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2020年一番伸びたYouTuberのヒットの秘密!鬼教官から「鬼共感」へ…変えた宅トレ動画の常識

谷田彰吾放送作家
YouTubeより

 猛威をふるう新型コロナウイルス。緊急事態宣言が長く続き、自宅で過ごす時間が増え、私たちの生活は一変した。

 そんな中、ニーズが高まったのが自宅でトレーニングする「宅トレ動画」だ。コロナ禍で家にずっといると運動不足になってしまう。でも、ジムに通うと感染が心配だし…という需要から、この1年半でYouTubeの超人気ジャンルになった。自分の好きなYouTuber(インストラクター)のトレーニング動画を見ながら一緒に体を動かす。

 その宅トレYouTube界の頂点に立つのが、竹脇まりな。YouTube Japanが発表した「2020 年の一年間でチャンネル登録者数を伸ばしたチャンネルランキング」にて、芸能人やアスリートを除くと1位になった(芸能人やアスリートを含めた全体のランキングでは3位)。登録者数は、266万人。動画の総再生数は、6億回を突破(どちらも2021年8月現在)。しかも、実質この1年半で数字を急増させている。今やテレビでも帯番組を持ち、NHKのドキュメンタリー番組『プロフェッショナル仕事の流儀』にも出演。コロナ禍で人生を変えたことから「令和のシンデレラ」と呼ばれる。

 竹脇とは、どんな人物なのか? 31歳の元ヨガインストラクターで、結婚を機にニューヨークへ移住。動画投稿を始めた。当初はアメリカでの生活ぶりを投稿していたが、徐々にトレーニング動画にシフト。簡単なダンスをベースにした動画は誰でも取り組みやすいと評判になり、コロナ禍のニーズに乗って大ブレイクした。

 だが、ヨガインストラクター時代は鳴かず飛ばずで、仕事が全然なかったのだという。しかも、宅トレ動画は彼女が発明したわけでもなく、類似動画はまさに無数に存在する。では、どこにでもいるヨガの先生が、なぜ時代の寵児になれたのか? その裏には、あの「ビリー隊長」が作り上げた宅トレ動画の常識を根底から覆すヒットの秘密があった。

 宅トレという文化は、今に始まったものではない。その先駆けと言えるのが、2005年に一世を風靡した『ビリーズブートキャンプ』だ。アメリカ軍出身のビリー隊長がやってみせるトレーニング映像に従って運動する。7日間の短期集中型のエクササイズで、DVDは150万本を売り上げる大ヒットとなった。構造は竹脇の動画と全く同じ。しかし、竹脇はこの『ビリーズブートキャンプ』を現代版にアップデートした。キーワードは、鬼教官から「鬼共感」へのシフトである。

 『ビリーズブートキャンプ』は典型的な軍隊式のトレーニングだ。筋骨隆々のビリー隊長が10人ほどの生徒達を引き連れて登場。スタンスとしては「俺の指示に従え!そうすればお前らの体を俺のようにしてやる!」という超上から目線。まさに体育会系、「鬼教官」という言葉がふさわしい。しかし、竹脇のスタンスは全く違う。「トレーニングってきついよね。私もきつい。でも頑張るから、あなたも一緒に頑張ろう!」というユーザーと同じ目線で展開するのである。

 竹脇とビリー隊長が決定的に違うのは、トレーニング中の声かけだ。ビリー隊長はとにかくよく喋る。「これは戦いだ!」「疲れても続けろ!」「声を出せ!」という厳しい言葉から、「お前ならできる!」「続けていれば必ず勝てる!」といったものまで、トレーニング中はひたすら熱く鼓舞してくる。当時はそのワーディングがウケてDVDはヒットした。

 しかし、竹脇はトレーニング中は喋らない。動画の冒頭で「お疲れ様です!一緒に頑張りましょう!」と一声かけるのみ。押しつけがましさが全くない。「ハラスメント」という言葉が常識となったこの時代に、見事にアジャストした温度感なのだ。それでいてユーザーを放置するかといえば、そうではない。テロップで常に気分を盛り上げてくれる。そのワーディングが秀逸なのだ。「うまくできなくてもいいよ!」「リズム感0でもOK!」「動いてるだけですごい!」と底辺からフォローしてくれる優しさ、「変な顔になっても大丈夫!誰も見てないよ!」という宅トレならではのテロップもある。そして、キツイ場面では「ぬおおおおおおお!」などの感情むき出しのテロップが入ることもある。これはもはやユーザーの心の声。それを発信者である竹脇が表現することで感情を共有している。動画を一方的に見せるという意味ではビリー隊長と同じだが、竹脇はユーザーと双方向のコミュニケーションをとっているのである。

 そして、斬新なのはトレーニング中の竹脇の表情だ。動画の後半になると、ちょっとキツそうなのである。普通、先生は疲れを顔に出さない。説得力がなくなるからだ。当然、ビリー隊長は鬼教官の立ち位置なので、常に毅然とした態度をとっていた。だが、竹脇はキツイ時はキツイ表情をする。やり切ったらものすごく嬉しそうな顔をする。感情の揺れ動きが、ユーザーと全く同じなのだ。だからもう先生ではなく「フィットネスに詳しい友達」という感覚になる。

 あまりルックスのことを書くのはよろしくないご時世なのかもしれないが、あえて言うなら竹脇の身体にもヒットの秘密が隠されている気がする。竹脇は「リアルに目指せそうな身体」をしているのだ。腹筋がバキバキに割れているわけではなさそう。二の腕もちょっとある。でも、もちろん太いわけではなくて、適度な筋肉で引き締まった健康的なボディラインに見える。ユーザーは「こういう身体になりたい!」と思うだろう。

 これらが、鬼教官ならぬ「鬼共感」と書いた理由だ。竹脇は教官でありながらユーザーと同じ立場に立って「共感」できるようにアップデートした。その行き届いた細かなクオリティが、無数にある宅トレ動画の中から抜きんでた理由だ。

 実は筆者も竹脇の動画でこっそりと宅トレをしている。フィットネスやダイエットに興味のない人にも、ぜひ一度見て欲しい。なぜなら現代ビジネスにおいて非常に大切な「共感」のポイントが、数多く散りばめられているからだ。「共感」はYouTubeやSNSでバズるための必須要素と言われている。竹脇の動画は身体のトレーニングだけでなく、ビジネスのトレーニングにもなると、私は思う。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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