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それでどういじめ被害者を支援し、加害者加担社会を変えるか?2 被害者家族と考える私立学校の甘い対策

末冨芳日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員
内閣府『令和3年度版子ども・若者白書』p.63

1.オリンピックは終わっても、人権侵害改善のための取り組みへは終わらない

オリンピックもようやく閉会式を迎えました。

開会式の関係者の障害者いじめをきっかけとし、いじめ被害者を支援し、加害者加担社会である日本をどのように変えていくかを考えるシリーズを開始しました。

選手たちへの心無いネットバッシングも発生してしまいました。

小山田圭吾氏の障害者いじめ以外にもホロコースト肯定、森喜朗前オリンピック組織委員会会長の女性蔑視発言など、人権侵害のオリンピックとしてのイメージも残念ながら世界には発信されてしまうことになりました。

読者のみなさんはオリンピック憲章の中には以下のような基本原則が示されていることをご存知でしょうか?

スポーツをすることは人権の 1 つである。 すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。 オリンピック精神においては友情、 連帯、 フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる。

出典:オリンピック憲章2019年版

すなわち、オリンピックは人権をスポーツを通じて人類に実現するための祭典なのです。

オリンピックは終わりましたが、私たちの人権侵害の改善ための取り組みを終わらせることはできません。

冒頭に示したグラフは、日本では約9割の子どもが小中学生の間にいじめの加害者にも被害者にもなる悲しい実態を示しています。

こんなひどい状況は改善されなければなりません。

2.私立学校におけるいじめ問題の隠蔽という深刻な課題

公立学校では隠蔽は発覚しやすいが、私立学校では発覚すらしないケースもある

小山田圭吾氏の事件は、有名な私立学校におけるいじめ事件であり、被害者が障害者であったという特徴を持っています。

しかし30年以上前の話でもあり、私立学校側がいじめを把握できず何の対応もしなかったとしても刑事事件としても民事損害賠償請求としても時効が成立していると思われます。

それより我々が考えるべきは、私立学校のほうがいじめが隠蔽されやすく、また対応が遅れやすいというという構造的課題をもっているということです。

公立学校でも川口市加古川市などで、教育委員会、学校ぐるみのいじめ隠蔽が明らかになっています。

ただし、公立学校のいじめ隠蔽は、市町村が隠蔽しても都道府県教育委員会や文部科学省への通報相談などで、相対的にあきらかになりやすいのです、

また私立学校も、長崎海星高校でのいじめ隠蔽事件が記憶に新しいところです。

しかしおそらく、いじめ事件があかるみに出ない私立学校のケースも多いのではと推測されます。

小山田氏のいじめ事件も、名門私立校で発生したことでもあり、学校の評判が傷つくことをおそれ、仮に学校が把握しても隠蔽されていた可能性もあります。

3.私立学校でのいじめ被害者であるDさんのケース

初動対応・学校内のいじめ防止対応体制・学校外連携のすべてがうまくいっていない

県への重大事態報告もされず事実上の隠蔽に

前回の記事を読んで、私に連絡をくださったDさんのケースを手掛かりに私立学校でのいじめ対応の深刻な実態について考えたいと思います。

最初におことわりしておきますが、すべての私立学校がいじめを隠蔽するというわけではありません。

ただし教育委員会の監督のもとにある公立学校とは異なり、私立学校や国立大学付属校など、教育委員会管轄外の学校では、しばしば公立学校以上に学校側の隠蔽によっていじめが深刻化してしまう場合もあるのです。

Dさんのお子さんは高校在学中です。

首都圏では名の知られている中高一貫校であるA校に在学しており、いじめ被害にあってしまったのです。

いじめといってもその実態は多様ですが、Dさんのお子さんは学校内で性犯罪被害に遭ってしまったのです。

許しがたい事件です。

中学生の時に学校内で生徒からの性暴力に遭い、その日をきっかけに、様々な不調が出てきてしまい、数か月後には不登校になってしまいました。

そして学校側の初動のミスもあって心を閉ざし、親であるDさんにも数年間、事実を打ち明けることができなかったのです。

事実がわかったのはごく最近のことでした。

学校も保護者も、いじめの事実が把握できなかったのはなぜなのでしょうか?

Dさんのお話からあきらかになったのは、公立学校では当たり前となっている取り組みが、私立学校A校では行われていなかったという実態です。

(1)学校がいじめアンケートをしていない

文部科学省の問題行動調査では、「いじめ発見のきっかけ」として学校が回答したもののうち、国公私立ともに最多であるのは「アンケート調査など学校の取り組みにより発見」となっています。

内閣府・令和3年度版子ども・若者白書,p.65
内閣府・令和3年度版子ども・若者白書,p.65

しかしA校ではいじめアンケートがされていなかったのです

Dさんも、お子さんの友人や、その保護者たちから、お子さんのことを気にかける意味ありげな言動があり、友達と何かあったのではと悩んでいたそうです。

おそらく生徒の一定数は、ある程度、Dさんのお子さんと性暴力をふるった生徒について、事件があったという認知がされていたのだと思います。

もしもA校がいじめアンケートをしていたら、生徒から何らかの情報が寄せられ、問題の早期発見につながっていた可能性もあるはずです。

(2)相談窓口になった学校医と校長・副校長やカウンセラー等の校内連携がまったくとれていない

Dさんのお子さんが不登校になったとき、当然のことですがDさんは保護者として学校に相談します。

その時に、相談窓口となったのは学校医でした。

この学校医が、医師として大変問題のある人物だったことについては、後述します。

簡単にいえば、学校医から不登校状態にあったDさんのお子さんや家庭の置かれた深刻な状況が校長・副校長やカウンセラーといった学校内で情報を共有されなくてはならない関係者にまったく伝わっていなかったのです。

公立学校であれば「学校いじめ対策委員会(東京都立学校)」「校内いじめ防止対策会議」等や、いじめ訴訟を経験した場合には私立学校でも設置している場合もあります。

川崎市立学校における「校内いじめ防止対策会議」の構成
川崎市立学校における「校内いじめ防止対策会議」の構成

私も関わる学校の事例をもとに、「学校いじめ対策委員会」や「校内いじめ防止対策会議」がどのような活動をしているか整理しておきます。

校長、副校長などの管理職、スクールカウンセラーや養護教諭、いじめが発見された学級の担任などが参加し、早期発見、早期改善のために、平常時からの定例会の実施や、アンケートの実施、教員同士が子どもに関する小さな気づきでも共有する場となっています。

いじめが発見された場合には、担任からの報告のもと、適切な分担をして保護者や被害者の意向を確認したり、加害者側への聞き取りといった事実の把握や問題の改善につとめます。

また公立学校であれば通常、いじめが発見された時点で、その内容にかかわらず教育委員会への報告が行われます。

たとえば学校医が、かかりつけ医であり保護者とコミュニケーションが取れている場合には、学校医からの状況の報告も受けるのです。

これらの関係者は当然、守秘義務を負う職同士であり、子どもの安全を守るために、必要な情報は共有されるのです。

しかしA校にはそうしたいじめ対策のための組織はないそうです。

Dさんは別の自治体で学校関係の仕事をしており、学校内の体制には詳しいのですが、お子さんが性暴力に遭う前から、いじめ対策のための組織が校内にあることは保護者に説明されたこともないそうです。

私も確認しましたが、学校ホームページでも学校案内にもいじめへの対応方針や校内組織などについては情報がありません。

いじめ(同じ学校の生徒からの性犯罪)であることがわかった現在も、校内での組織対応はされていないそうです。

Dさんのお子さんは当初不登校の原因が把握されていませんでした。

不登校の場合にも、公立学校にはやはり対策委員会等が存在する場合が多く、少なくとも学校医が保護者から受けた相談や対応方針が、管理職や担任、カウンセラー等に伝わらないということはありえません。

Dさんも校医が、管理職やカウンセラーに伝えたうえで、あえて校医以外の人々が積極的に関わらない対応をしているのだと思っていたそうですが、実は情報が共有されていないという事態が何年も続いてしまっていたのです。

(3)問題のある学校医が、初動対応で大きなミス

Dさんのお子さんの性犯罪被害の発覚が遅れたのは、学校医が、初動や対応で大きなミスをおかしたからです。

通常、いじめにせよ、不登校にせよ、学校医やカウンセラーであれば、保護者だけではなく児童生徒本人からもなるべく丁寧に状況を確認しようとするはずです。

会えない場合にでも保護者を経由したコミュニケーションをしたり、可能であればメールやSNS、手紙等何らかの形で、状況の把握をしようとするのが、私の知っている学校や専門職の通常の対応です。

しかしDさんへの聞き取りも不十分なまま、子どもの不登校の原因は母親であるDさんにあると断定し、別居をすすめてきたそうです。

Dさんも子どもが急に不登校になり悩み、不安になっているところだったので、もしかして事態が好転する可能性を信じて、校医の言うままに3年ほどの間別居をしたそうです。

この間、Dさんは校医と面談を継続していましたが、校医はDさんのお子さんとのコミュニケーションはいっさいとろうとしなかったそうです。

なお、この校医は、Dさんのお子さんが校医から紹介された別の精神科医のカウンセリングを受けるようになった途端、「来なくていい」「報告もなくていい」と冷淡な対応になったそうです。

Dさんが、子どもや家族の相談を続けたいと校医に要望して今でも面談は継続していますが何を言っても「そうですね」としか返さないハラスメントとも思える対応を続けていたそうです。

今年になりこうした校医の不適切な対応を、スクールカウンセラーに相談し管理職に報告してほしいと伝えたそうですが、いまのところ学校として校医に改善のためのアプローチがあったのかは把握できないそうです。

またこの学校では、不登校生徒支援を専門とする教育相談コーディネーターというスタッフもいますが、そのスタッフも、「自分の仕事はインテーク(入口面接)だけ、お子さんの相談はスクールカウンセラーにしてください」と半ば脅し気味に言い放ったそうです。

スクールカウンセラーも、性暴力被害があきらかになってから関わるようになったそうで、被害者であるお子さんやDさんにとって信頼できる学校のスタッフがいない状態が何年も続いたのです。

つまり学校内での連携が取れておらず、そして適性を欠く人々が学校で雇用されているのがA校の実態だったのです。

私立学校にはしばしば起きてしまうことですが、理事長や校長の知り合いというだけで、実際には児童生徒への対応に適性を欠く校医やカウンセラーが、コネと惰性で雇用されつづけ、評価もされないという実態があります。

Dさんとお子さんへの間違った対応もこうした私立学校特有の構造の中で起きてしまったことだと思われます。

(4)いじめ重大事態の報告が県にされていない

いじめ事件から数年経過し、Dさんのお子さんがふとしたタイミングで性暴力事件のことを口にしたそうです。

Dさんはそのことを学校に報告しました。

お子さんは不登校だったために、留年という状態で、学校の生徒としての学籍は維持していたからです。

公立学校であれば在学中にいじめが発覚し、とくに生徒間の性暴力犯罪や長期不登校という事態であれば、教育委員会に重大事態として報告します。

いじめ防止対策推進法第31条では、私立学校もいじめ重大事態が発生した場合、「当該学校を所轄する都道府県知事に報告しなければならない」とされています。

Dさんのお子さんのケースは、いじめから時間が経過していますが、あまりに深刻な事案であり、重大事態に相当します。

県の調査を受けることにもなりますが、被害者や家族に必要なケアや支援、学校の体制立て直し等含め県の所管課の助言やサポートも得られます。

私がA校の所在する県の担当課に確認したところ、学校からの報告や相談はされていないとのことでした。

事実上の隠蔽という状況です。

A校の場合には悪意ある隠蔽というよりは、理事長、校長など管理職がいじめ防止対策推進法に関する知識をもっておらず、私学関係者を対象とした研修も受けていない可能性が高いとのことでした。

教育関係者にはありがちなことですが、善意はあるのですが、学校内で深刻な問題が発生したときに必要な法的知識が足りないというケースに該当します。

しかし、事実上の隠蔽がおきてしまっていることは確かです。

(5)公的支援制度や都道府県の相談窓口など必要な情報を届けない学校

いじめ(学校内犯罪)被害者の場合、加入校であれば日本スポーツ共済振興センターの災害共済給付で、心身のケアのための通院費等が「災害共済給付」として支給されます。

また学校が頼りにならない場合には、私立学校在学者やその家族も相談可能な窓口が各都道府県にあります。

お子さんの性暴力被害が発覚した後にも、Dさんのところにそうした案内は一切されなかったそうです。

幸いなことに性暴力被害発覚後に、信頼できるスクールカウンセラーの支援により、留年扱いとなっていた学校への復学ができ、担任にも恵まれて現在は卒業に向けて、オンライン学習や課題学習などの学校側のサポートもあり、学びに取り組んでおられるそうです。

とはいえ、こうした深刻な私立学校のいじめ隠蔽や不適切な対応の実態に対し、保護者としてどのように対応すればよいのでしょうか?

(次の記事の配信は8/11朝6:30となります)

日本大学教授・こども家庭庁こども家庭審議会部会委員

末冨 芳(すえとみ かおり)、専門は教育行政学、教育財政学。子どもの貧困対策は「すべての子ども・若者のウェルビーイング(幸せ)」がゴール、という理論的立場のもと、2014年より内閣府・子どもの貧困対策に有識者として参画。教育費問題を研究。家計教育費負担に依存しつづけ成熟期を通り過ぎた日本の教育政策を、格差・貧困の改善という視点から分析し共に改善するというアクティビスト型の研究活動も展開。多様な教育機会や教育のイノベーション、学校内居場所カフェも研究対象とする。主著に『教育費の政治経済学』(勁草書房)、『子どもの貧困対策と教育支援』(明石書店,編著)など。

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