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汚職を生む「役得」という発想

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
いらすとやさんのイラストを使わせていただきました。

 「役得」という言葉がある。「その役目に従事しているために得られる余分の利得」(広辞苑)という意味だ。

 童謡の「ずいずいずっころばし」、だれでも小さい頃歌いながら遊んだ記憶があると思う。実は、これは江戸時代の役得を風刺した歌だった。

 歌に出てくる「茶壺」というのは、将軍家に献上するためのお茶を宇治に求める宇治採茶使と呼ばれる茶壺行列のことである。錫でできた茶壺を青竹で囲って、十数名の役人に護衛させて、江戸日本橋から東海道を下り、宇治までを往復する行列であった(三堀・後掲25頁以下)。

 一行は将軍家と同じ扱いが求められたので、宿は本陣、宿役人総出で歓待する。土産として出された小魚や海苔の下には小判が置かれる。これを東海道五十三次の宿場を1日1宿、泊まりながら旅を続けるのである。宇治へ着くと、茶壺の中に将軍家御用達の新茶を詰め込み、今度は御家来衆への土産として、たくさんの茶をもらって帰途につく。

 再び本陣を転々とし、50日ほどかけて江戸に帰るのであるが、本陣に泊まるたびに「御茶頂戴」という儀式が行なわれる。宇治で土産としてもらった将軍家の茶のお裾分けである。宿役人は、これに「冥加金」と称して小判を献上するのが習わしであった。

 このような例は他にも多くあったようで、たとえば江戸から派遣された長崎奉行が密貿易商からの袖の下で莫大な富を得たといわれている。町奉行や与力にしても、治下の商人たちが季節ごとに贈る金品は役宅の表玄関から持ち込まれたものであったならば受納しても差し支えないことになっていた。同心(与力の下の下級役人)にしても、当時規制の強かった見世物、湯屋、茶屋などからの付け届けは日常的にあり、中には「檀那場」(だんなば:本来は得意先の意味)として、若干の定給を受け取り、顧問(用心棒)のような関係になるものもあった。

 このような意味での「役得」は、日本に限らず、古今東西普遍的な現象であったと思われるが、日本での歴史を遡っていくと、中世における独特の「礼銭」という習わしに行き着く(桜井・後掲68頁以下)。

 中世の日本では、文書の発給や訴訟など、さまざまな場面で礼銭という習慣があった。いわば非公式の手数料である。つまり、公式の手数料という制度が存在しなかったので、公的な手続きには非公式の礼銭で報いていたのである。

 たとえば室町幕府の奉行は、激務でありながら所領や手当のない役職も多くあって、礼銭収入がいわば役職に付随する唯一の収入源だった。江戸時代になってようやく「役料」という役職手当が制度化されるが、限られた幕府財政の下、必ずしも十分なものではなかったと推測される。

 礼銭は贈与であり、賄賂と紙一重である。そして重要なのは、マネーロンダリングではないが、恒例化した贈与は、不正な賄賂を当然の報酬として綺麗な金に生まれ変わらせるのである。桜井は、賄賂社会とは、役職手当や公式の手数料の発想を根本的に欠いていた社会の必然であったという(同書には、興味深い事例が多数紹介されているが、割愛する)。

 役得は許認可権のある公務でとくに問題になるが、公務員に限られない。民間人でも、その職務上の意思決定に重大な利害が生じる場合、それに影響を受ける者が自己に有利な意思決定に導くために不当な利益を贈ることはある。ただし、これは競争の手段として広く許容されており、私企業の役職員の贈収賄は特別法で例外的に処罰される場合のほかは犯罪ではない。刑罰で禁止されるのは、公務員とみなし公務員に限られている。

 公務員の収賄は、国家に対する背任行為だという見方もあるが、現行憲法の下では、全体の奉仕者として不偏不党であるべき公務員が、不正な利益によって国政をゆがめることは国民の信託への重大な裏切行為であるというのが、贈収賄を処罰する根本だと思われる。これに対して私企業の幹部に例外的に贈収賄が成立するのは、不正の請託(依頼)が条件とされていることから、企業に対する背任の加重類型としての性格が強いのではないかと思われる。(了)

【参考文献】

  • 三堀博『賄賂罪汎論』1957年、武藤書房
  • 桜井英治『贈与の歴史学』2011年、中公新書
甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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