれる日本へ1-親子を救わない「産科医療補償制度」を変えよう#子育て罰をなくそう

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

この記事を読む方に出産経験があってもなくても知っておいてほしいことがあります。

出産は赤ちゃんもママも命がけです。

だからこそ赤ちゃんやママが分娩時の事故等によって発症した重度脳性まひ児とその家族の経済的負担を速やかに補償するための仕組みがあります。

それが「産科医療補償制度」です。

妊婦さんのほぼ100%が加入している国の制度です。

この補償制度の対象になると、一時金600万円、月10万円の介護費用が子どもが20歳になるまで受けられます。

しかし「産科医療補償制度」を受けるべき親子への支援漏れが発生しているのです。

8月5日に厚労省・こども家庭庁への要請書を提出された「産科医療補償制度を考える親の会」の親、そして子どもたちも置かれる悲しくつらい状況を知っていただき、救済が必要である状況をまとめました。

1.「お母さんこっち向いて」子どもが必死でぬぐおうとする涙の理由

―エビデンスのない補償漏れで苦しむ家族

―支援がないために母親が休日も深夜も働きに

一時金600万円も月10万円の支援は大きいです。

家をバリアフリーに改造したり、成長に合わせた車椅子も福祉車両等も購入できます。

必要な療育や再生医療も、気兼ねなく受けることができるのです。

ところが「産科医療補償制度」が受けられない親子だと、それらのすべてが「自己負担」になります。

私が出会った家族のみなさんは、「産科医療補償制度」の個別審査で対象外とされてしまったために、成長に合わせて車椅子を買い替えることもままならず、療育も十分に受けられない、本当に苦しい生活を送っておられます。

きょうだいの進学経費も足りないギリギリの生活で、平日はお父さんが、深夜や休日はお母さんが働きに出て、家族の団らんもない日々というご家族もおられました。

障害を持った家族がこのような状況に置かれることで、子どもたち自身が十分なケアや療育を受けられず置き去りになっています。

話をしながら涙を浮かべるお母さんを見て「ママこっち向いて」と、涙を拭こうと小学校1年生の男の子が一生懸命呼びかけていました。

2.なぜ産科医療補償制度で差別が生じるのか?

―出産時同程度の状況なのに「支援対象」と「支援対象外」に理不尽な差別

―エビデンスをふまえ2022年出生児からは差別のない仕組みに

―置き去りとなっている約544人の子どもたち

なぜこのようなつらく悲しい状況の親子が生じてしまうのでしょうか。

私も産科医療補償制度がはじまった2009年にまさにこの制度に掛け金を払って加入していますが、重度脳性まひのすべての親子が支援されていると思っていました。

私自身も大学生の時には脳性まひを含む障害を持つ子どもたちと週末に活動するボランティアの経験があるだけに、いっそう裏切られた思いがしています。

制度開始の2009年~2021年までは、補償対象となるかどうかの医学的基準が設定されていました。

しかし、出産時に同程度の状況なのに、個別審査により「補償対象」と「補償対象外」になる子どもが分かれてしまう。

そんな理不尽な差別が起きていることもわかりました。

また支援対象となるかどうかの医学的基準は設定されていたのですが、医学的根拠がないことがわかり、2022年生まれの子から個別審査が撤廃され「28週以降に生まれた重度脳性まひの子どもは無条件に補償対象となること(先天性などは除く)」が決められました。

しかし2009年~2021年までに「支援対象外」とされた約544人の子どもたちの救済について、厚生労働省の対応は、冷たいといってよいものでした。

3.救済をしない方がおかしいのでは?

―子どもの生きる権利育つ権利に差別はあってはならない

―出産は命がけだからこそ、すべての子どもが救済される制度を

私がこの問題と出会ったのは、『子育て罰』という新書の発売をきっかけに、子どもたちへの支援制度の様々な差別(児童手当の所得制限がその代表例ですが)に改めて問題意識を感じられ、取材をいただいたジャーナリストの中西美穂さんです。

中西さんはご自身のお子さんも障害をお持ちで、当事者の団体である「産科医療補償制度を考える親の会」の代表をつとめておられます。

厚生労働省に制度改善を要望してこられましたが、これまで、要望書を受け取ってすらいただけない門前払い、とも言える状況が続いてきました。

しかし国会議員の応援もあり、8月5日にやっと厚生労働省への要望書提出ができたのです。

厚生労働省も、子どもさんを前にし、「親の会」のみなさんの意見も聞いていただきました。

しかし、厚労省の回答は「持ち帰り検討する」と慎重です。

朝日新聞の記事では「目の前の子どもを、育てる家族のために何かできないのでしょうか。『できない』という言葉を繰り返されるとつらくなる」と「親の会」のお母さんのコメントが紹介されています。

※朝日新聞,「長年、泣き寝入り」 脳性まひの親たちの団体が会見,2022年8月5日

この場には、こども基本法成立を自民党で主導された自見はなこ議員、山田太郎議員も同席しておられました。

子どもの生きる権利育つ権利に差別はあってはならない、それがこども基本法の理念として重要です。

出産は親子ともに命がけのリスクもある行為だからこそ、この親子を救うことが国・社会として出産を支えることになります。

子ども・当事者の意見を聞き「こどもまんなか」で救済を実現しよう、自民党内の議論でも注目され政治からの対応も進めます。

厚生労働省に対し、このような応援のメッセ―ジを発しておられました。

今後の厚生労働省、そして自民党や秋以降の国会での議論も注目されます。

出産は命がけだからこそ、安心して赤ちゃんが生まれる日本へ、子どもたちが救済される制度を。

私も願いは同じです。

一刻も早い救済策の実現を願ってやみません。

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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