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薬物が戦士を作り上げてきたー戦争と薬物の関係ー

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:ロイター/アフロ)

 殺生には疑いなく快楽的要素が含まれている。だから古来よりどの民族でも「狩猟」にはきわめて厳格な決まり事があって、ときにはそれが神事にまで高められてきた。殺生に厳格なルールを設定し、血の暴走を防いだのである。

 ただし、殺生といっても人殺しは別で、それは人間の本性ではなく、したがって戦争も生物学的必然ではないと多くの人は考えてきた。

 かりに、人の心の中に戦争に駆り立てる本能があるとしても、それは灰の中でかすかに熾(おこ)るトロ火のようなもので、多くの場合それを燃え上がらせるためには多大な助けを必要とするのである。

 それは、たとえば攻撃性を誘発するための過酷な訓練であったり、敵に対する効果的な暴力や、殺傷の罪悪感を凌ぐためのさまざまな方法の教示だったりした。

 また、アルコールやさまざまな精神作用のある植物を使って、兵士の肉体的、感情的な興奮や感覚の麻痺を引き起こしたりもしてきた。

  1. 薬物なしでは戦えない|園田寿|note
  2. キノコを食べて戦士になる|園田寿|note
  3. ズールー族のシャーマンは戦士たちに魔法の薬草を与えた|園田寿|note
  4. 工夫を凝らした愛撫と考えうる限りの交わりを受けて、彼らは暗殺者になった|園田寿|note

阿修羅像(部分) (c) SONODA  All rights rserved
阿修羅像(部分) (c) SONODA All rights rserved

 歴史的にも戦争ともっとも関係の深い大量消費薬物は、アルコールである。ギリシャ・ローマ帝国のワイン、北欧やゲルマン民族のビールフランスのワインブランデー、植民地時代のラム酒ウイスキー、ロシアのウォッカ中国酒日本酒など、アルコールは何千年にもわたって戦争の強力な潤滑油だった。また、国家が戦費を稼ぐための課税対象としても重要だった。ただし、アルコールは、政策を間違えると軍隊を弱体化させ、重税に国民の不満が高まるなど、複雑な面ももっていた。

  1. 戦場に酒は欠かせない|園田寿|note
  2. ロンドン市民は兵士たちにビールを送り続けた|園田寿|note
  3. ラム酒は大英帝国のシンボルだ|園田寿|note
  4. ロシア軍はウオッカについて驚くほど自由で寛容だった|園田寿|note
  5. ヨーロッパ戦線 銃後の乱痴気|園田寿|note
  6. アルコール依存国家|園田寿|note
  7. ベトナムでは兵士がビールを薬のように浴びた|園田寿|note

 タバコも戦争と強い関係をもってきた。タバコは最も依存性の高い物質の一つであり、タバコの習慣は16世紀以降に広まったが、大きな戦争のたびにその範囲が拡大した。タバコの健康に対する短期的リスクは少なく、神経を鎮め、退屈に対処することができ、携帯に便利であることから、タバコは兵士の標準的な配給品に加えられた。戦後、故郷に帰った兵士たちがタバコの習慣を地域社会に広めた。

  1. タバコを吸ってバスティーユへ|園田寿|note
  2. 禁煙令に違反した者は鼻と唇を切り落とされて処刑された|園田寿|note
  3. 戦闘の前にまずは一服|園田寿|note

 アヘンは古代からある薬物だが、戦争との関係が重要になったのは19世紀のアヘン戦争であった。その後もアヘンとその派生物は、第二次世界大戦から冷戦中のベトナム戦争アフガン戦争まで、戦争との重要な関わりを持ち続けている。

  1. ブービートラップ(まぬけ落とし)|園田寿|note
  2. きれいな尿はいくらでも手に入った|園田寿|note

 アンフェタミンが登場するのは、第二次世界大戦である。アンフェタミン覚醒剤)は疲労と食欲を減少させ、覚醒度を高める。現在はもちろん違法薬物であるが、当時は副作用が否定されていたためまったく合法薬物であり、名状しがたいオーラを放っていた。各国は戦場でアンフェタミンを制限なく使った。連合国軍も兵士の覚醒度を高めるために使用したが、特にドイツ軍や日本軍では多用された。日本では破壊的な戦争の後、軍が備蓄していた大量の覚醒剤(メタンフェタミン)が一般市民に流れ、長期に渡る影響を及ぼした。

  1. トップガン|園田寿|note
  2. ヒトラー|園田寿|note
  3. ホテル・ムンバイ|園田寿|note
  4. 1951年に覚醒剤取締法が制定されて、現在では覚醒剤はもっとも厳しく取り締まられている薬物の一つとなった。しかし、自衛隊法第115条の3は、自衛隊の部隊などについて、覚醒剤取締法で禁じる覚醒剤原料の所持や譲受の例外を認めている。実際に使用されるかどうかは分からないが、覚醒剤は今でも戦争と切っても切れない関係にある。

 戦争との関係において、すべての薬物に同じような使用のパターンがあるわけではなく、その重要性は時代と場所によってかなり異なっている。しかし、さまざまな薬物が戦士を作り上げてきたことは間違いないのである。(了)

〈参考〉

  • 園田寿「孫四郎の犯罪」臨床精神病理N0.38、3-8(2017)
  • 柳田國男『後狩詞記』柳田國男全集第5巻所収
  • PETER ANDREAS:KILLER HIGH-A HISTORY OF WAR IN SIX DRUGS(2020)
  • Lukasz Kamienski:Shooting Up-A History of Drugs in Warfare(2012)
  • Dessa K.Bergen-Cico:War and Drugs(2012)
  • Martin Booth:CANNABIS(2003)
甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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