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児童に対する性犯罪を整理してみました

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は本文と関係はありません。(写真:アフロ)

■はじめに

 現在、18歳未満の児童に対する性犯罪には多くのものがありますが、それらを処罰する条文はかなり複雑になっています。中には重複するようなものもあり、条文の解釈、適用も混乱していると思われるようなこともあります。

 そこで、議論を整理する意味からも、児童に対するこの複雑な性犯罪規定をわかりやすく整理してみました(資料的な価値はあるのではないかと思います)。

■児童に対する性犯罪にはどのようなものがあるのか

 児童に対する主な性犯罪は、刑法児童買春処罰法児童福祉法売春防止法健全育成条例などにおいて規定されています。

 これらを一覧表にしたものが次の表です。

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 また、それぞれの法定刑(懲役刑)の重さをイメージ的に比較したものが次の表です。

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 以下、これらの犯罪規定について見ていきます。

■刑法上の罪

強制わいせつ罪(刑法176条)

 暴行・脅迫をもって、わいせつな行為を行う犯罪です。ただし、13歳未満の児童の場合は、暴行・脅迫がなくとも成立します(つまり、13歳未満の児童の性的同意能力はないとされています)。

 暴行とは、「不法な物理力の行使」ですが、反抗を封じるほどの程度に達する必要も、強姦罪のように反抗を著しく困難にする程度に達する必要もなく、力の大小強弱は必ずしも問われません(判例)。また、脅迫とは「加害の告知」ですが、その程度については暴行の場合と同様に、被害者の意思に反してわいせつ行為を行うに足りる程度であればよいものと解されています。

強制性交等罪(刑法177条)

 暴行・脅迫をもって、被害者に対して性交等を行う犯罪です。

 暴行・脅迫は、被害者の反抗を著しく困難にする程度のもので足り、反抗を不可能にする程度に達する必要はありません。ただし、それは、暴行・脅迫の態様のほか、時間的・場所的状況、被害者の年齢・精神状態等の諸般の事情を考慮して客観的に判断されます。

 また、軽い暴行であっても、実際には脅迫的効果が大きい場合が考えられますので、暴行それじたいを見れば「反抗を著しく困難にする程度」とはいえない場合であっても、強制性交等罪が認められるケースは少なくありません。

被害者の同意について

 13歳未満の被害者に対する場合を除き、被害者の真意に基づく同意があれば、強制わいせつ・強制性交等罪は成立しません。

 被害者の同意は、犯罪行為を正当化する事由ですから、同意があると誤信した場合には、(自分の行為が犯罪だとは思っていないので)故意を欠くことになります(無罪)。ただし、その誤信には合理性が必要です。

 同意は、黙示の承諾(消極的同意)でも構わないとされていますが、同意がその場逃れのための真意に基づかないときは、同意する旨の言動があったとしても、同意があったとはいえません。

 同意は暴行・脅迫の開始時に存在していることが必要で、たとえば、ホテルに行くことには同意していても、現実の性行為の段階で被害者が拒否しているならば、それは同意に基づく性行為ではありません。

準強制性交等罪(刑法178条)

 これは、被害者が生理的・心理的に抵抗が著しく困難な状態で性行為を行う犯罪です。

 過去の裁判例では、「医療行為と誤信」、「就職あっせんのための身体検査と偽って被害者を全裸にした」、「被害者が姦淫を拒めば近親者が性的不能に陥ると誤信させ、性行為に及んだ」、「英語のレッスンのためのリラックス法であると誤信させ、下着姿にした」、などの有罪例があります。

 ただし、詐欺的手段、例えば、結婚の約束や金品の贈与の約束等によって、主観的には抵抗できないような状態になったとしても、それは動機の錯誤に過ぎず、客観的には性交を承諾しないことも可能な状況にあったと認められますので、本条には該当しないとするのが判例の考え方です。

監護者わいせつ及び監護者強制性交等罪(刑法179条)

 加害者と被害者の間に親子関係等の身分関係に基づく支配・被支配関係がある場合、加害者の性的行為に対して抵抗することが心理的に非常に困難であることが少なくありません。本条は、そのような地位・関係性を悪用して行う悪質な性行為に対し、18歳未満の被害者を厚く保護するための規定です。

 要件は、18歳未満の者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じて、わいせつ行為をすること(1項)および性交等をすること(2項)です。

 特徴は、手段としての「暴行・脅迫」が不要であるとされたことです。これは、上のような身分関係が背景にあるときは、抵抗が非常に困難な状況にあると考えられるからです。

淫行勧誘罪(刑法182条)

 営利の目的で、淫行の常習のない女子を、勧誘(対価の提供、偽計等)して姦淫させるという犯罪です。内容的には、「良家の子女を守る」という、かつての古い「貞操保護思想」から設けられた犯罪規定であり、今ではその存在意義は疑わしくなっています。

 淫行とは、手段・動機において健全な性道徳からは許容されない種類の性行為のことを意味します。

■児童買春処罰法

児童買春罪(4条)

 本法は1999年に制定されました。当時の世界的な児童買春ツアーや、国内での女子高生などの「援助交際」など、いわゆる「性の商品化」に警鐘を鳴らし、児童を保護する目的で制定されました。

 児童買春とは、18歳未満の児童やその保護者らに対し、対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等を行うことです。

 対償とは、児童が性交等をすることに対する反対給付としての経済的利益であり、現金のみならず、物品、債務の免除も、「対償」となります。金額の多寡は問われません。

■児童福祉法の犯罪

 本法は、児童の福祉に関する総合的・基本的な法律として1947年に制定されました。戦前の、保護を要する児童への対策といった考え方を見直し、日本国憲法にある基本的人権の尊重などの新しい理念を取り入れ、すべての児童の健全育成、自立、福祉増進を積極的に目指すことを目的としています。

淫行させる罪(34条1項6号)

 「淫行」とは、性道徳上、非難に値する性交、またはこれに準ずべき性交類似行為のことです。当該性行為をその動機、目的、態様および結果等について、全体的に観察し、その時代における平均的な倫理感に照らして決すべきものとされています。

 「させる」とは、犯人以外の第三者を相手方として淫行をさせる場合のほか、犯人自らも淫行の相手方となった場合も含まれます。

 どの程度の働きかけを必要とするかについては、児童に淫行を強制したり、勧誘して淫行させる場合に限らず、児童の自発的な意思に基づく場合でも、これに直接たると間接たるとを問わず、児童に対し事実上の影響力を及ぼして児童の淫行を助長し促進する行為があれば足ります。

淫行させる罪の具体例

  • 雇用関係や身分関係がある場合

 風俗店などの経営者等が、雇用関係や身分関係などで児童を支配している場合には、そのような関係にあることだけで児童の意思を事実上支配しうる場合が多いので、児童が個々の淫行を自発的な意思で行う場合でも、淫行の場所・設備や衣裳等を提供することによって児童の淫行を助長し、援助している場合が少なくありません。

  • 雇用関係や身分関係がない場合

 最高裁(後述)が条例の淫行罪について限定的な解釈をしたので、雇用関係や身分関係のない場合には、どの程度の関与行為をもって児童に事実上の影響力を及ぼしてその淫行を助長し促進する行為といえるかについては微妙な問題があり、明確な線引きを行うことは実際としては難しい問題です。

  • 児童買春罪との区別

 経済的対償の供与・約束を前提とする児童買春罪との区別も明確に線引きすることが難しいですが、一般には児童に対する支配関係が強い場合に本罪が成立すると解さざるをえません。

■青少年健全育成条例上の犯罪

 現在では、47都道府県すべてにおいて整備されていますが、この条例は、わが国における青少年保護法制に重要な役割を果たしてきました。内容的には、有害環境の調整青少年への有害行為の規制が基本的な柱であり、当初は、それぞれの地域的な特性に応じて、地域の青少年問題への対応を、地域住民と行政とが中心になって策定するという理念をもっていましたが、情報環境の劇的変化に伴って今では根本的な見直しが必要だと思われます。

淫行罪

 すべての条例においていわゆる「淫行罪」が処罰されています。ただ、具体的な犯罪規定の内容はさまざまで、以前はその内容のあいまいさから合憲かどうかが問題になっていましたが、最高裁が昭和60年10月23日大法廷判決において、淫行を限定的に解釈することを前提に、淫行規制は合憲であると判断し、これが当時淫行規制をもたなかった自治体に規制の方向で強い影響を与えました。

最高裁昭和60年10月23日(福岡県条例合憲判決)

 本件では、26歳の料理店員が16歳の女子高生とホテルの一室にて性交渉をもったことが、当時の福岡県青少年保護育成条例10条1項の禁ずる「淫行」に該当するとして起訴されました。

 これについて、最高裁は、「淫行」とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきものではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解するのが相当である、と判示して、淫行規制が合憲だと判断しました。

 ただし、これには3名の裁判官の反対意見があり、淫行規制条項は、刑罰法規の明確性の原則に反し、違憲・無効だとしています。

 現在の条例における淫行処罰の要件に関する都道府県別の違いは、次の図のようになっています。

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■まとめ

 児童に対する性犯罪規定には、以上のようにさまざまなものがあり、それぞれ、その都度社会的な要請に応じて制定されてきました。しかし、社会環境が大きく変化して、犯罪類型として重複するものも出てきており、解釈上の困難をきたしているものもあります。

 また、平成29年に性犯罪規定が大幅に改正されたことから、児童に対する性犯罪を含めて、すべての性犯罪規定について抜本的に見直し、整理する必要があると思います。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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