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安倍氏銃撃、もう一つの見方(追記)

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:森田直樹/アフロ)

 安倍氏銃撃の動機が何なのか、単独犯なのか組織的背景があるのかなど、重要な点が今後解明されていくだろうが、報道を見ていると、インタビューでこの凶行に対して「テロ」という言葉が使われることがあって、それがちょっと気になっている。

 テロとは、一定の政治的思想や信条を背景に、それを殺傷行為や破壊活動によって国家や社会に強要するために行なう凶行であるが、この犯人には、どうも背後にあるべき政治的要素が薄いような気がするのである。

 確かに選挙期間中に有力政治家に対する暗殺事件が国民の目の前で起こったわけで、その衝撃度はきわめて大きい。この時期に政策を有権者に訴えなければならない候補者や政党、またそれを選ぶべき国民に対する影響は計り知れないものがある。選挙運動のための残された時間を、やむを得ず自粛せざるをえない雰囲気である。その意味では、この凶行が民主主義に対する暴挙であり、きわめて卑劣で危険な犯行であることはそのとおりである。

 しかし、当初の報道によれば、犯人は安倍氏の政治信条に対する不満はなかったと述べているということである。安全保障や経済政策、福祉政策などに関する安倍氏や自民党の考え方、政策に対する不満が背景にあって、これが引き金になったのではないようなのである。

 では、動機は何か。

 おそらく、桜を見る会、森友・加計問題などの国家的スキャンダル、また安倍氏につながる人びとに関するさまざまな疑惑に対する司法の及び腰、疑惑があいまいなままに置かれていることに対する素朴な不満、失望が犯人の頭の中を占めていたのではないか。本件凶行は、本来正義を実現すべき司法に対する不満、失望がストレートに爆発した結果なのではないかと思えるのである。もちろん、司法制度も民主主義を支える重要な柱の1本である。その意味では、本件凶行が民主主義に対する暴挙であることには間違いないのだが。(了)

【追記】

 捜査が進むにつれて、犯行の動機に関して若干の情報が明らかになってきました。

 当初、本文後半部分のように、森友・加計問題などとの関連を指摘する意見が散見され、私もこれが主たる動機ではないかと思っていました。ところが、その後、容疑者が警察の調べに対して「特定の宗教団体」の名前を挙げて、〈この団体の信者である母親が団体に多額の寄付を行なって破産した〉ことに対する個人的な恨みが動機であった旨の供述を行なっているとの報に接しました。

 他にも複数のメディアが同じ趣旨の報道を行なっていますので、上記本文後半で書きました〈司法に対する不満・失望が動機ではなかったか〉という点は、修正したいと思います。

 なお、動機がこのように個人的な恨みであったということから、今回の銃撃には政治的な思想や信条が背景にあるものとは思えず、依然としてこれを「テロ」と見るのは不適切だと思っております。引き続き、捜査の進展を期待したいと思います。(2022年7月10日 15:15)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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