Yahoo!ニュース

他人をだまして元カレの家のピンポンを押させるのはストーカー行為か

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(提供:akaricream/イメージマート)

■はじめに

 たいへん珍しいストーカー事案が起訴されました。

 毎日新聞によると、被告人の女性(29)は、出会い系アプリで知り合った複数の男性らに自分の自宅だと偽って元交際相手の住所を教え、「私の家で一緒に飲もう」と誘って深夜や未明に訪問させたというものです。

毎日新聞:第三者利用し元交際相手をストーカー 「うちで飲もう」偽り訪問させた女性起訴(2021年1月30日)

 記事を読む限りでは、だました第三者を元カレの家に行かせる行為が、ストーカー規制法第2条1項1号の「つきまとい」に該当すると判断されたものと思われます。「つきまとい」とは、「常につき従って離れない。うるさくついてまわる。」といった意味です(広辞苑)。軽犯罪法1条28号に規定されている「つきまとった者」も同じ意味で、「執拗に追随する行為」と解釈されています。

(c) sonoda いらすとやさんのイラストを使用させていただきました。
(c) sonoda いらすとやさんのイラストを使用させていただきました。

 そこで、何も知らない複数の他人を被害者の元に行かせる行為がストーカー行為としての「つきまとい」と言えるのか、ということを考えてみたいと思います。

■間接正犯と自手犯

 この問題を考えるにあたっては、まず、「間接正犯」と「自手犯(じしゅはん)」という刑法学でよく出てくる言葉の意味から考える必要があります。

 ほとんどの犯罪は、単独犯かつ既遂をイメージして条文が作られています。ただ、単独犯として書かれた条文であっても、事情を知らない他人を使って犯すことは可能です。これが間接正犯と呼ばれている形態です。たとえば殺人罪(刑法199条)ですが、レストランのコックが、事情を知らないウエイトレスに毒入りの料理を運ばせて客を毒殺するような場合です。この場合は、何も知らない他人に「殺す」(毒入りの料理を食べさせる)という行為をさせていますが、ウエイトレスはいつもと同じように普通に料理を運んでおり、死という結果はコック自らが料理を差し出す場合と同じ確実性で起こると考えられますので、コックが殺人罪を犯していることに異論はありません。

 ところが、犯罪によっては犯人自らが行うことが絶対条件と考えられるような犯罪もあります。

 たとえば、あへん煙を吸い込む〈あへん吸食罪〉(刑法139条)や証人が宣誓することが条件の〈偽証罪〉(刑法169条)、拘禁されている被疑者被告人が逃げる〈逃走罪〉(刑法97条)などがそうです。あへん吸食罪では、自らあへん煙を吸い込む行為が犯罪行為ですから、他人に吸い込ませる行為は共犯として処罰されます。偽証罪も、宣誓した本人しか犯すことができませんので、他人を介して偽証罪を犯すことはできません。逃走罪は、拘禁された本人が逃走することが要件です。このような犯罪は自手犯(じしゅはん)と呼ばれています(ただし異論はあります)。無免許運転や飲酒運転などもそうです。他人を介してこれらの犯罪を犯すことはできません。

 ただ、当該犯罪が自手犯なのかが明確に判断できないものもあります。

 たとえば、住居侵入罪(刑法130条)。「侵入」とは物理的に身体を他人の住居や敷地内に入れることなので、他人を介して行うことは不可能なように思えますが、住居の平穏を害する立入りや管理権者の意思に反する立入りを処罰するのが住居侵入罪ですので、事情を知らない他人をだまして立ち入らせることも「(犯人が)侵入した」と言えます。

 また、収賄罪は公務員しか犯すことができない犯罪ですが、事情を知らない他人を利用して賄賂を受け取りに行かせた場合には当然のことながら収賄罪が成立します。公務員自らが文字通り自らの手で「受け取る」必要はありません。

 このように、条文に書かれている文言だけからは自手犯かどうかが判断できない犯罪があり、その場合はその条文がなぜ設けられているのかといった観点からも判断されることになります。

 本件も以上のような観点から判断しなければならないと思います。

■一つの考え方

 では、本件で問題になっている行為は事情を知らない第三者を利用した間接正犯として犯すことが可能なのでしょうか、それとも間接正犯の形態が不可能な、犯人自らが実行することが必要な自手犯なのでしょうか。

 ストーカー規制法は、「待ち伏せ」、「立ちふさがり」、「(住居や職場などへの)押し掛け」、「(住居付近などを)うろつく」(以上、同法2条1項1号)といった行為のほか、監視していることを「告げる」(2号)、面会等の「要求」(3号)、無言電話(5号)、メールの「送信」(5号)、汚物等の「送付」(6号)などの行為を規制しています。

 これらの行為のうちで、「見張る」、「告げる」、「要求する」、「無言電話をかける」、「送付(送信)する」といった行為などについては、文言から判断して、必ずしもストーカー自身が行わなくとも事情を知らない第三者をだまして行うことは可能ですが、しかし、本件の「つきまとい」がこれらの行為と同じかといえば、少し違和感があります。

 そもそもストーカー規制法は、それじたいを取り出せば(無言電話をかけるとか、後をついて行くといった)些細な行為であって明確に犯罪として認識することが難しいけれど、その行為の繰り返しが被害者の不安を深め、生活を決定的に狂わせ、最悪の場合には殺人にまでいたるという、不気味な行為に対処するために制定された法律です。

 そこで、危険な行為を未然に防止して、被害者の「身体、自由、及び名誉に対する危害の発生を防止」(第1条)することがストーカー規制法の目的の一つです。

 このような点から本件の行為を考えると、事情を知らない第三者が被害者宅を訪問すれば確かにトラブルにはなりますが、しかし背後のストーカーはその場にいないのですから、そのトラブルがそのまま被害者の生命・身体の危険にまで発展するとは考えられません。したがって、本件のような行為がストーカー行為として禁止される「つきまとい」といえるのかは疑問だと思います。法改正を検討すべきでしょう。

 なお、「待ち伏せ」、「立ちふさがり」、「押し掛け」、「うろつく」といった行為も、事情を知らない他人を介して行うことはできず、ストーカー自身が行うことが想定されているのではないかと思います。(了)

参考ニュース

GPS機器悪用したつきまとい相次ぐ ストーカー規制法改正へ

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

園田寿の最近の記事