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併合罪ってどんな犯罪?【追記:新潟の事件は無期懲役】

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:イメージマート)

■新潟で起こったある殺人事件

 新潟市新発田市で起こったある殺人事件の判決が、11月18日に予定されています。この事件には解釈論的に難しい論点があり、法律家を悩ませています。

 事件の概要は次のとおりです。

 被告人Kは、(1)2013年8月2日新発田市で女性を略取して強姦し、(2)翌3日に別の10代の女性を略取して強姦し、(3)さらに11月22日には20代の女性を略取して死亡させ(強姦致死)、(4)また12月6日には、20代女性をわいせつ目的で略取しようとして未遂に終わりました。

 以上の4件で、Kが起訴され、2018年3月に無期懲役が確定しています。つまり、現在はKは無期受刑者として刑務所に服役中です。

 ところが上の裁判の後で、新発田市内で女性が運転する車に何者かが乗り込み、わいせつ目的で略取し、その後、わいせつ行為を行ない被害者を殺害したという2014年1月の事件が発覚し、Kがその犯人として起訴され、検察官はこの事件について死刑を求刑しました。

 その判決が18日に言い渡されます。

(注)

  • 略取とは、暴行や脅迫で被害者の自由を奪うことです。
  • 性犯罪に関して刑法が改正される前の事件ですので、罪名は「強姦」になっています。

 弁護側は犯人性も争っていますが、問題は、今回の事件が有罪ならば、確定した無期懲役とどのような関係に立つのかです。

 つまり、今回起訴されている事件については、それだけを見れば、(過去の類似の事件と比較して)死刑になる可能性は必ずしも高いとはいえないのですが、かりに前の事件と一緒に起訴されていたとすれば、死刑になる可能性は非常に高くなります。

 ところが、前の事件はすでに裁判が終了し、刑が確定しています。憲法39条後段には、「同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。」という二重処罰の禁止についての規定があります。つまり、前の事件を合わせて今回の事件を評価するとなると、この二重処罰の禁止規定に違反するのではないかという問題があるのです。

■併合罪とは何か

 最初に、「併合罪」とはどのような意味なのかについて、簡単に説明しておきます。犯罪の個数に関する問題です。

 犯人が複数の犯罪行為を実行したように見える場合であっても、法律的にはたしてこれを複数の犯罪として扱ってよいかとなると、難しい問題があります。

 たとえば、終電車に乗った犯人が、目の前で泥酔して眠り込んでいる乗客から何か盗んでやろうと思い、30分余りの間に、(1)最初腕時計を盗んで席に戻り、(2)続いてポケットの中から財布を盗んで席に戻り、(3)最後にカバンの中から携帯電話を盗んだとします。

 客観的な事実としては、犯人は窃盗行為を3回実行しています。そこで、刑法45条前段には、「確定裁判を経ていない二個以上の罪を併合罪とする。」と書かれているので、この3個の窃盗行為は併合罪として扱われるように思えます。

 そうすると、次に刑法47条前段(「併合罪のうちの二個以上の罪について有期の懲役又は禁錮に処するときは、その最も重い罪について定めた刑の長期にその二分の一を加えたものを長期とする。」)が適用され、(窃盗の最高刑は懲役10年ですから)結局犯人は、最高15年までの懲役で処断されることになります。

  • 併合罪の処理に関して外国の例を見ると、日本とは違った処理の仕方を規定している国は結構あります。たとえば、アメリカの多くの州では、犯された犯罪それぞれに刑を言い渡すという原則がとられています。ときどき300年とか500年の自由刑が言い渡され、ニュースになることがありますが、それはこのようなルールがあるためです(併科主義)。重い刑が軽い刑を吸収するというルールを採用している国もあります。中国は伝統的にこのルールを採用しています(吸収主義)。これらに対して日本の刑法は、重い刑を加重するという方式をとっているので加重主義と呼ばれています。

 しかし、上の事例の場合は、単独犯ですし、被害者も同一人物、窃盗の場所も同一、窃盗の犯意も同じものが継続しており、時間も短時間であることを考えると、全体を1個の窃盗罪として扱うべきではないかという考えも成り立ちます。

 そうすると、この犯人は窃盗罪の通常の法定刑である最高10年までの懲役で処断されるということになります。この事例を1個の窃盗罪とするのは、実務でも学説でも異論はありませんが、一般論としていえば、犯された犯罪の個数は、犯人にとってはたいへん重大な問題になるのです。

■いくつかの犯罪が犯され、間に裁判が確定した場合は?

 たとえば、〈A罪→B罪→C罪〉と順番に被告人が犯罪を犯した場合、本来はこの3個の犯罪は、すべて併合罪の関係にありますが、B罪について裁判が行なわれ、その判決が確定したとします。

 この場合の処理について、刑法45条後段は、「ある罪について禁錮以上の刑に処する確定裁判があったときは、その罪とその裁判が確定する前に犯した罪とに限り、併合罪とする。」と規定しています。

 つまり、複数の犯罪が犯されて、その間に禁錮以上の刑か確定していると、併合罪である元の数罪はその確定判決の前後に分かれ、分断されて併科主義に従うということになります(A罪とB罪とが併合罪の関係に立ち、C罪とそれぞれ別々に刑を言い渡す)。

 したがって、次のようなケースも生じることになります。

 たとえば、〈A罪→B罪→C罪〉と死刑以外が考えられないような凶悪犯罪を3回犯した者がいるとします。この3罪がもともと併合罪ならば、全体について裁判され、1個の死刑判決で足ります(刑法46条前段「併合罪のうちの一個の罪について死刑に処するときは、他の刑を科さない。」)。

 しかし、〈A罪→B罪→窃盗罪→C罪〉のように、もしもB罪とC罪の間にかりに窃盗で懲役刑が確定したとすると、A罪とB罪と確定した窃盗罪とが併合罪となり、C罪は別罪ということになります。したがって、A罪とB罪について死刑判決を言い渡し、さらにC罪についても死刑判決を言い渡すということになります(判決書の主文で「被告人を死刑に処する」という文章が複数並ぶ)。

■新潟のケースはどうなるのか?

 上述のように、今回の事件だけで考えた場合、おそらく死刑にはならないだろうと思われますが、かりに前の事件と一緒に起訴されていれば、死刑になる可能性は非常に高いと思われます。今回、後の事件が裁判になっているわけですが、この事件の量刑判断で前の事件をどの程度参照できるのかが論点です。

 この点が問題になるのは、刑法が、併合罪と余罪に関して、「併合罪のうちに既に確定裁判を経た罪とまだ確定裁判を経ていない罪とがあるときは、確定裁判を経ていない罪について更に処断する。」(50条)とするだけで、余罪に関する具体的な量刑の基準について定めてはいないからです。

 最高裁(最決平成24年12月17日)は、確定裁判を経た罪を実質的に再度処罰する趣旨で考慮することは許されないが、犯行に至る重要な経緯等として考慮することは許されるとしています。

 実務では、余罪については、それのみを裁判する場合と同じように量刑するのではなく、同時に全部の罪を裁判した場合における量刑を念頭に置いて刑を定めているのが通例のようです。しかし、本件のように無期刑から死刑へというように、刑種の違いを超えて判断するような場合には、無期から死刑へと押し上げるより強い根拠が必要なわけで、後の事件が死刑に値すると判断することは、実質的に前の事件の犯罪性を引き継いで再度処罰しているのではないかという疑問が残ります。このような処理は、二重処罰の禁止に抵触するのではないかと思うのです。(了)

【参考】

 犯罪の数の考え方は〈罪数論〉と呼ばれる分野です。おびただしい専門書がありますが、一般に入手可能で分かりやすく書かれたものとして、次の本を推薦します。

  • 伊藤栄樹・河上和雄・古田佑紀『罰則のはなし(第二版)』(大蔵省印刷局、1995年)

【追記】

 本件について、11月18日に無期懲役の判決が言い渡されました。その点について、少し補足します。

 犯罪を認定したあとで、それに対する刑罰の種類と程度を決めることになります。これが「量刑」と呼ばれるものです。具体的には次のような手順を踏むことになります。

 法定刑に2種類以上の刑罰が規定されている場合(死刑と懲役など)、まず刑種を決定し、その次に法で決められた刑の加重や減軽の措置を考慮して、〈処断刑〉を決め、その処断刑の範囲内で被告人に言い渡す〈宣告刑〉を決めます。

 量刑に際して考慮される事情としては、基本は犯された犯罪に対する責任であり、被告人の年齢、性格、経歴、環境、犯行の動機、方向、社会的な影響、犯行後における態度などの事情を考慮して総合的に決定します。

 本件では無期刑が確定したあとで起訴された殺人事件(余罪)についての量刑判断が問題になっていますが、法はこれについて具体的なルールは定めていません。起訴されていない犯罪を余罪として認定して量刑で考慮することはもちろん許されませんが(判例)、本文で述べたように、最高裁は、確定した判決を犯行に至る重要な経緯等として考慮することは許されるとしています。しかし、その事件だけを見れば無期が限度と考えられるのに、これを無期から死刑へと、刑種を超えてさらに一段押し上げるためには、どうしても過去に裁判され、すでに確定している事件についての評価を加えざるをえないでしょう。しかし、それは二重処罰の禁止(憲法39条)に違反する考え方になります。本判決はそのような意味で、憲法の原則に従った判断だったといえます。

 なお、普通は死刑判決のときに行なわれる「主文後回し」が本件で行なわれましたが、ここに裁判官と裁判員の「強い非難の気持ち」が表れているように思います。(2022年11月19日追記)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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