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大麻使用罪に〈反則金〉をという人に確認したい―交通違反の反則金の支払いは任意なんですけど―

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:イメージマート)

 来年に新設されるかもしれない大麻使用罪について、規制するにしても刑罰を科すのではなく、道路交通法における反則通告制度を参考に、処罰の代わりにより緩やかな〈反則金〉にすべきだという意見がある。

 たとえば、時速30キロ以上の速度違反は罰金(刑罰)の対象となるが、時速30キロ未満の速度違反の場合は、通告された反則金を支払うだけで手続きが終了する。これは刑罰ではないので、もちろん前科はつかない。大麻使用罪においても、これと同じような制度にすべきであるというのである。

 この考え方を支持する人は多いようであるが、ちょっと確認しておかないといけない点がある。

 そもそも違反行為に対する基本的な制裁には、刑法で規定されている刑罰と、各種の行政法規で規定されている行政罰と呼ばれるものがある。たとえば、罰金や科料は財産刑という刑罰であり、過料は行政罰と呼ばれる制裁であって、刑罰ではない(科料を〈とがりょう〉、過料は〈あやまちりょう〉と読んで区別することがある)。両者の大きな違いは、刑罰の場合は令状による逮捕、黙秘権など、犯罪事実の認定と処罰の手続きが厳格であり、処罰されると前科がつく点である。

 これに対して過料は、たとえば転入届や転出届を行なわない場合のように、行政目的を達成するために定められた手続きを守らない私人に課せられるものであって、刑罰のような手続的制約がないし、もちろん前科にもならない。ただし、納付しない場合は、強制的に徴収される。財産刑の場合も、完納できない場合には裁判所が1日当たりの金額を決めて、労役場に留置され、作業を強制される。つまり、刑罰も行政罰も支払いは任意ではなく、強制である点に特徴がある。

 ところが、道路交通法に規定されている交通反則金は、支払うかどうかはまったく本人の任意なのである。別に払わなくてもよい。ただし、その場合は、正式裁判にかけられ、「6月以下の懲役又は10万円以下の罰金」という刑事処分に処せられるのである。

 もう少し詳しく説明する。

 道路交通法第22条1項は、「車両は、道路標識等によりその最高速度が指定されている道路においてはその最高速度を、その他の道路においては政令で定める最高速度をこえる速度で進行してはならない。」と規定している。そして、これに対する罰則は、「6月以下の懲役又は10万円以下の罰金」(同法118条1項)である。これが本来の速度違反に対する要件と罰則である。

 では、交通反則通告制度とは何か。

 交通反則通告制度とは、速度違反や駐停車違反など、道路交通法違反事件のうちで軽微で大量に発生するものについては、いきなり刑事手続きに乗せて処理するのではなく、その前に警察の行政的措置によって簡易かつ迅速に処理しようとする程度なのである。

 これは、大量に発生するものについて、いちいち刑事手続きを通して処理すると、あまりにも多くの時間と手間がかかり、国民にとっても不利益な結果となるし(手続的必要性)、大量の違反者に対してその違反の軽重を問わずにすべてに刑罰を科すことは、刑罰としての効果を薄めてしまうことにもなる(刑事政策的必要性)からである。

 具体的には、一時停止違反、駐車違反、時速30キロ未満の速度違反などの軽微な違反についてこれを「反則行為」とし、反則者に反則金の納付を通告し、それを納付すればその違反行為について正式の刑事裁判を行なわないという制度なのである。

 したがって、反則金の納付はあくまでも任意、払いたくなければ払わなくても構わないのである。ただし、その場合は、刑事裁判に移行するので、任意とはいっても一種の制裁金であることは間違いない。

 反則金は行政機関である警察(本部長)の通告にもとづいて納付し、その納付が任意とされていることから、刑罰である罰金や科料、あるいは行政罰である過料とも異なった制度なのである。

 話を大麻使用罪に戻す。

 現行の大麻取締法は、単純所持や譲受に対して5年以下の懲役、営利目的がある場合は、7年以下の懲役及び200万円以下の罰則が規定されている(栽培や密輸入などについてはさらに加重されている)。大麻の使用そのものを罰する規定が存在しないので、これを新たに設けるべきだという主張がある。

 大麻使用罪に関しては、いくつかの考え方があるが、大麻使用罪に(前科がつかない)穏やかな反則金制度を導入すべきだという考えは、結構支持者もいて、影響は小さくはないと思われる。

 この考えが、前科の付かない行政罰である過料という意味で主張されているならば、それも一つの考え方であるが、もしも上述の交通反則制度のような制度をイメージしたものならば、これは結果的に大麻使用を犯罪化することと同じことである(たとえば、大麻使用を最高で懲役3年とし、しかし反則金を支払えば刑事手続きは回避するといったイメージか)。議論が混乱しないためにも、この点は明らかにしておく必要があると思うのである。(了)

【余滴】

 速度違反は、主に他害性(事故)に関する抽象的危険が規制の根拠であるが、大麻の自己使用では、他害性より自傷性が問題になっている(アルコールの方が他害性も自傷性もはるかに強いというのは世界の常識)。したがって、「大麻使用に刑罰を科すべきだ」という主張は、たとえばリストカットを繰り返す者、処方薬を多飲(オーバードーズ)する者も「犯罪者とすべきだ」という主張と変わりがないのである。

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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