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「餃子の王将」社長殺人事件ー証拠の評価が問題ー

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:西村尚己/アフロ)

■はじめに

 京都市内で起こった9年前の「餃子の王将」社長殺人事件が急展開し、容疑者が逮捕されました。

 最初は、当時犯行現場付近に落ちていたタバコの吸い殻に付着していたDNAが、別件で福岡の刑務所に服役している工藤会傘下の暴力団幹部のものと一致したとの報道があり、いくらなんでもこの証拠だけで逮捕することはありえないので、他に重要な証拠が固まったのだろうと思っていました。そしてその後、報道でさまざまな証拠が明らかにされてきました。

 容疑者は否認、黙秘しているということですので、問題はこのような証拠が今後裁判でどのように評価されるのかということになります。

 ところで、どんな犯罪でも実行されると、必ずその痕跡が残ります。刑事裁判とは、この残された痕跡(証拠)を手がかりに、過去の事実(犯罪)を法廷で再現する過程だといえます。その再現に説得力があって裁判官や裁判員が納得すれば有罪になり、その再現に無理があるとなれば無罪という判断がくだされるわけです。

 証拠の典型は、犯行に使用された凶器やそれに付着した血痕、犯人の自供や犯行を目撃した証人の証言などの証拠物証拠書類です。このような証拠にもとづいて犯罪が再現されます。刑事訴訟法では「事実の認定は、証拠による」(刑訴法317条)という規定がありますので、裁判官が(怪しいという)直感や予断にもとづいて有罪とすることはもちろん禁じられています。

 証拠には、直接証拠と間接証拠(情況証拠)の2種類がありますので、それぞれについて次に説明します。

■直接証拠と間接証拠(情況証拠)

 犯罪事実を直接証明する証拠は、直接証拠と呼ばれます。

 たとえば、多くの人が見ている目の前で堂々と犯罪が行われたとか、あるいは被告人が実行している犯行の一部始終が防犯カメラに鮮明に記録されていたといったような場合、目撃者の証言や防犯カメラの映像から犯罪が行われた事実が直接証明されます。

 また、被告人の供述、とくに自白は、犯罪事実の全部または主要な部分を承認する供述として重要な直接証拠となります。被告人が犯行を自供しており、その自供が拷問などで引き出されたものでなく、信用できるものであって、さらにその自供内容を補強する別の証拠があるかなどの批判的検討が加えられたうえで、自白は有罪認定の重要な根拠となります。

 ところが、多くの犯罪は秘密裏に行われるため、指紋とか足跡、犯人の血痕や体液など、犯罪と被告人とが結びつく可能性のある間接的な証拠(情況証拠)しかない事件が少なくありません。そこで、とくに被告人が犯行を否認したり、完全に黙秘したりしている事件などでは、この情況証拠の扱いが問題となってきます。

 その場合、さまざまな情況証拠を積み上げていって、犯罪事実を証明していくしかありません(刑事訴訟法は、直接証拠と間接証拠に証拠の優劣を設けていません)。

 たとえば、「Bが背後から鋭利なナイフで刺されて殺害され、金庫にあったはずの大金が消えている」、という事件が起こったとします。被疑者としてAが逮捕されましたが、Aは黙秘あるいは否認している。AがBを殺害したという事実を直接裏付けるような証拠はないのですが、たとえば、

  1. Aは消費者金融に多額の借金があり、その返済に苦慮していた、
  2. 友人のCとの会話で、Bが大金を持っているということを聞いていた、
  3. 犯行当時のAのアリバイがあいまい、
  4. Aが知人に近々大きな仕事をして借金を返済できるかもしれないと話していた、
  5. 犯行日の前日に凶器のナイフと同型のナイフを購入しているが、その所在が不明、
  6. 犯行現場にAの足跡と指紋が残されている、
  7. 事件後にAは消費者金融の借金を返済している、
  8. 犯行があった日の夜にAは庭で自分の服を燃やしているのを目撃されているなど、

 その他もろもろの犯罪に結びつくような周辺的な事実を積み上げていくことになります。

 実際、過去には、情況証拠だけで犯罪事実を認定し、有罪とした事件も少なくありません。

■冤罪(えんざい)の危険性

 ただ、その場合に気をつけなければならないのは、証明された周辺的な事実から犯罪事実を証明していく過程で、必ず両者を結びつける推論が行われるということです(「~という事実が証明されるので、彼がやったに違いない」)。

 情況証拠しかない場合は、そこに不合理な判断あるいは無理な推論(有罪の推定)が紛れ込みやすく、えん罪を生む危険性があります。とくに、被告人が犯人だとする思い込みが強ければ強いほど、その危険性も大きくなっていきます。

 その危険性を回避するためには、情況証拠に偏りがなく、それが多方面にわたっていることが必要です。つまり、犯罪が犯された時点を基準として、

  1. 過去の事実に関する証拠
  2. 同時的な事実に関する証拠
  3. 将来の事実に関する証拠

といったように、証拠が時系列的に散らばっていることが必要です。

 さらに、日頃の人間関係、知人とのメールや会話の内容、場合によっては過去に犯罪歴がありそれと同じような手口であるかどうかなど、証拠が内容的にも広がりがあることが必要です。

 そして、証拠と犯罪事実とが無理のない、経験的に合理的な推論(推認)によってつながるのかということが重要です。

■警察はどのような証拠を集めたのか

 本件では、(報道によると)おそらく警察は次のような証拠について批判的検討を行ってきたのだと思われます。一応、それらを整理すると次のようなものが証拠として上がっていると思います。

  1. 犯行現場にかなりの数の吸い殻が落ちており、その一部について、今回の容疑者のDNAが一致した。
  2. 知人が容疑者から頼まれて車を貸しており、事件後に返却され、返却後に名義変更がなされている(証拠隠滅の可能性がある)。
  3. 犯人は被害者に対し、至近距離とはいえ銃弾4発を全て命中させ、所持品などに手を付けず逃走した(犯人は、銃の扱いにたけた人物による怨恨に基づく犯行の可能性が高い)。
  4. 容疑者は以前からヒットマンとして有名であった(容疑者のヒットマンとしての行動パターン、凶器の入手関係、事件後の組織内での処遇や生活状況など、彼の属性情報をある程度警察が把握している可能性がある)。
  5. 別に押収した盗難バイクが犯行時間帯に現場近くを走行しており、その際、九州地方のナンバープレートが取り付けられた不審な車が並走している。押収されたバイクには、銃を発射した際の硝煙反応が残っており、火薬の成分が検出された(九州方面に関係のある複数の者による犯行の可能性があり、バイクを運転していた者が実行犯である可能性がある)。
  6. 事件の前日、現場付近の複数の防犯カメラに容疑者らしい人物の歩く姿が映っていた(歩き方のデータ分析は「歩容分析」と呼ばれ、分析結果は元データの信頼性による)。
  7. 事件後に王将は反社会勢力との関係を調べる第三者委員会を設置し、その調査結果によると、過去に王将の創業者の次男と某企業グループとの間に200億円を超える不適切な取引があったことが判明した。今回の被害者はこの不適切な取引を解消しようと努力しており、その最中に殺害された(犯人は、この企業に関係する者から殺害を依頼された可能性がある)。

■まとめ

 本件ではさらに、証拠を幅広くさまざまな方面から収集して、慎重に分析する作業が行われることでしょう。

 とくに本件は、組織的な背景がある殺人事件の可能性が高く、その場合は、組織的な黒幕による共謀共同正犯が問題になってきます。だれが、どのようなかたちで、だれに殺人を命じたのかなどの、具体的な共謀の形成過程を詳細に明らかにするには限界がありますが、すでに判例はそのようなハードルを越えています(下記記事を参照)。しかし、これも客観的な情況証拠でどこまで固められるのかが問題です。

 なお、「犯罪の証明があった」というのは、数学の証明のように、少しの曇りもなく、百パーセント完璧に矛盾なく説明された状態ではなく、普通の人ならばだれでも疑いを持たない程度に真実らしいという確信を得た状態のことを言います。これを「合理的な疑いを入れない証明」と呼んでいます。

 言葉は難しいですが、要するに法廷に出された証拠を常識的に判断して、裁判官(裁判員)が被告人が犯人だと確信できるような心の状態になったということです。ひょっとして被告人は犯人ではないかもしれないという疑いが、それなりの根拠をもって生じた場合には、被告人を犯人だとする証明はなされていないことになり、無罪が言い渡されます。(了)

【参考記事】

工藤会幹部死刑判決をどう読むか(速報)(園田寿) - 個人 - Yahoo!ニュース

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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