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JOC会長の贈賄疑惑 日本ではどうなるのか

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
(写真:アフロスポーツ)

■はじめに

 東京五輪・パラリンピックの招致委員会理事長を務めていた、日本オリンピック委員会(JOC)会長竹田恒和氏による国際オリンピック委員会(IOC)への組織的な贈賄(私人に対する贈賄罪)疑惑が問題になっています。招致委員会はすでに解散していますが、竹田氏は現在は、(招致委員会とは別組織である)東京大会の運営を担う組織委員会の副会長を務めています。

 招致委は20年大会の開催地が東京に決まった13年、シンガポールのコンサルタント会社「ブラック・タイディングス」にコンサル料として2回にわたり計約2億3千万円を支払った。仏検察はコンサル料の実態は国際オリンピック委員会(IOC)関係者への賄賂だとみて、贈収賄などの疑いで捜査を始めた。

 一方、疑惑を受けてJOCが設置した調査チームは16年8月、コンサルタント会社にはロビー活動などの業務実態があり、コンサル料について「違法性はない」とする報告書をまとめた。

出典:日経新聞(2019/1/11 18:25)

 日本の刑法では、海外で行われた贈賄行為であっても処罰できます(刑法第3条6号)が、贈賄の相手方はあくまでも「(日本の)公務員」であり、一般私人への「贈賄行為」はそもそも犯罪にはなりません。不正競争防止法第18条は、とくに外国公務員等に対する贈賄行為を処罰していますが(法定刑は、5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金、又は併科)、「国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るため」であることが必要であり、しかも、国際オリンピック委員会は国際機関ではなく、非政府組織(NGO)で非営利団体(NPO)ですから、この「外国公務員等」にも該当しません。

 そうすると、問題は日本では処罰されないフランス国内での行為についてであり、本件がかりにフランスで有罪になったとしても、日本国内の問題としては倫理的な問題だけが残るということになりますが、しかし、日本の刑法の問題はなにも生じないのかといえば決してそうではありません。というのは、本件は、日本では背任罪になる可能性があるからです。

■組織的な贈賄は背任罪

 背任罪が成立するためには、他人から事務を任された者が、自己や第三者の利益を図ったり、本人への加害を目的として、任された任務に背く行為を行って、その結果財産的な損害が生じたことが必要です(刑法第247条)。

 何が任務に背く行為(任務違背行為)であるかについては議論があり、法令や定款、倫理規程などに違反したからといってただちに任務違背行為となるわけではありませんが、少なくとも贈賄行為や公序良俗に反する行為は原則として任務違背行為になるといってよいでしょう。

 贈賄に関していえば、企業の取締役が役人に賄賂を贈ることによって官庁からの契約を受注したり、許可や認可を得やすくするなど、結果的に会社の業績を向上させるということは実際には考えられることであり、その場合、役員等による組織的な贈賄行為は、会社のためを思う行為であって、結果的に会社に財産上の損害を与える行為とはいえないのではないかといった意見があります。

 しかし、これについては、(刑事事件ではありませんが)すでにいわゆるゼネコン汚職に関する判決があり、東京地裁平成6年12月22日判決が、(1)取締役が本当に会社のためを思うならば、法令や定款に違反することを行ってはならないし、(2)贈賄行為による支出は(返還請求できない不法原因給付だから)それじたい会社の損害であり、(3)不正に支出した会社の資金は、取締役が会社に返還すべである、ということを確認しています。

 この裁判では、被告の元常務側は、「贈賄行為が現実に会社に利益をもたらした」、「贈賄をしなければ仕事を取れない状況下にあった」などと、「組織の論理」を前面に押し出しましたが、判決は「贈賄は公序良俗に反する行為であり、賄賂の額が会社の損害となる」と、贈賄がいかなる場合にも正当化し得ないことを明快に断じました。

■まとめ

 本件では、かりにフランスの裁判所で贈賄行為が認められたとしても、それとオリンピック・パラリンピックの東京への誘致と因果関係があったのかどうかは分かりません。また、日本の刑法では贈賄はあくまでも「公務員」に対する犯罪行為ですから、上の東京地裁判決の論理がそのまま適用されるわけでもありません。しかし、その行為が日本の刑法では贈賄行為にはならないとしても、フランスで犯罪行為だと認定されたならば、少なくとも公序良俗に反する行為であることは否定できないと思われます。五輪を招致するためであったという組織的な目的があったとしても、それはその行為を正当化する理由にはなりえません。その場合は、本来支出すべきではない資金が不当に支出されたわけですし、実際に財産上の損害が生じたといえます。フランスの裁判所が本件行為を贈賄行為だと認めたならば、日本の刑法の問題として背任罪の成否が非常に重大な問題として議論されることになるでしょう。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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