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「勉強不足のバカライター」なぜ松本人志は視聴率報道に怒ったのか?視聴率の先にあるテレビの本当の危機

谷田彰吾放送作家
松本人志Twitterより

 笑いの神は、驚くほど強い言葉でこう批判した。

「これぞ勉強不足のバカライター。コア視聴率はしっかりとってる。じゃないと第二弾あるわけない」(Twitterより)

 言葉の主は、あの松本人志だ。”勉強不足のバカライター”というパワーワードからして、ご立腹の様子が見てとれる。松本レベルのタレントならば、自分の影響力がいかに大きいかを当然わかっている。「バカライター」という汚い言葉を口にすれば、たちまち騒ぎになることも承知の上だ。それでも一石を投じたかったのだろう。その話題とは何か?「テレビ番組の視聴率に関する報道」についてである。

 上記のツイートは、8日に放送されたバラエティ番組『千鳥の相席食堂 ゴールデンSP』(ABCテレビ)の視聴率が低かったというネットニュースに対する反論だ。その記事は、同番組の視聴率が5.8%で苦戦したことを強調する内容だった。

 これだけ見ると、多くの人が「そこまで目くじら立てること?」と思われるかもしれない。視聴率が高いだの低いだのというニュースはこれまでも散々報じられてきた。では、なぜ天下の松本人志がわざわざ苦言を呈したのか?それは、記者が扱った視聴率が、今のテレビ界ではほとんど使われていない「世帯視聴率」だったからである。

 実は松本、”バカライター発言”をする直前にも、ある報道に噛みついていた。自身が出演した番組の世帯視聴率が6.8%と報じられたことについて、こうツイートしたのだ。

 「キングオブコントの会は内容的にも視聴率的にも大成功でした。ネットニュースっていつまで“世帯”視聴率を記事にするんやろう?その指標あんま関係ないねんけど。。。」「コア視聴率が良かったんです。コア視聴率はスポンサー的にも局的にも世帯視聴率より今や重要な指標なんです。そのコア視聴率が3時間横並びでトップやんたんです」(原文ママ)

 テレビ業界人じゃない人は、このへんで理解できなくなるだろう。「コア視聴率?世帯視聴率?同じ視聴率じゃないの?」と。そこで、今の視聴率事情をしっかりとわかっていただきたい。そうすれば、松本がなぜつぶやいたのかがよく理解できる。そして、その向こう側には、テレビの本当の危機が見えてくる。

 まず、これまで視聴率として報じられてきたのは「世帯視聴率」だ。”世帯”という言葉通り、何軒の家が見ていたかを表している。つまり、10軒中2軒の家が見ていれば、その番組の世帯視聴率は20%ということだ。しかし、これはあくまで世帯の話で、10人家族だろうが3人家族だろうが同じ扱い。10人家族の中で1人が見ようが、3人家族が3人で見ようが、同じ「1世帯」としてカウントされる。見ている人の年齢も関係なかった。

 視聴率は広告効果を証明するためにあるはずなのに、それではあやふやだ。そこで2020年春、より精度の高い新たな指標が導入された。それが「個人視聴率」だ。単純明快、番組を何人が見たかわかるようになった。仮に10軒の家が全て3人家族ならば、全部で30人。この場合、6人が見れば20%となる。ちなみに、世帯視聴率で20%を取るには、最低2人見ればいい。それだけ大きく違うのだ。

  個人視聴率が導入され、テレビ局は大きく変わった。個人それぞれの年齢がわかるため、広告主としてはターゲットを絞りやすくなったからだ。簡単に言えば、レースのルールが変わったのだ。

 世帯視聴率を獲得するには、テレビをよく見る60歳以上の高齢層が楽しめる番組を作ればよかった。だが、高齢層は購買意欲が低いため、スポンサーがつきにくかった。そこで、個人視聴率になってからは、各局が購買意欲の高い40代以下に向けた番組を制作するように方針転換した。高齢層向けと若年層向けでは内容がまるで違うのは言うまでもない。

 これで世帯と個人の違いはわかっていただけたと思うが、松本がつぶやいた肝心の「コア視聴率」とは、いったい何なのか?

 コア視聴率とは、各局が独自に設定したターゲット層に対する視聴率を指す。たとえば、松本が言及した『キングオブコントの会』を放送したTBSでは、4〜49歳の個人視聴率が「コア視聴率」に該当する(細かい名称は各局で違うが)。ちなみに、日本テレビやフジテレビは13〜49歳だ。今や、ほぼ全てのテレビ局がこの「コア視聴率」を目標にしている。もはや世帯視聴率を見ていない局もあるほどだ。最近、お笑いのネタ番組やコント番組が増えたり、ジャニーズや坂道グループのアイドルが多く出演しているのはこの影響だ。

 つまり、松本はこう言いたかったのではないか。レースのルールが変わったのに、新聞社などが今も世帯視聴率を報じて、さも低調に終わったかのように印象付けるのは違う、と。

 私もテレビの現場で働く放送作家として、同じ意見だ。たしかに、ゴールデンタイムのバラエティで世帯視聴率6.8%は、かつての基準では不合格だ(多くの局が10%を目標にしていた)。だが、上記の通り、高齢層向けと若年層向けでは作りが全く違う。今の番組は若年層向けに作っているのだから、世帯視聴率が低くなるのは当然。にもかかわらず過去の基準と照らし合わせて、「あの松本人志が一桁」と言わんばかりに報じるのは違和感を覚える。

 私はそもそも、視聴率を報道すること自体どうかと思っていた。高視聴率を報じるのはまだしも、低視聴率を伝えたい理由は何なのか?「低視聴率=つまらない」というレッテルを貼られ、次回以降見てもらえなくなるのは目に見えている。タレント生命にも大きく関わる。何人もの大人が必死になって作った番組の足を引っ張って何の得があるのかと言いたい。失敗を報道した方が簡単にビュー数を稼げるからだろうが、ならばせめて、記者が自分の名前と責任において、なぜ失敗だと思うか考察をつけ加えてもらいたい。

 話をテレビ業界の未来に移そう。コア視聴率へのシフトは、直近のテレビにとってプラスだろう。しかし、5年後10年後を見据えるならば、もっと違う目標に向かうべきだ。極論を言えば、視聴率を捨てた方がいい。

 NHK放送文化研究所が行っている世論調査「国民生活時間調査」で、若者のテレビ離れがさらに進行したことが明らかになった。1日に15分以上テレビを見る人の割合が、10〜20代で激減。中でも、男性20代と女性10代では50%を切った。テレビ離れは深刻だ。正直、もう取り返しのつかないところまで来ているかもしれない。その背景には、世帯視聴率時代に各局がとった戦略が影響している。

 2010年代に入り、広告収入が減少しつつあった各局は、世帯視聴率を獲得するために高齢層にうける番組を乱立させた。その結果、ゴールデンタイムからアニメが消え、コント番組が消え、ドラマは医療と刑事モノばかりになり、子供が楽しめる番組が減っていった。そこにテレビの本当の危機がある。「テレビは楽しい」という原体験がない子供たちが大人になった時、果たしてテレビに期待してくれるだろうか?彼らが就職する時、テレビ局で働きたいと思うだろうか?優秀な人材が入ってこなければ、業界は確実に廃れる。(ちなみに、マイナビの2021年版就職人気企業ランキングでトップ100に入ったテレビ局はNHKのみ)

 取り返しがつかないと書いたのは、すでにその世代の子供たちが大人になりつつあること。そして、強力なライバルがひしめき合っているからだ。Netflixなどの有料動画サービスの利用は急増した。アニメもドラマも、一気に見られる。続きを見るのに1週間も待たなければならなかったり、好きな時間に好きな場所で見られなかったり、いいところで関係のない広告を見せられることはない。テレビを凌駕する制作費で作られたコンテンツは品質も高い。正直、テレビが勝てる要素がなかなか見つけられない。

 Netflixは会員の課金によって成り立っている。ユーザーを楽しませれば儲かり、新たなコンテンツに投資できる。だからアダルトビデオ業界を題材にした『全裸監督』のような攻めた作品が作れる。一方、テレビ局は広告収入がメインだ。そのビジネスモデルでは、スポンサーのつきやすい番組をやるしかない。だから『全裸監督』は作れない。テレビ局はもはや、誰のために番組を作っているのだろうか?広告に依存し続ける限り、このねじれは続く。

 実は、これだけネットに押されていても、テレビ局は広告枠を増やすという時代と逆行した戦略をとっている。90年代と10年代を比べると、なんと30分以上も広告出稿が増えているという。つまり、枠の単価を下げて、多く売っているのだろう。ユーザーにとっては不利益しかない。もうそんなことをしている場合ではないのではないか。

 「テレビはつまらなくなった」と言われるが、今もテレビ局は国内トップクラスのコンテンツメーカーだ。その強みを活かすべく、広告ビジネスから早く抜け出して、IPや有料コンテンツ、新規事業の開発にたくさんのリソースを割くべきだ。外部の血を積極的に入れるのも手だ。すでに転換を始めた局もあるが、ブランド力があるうちに、もっと人も金も投入して欲しい。生き残りをかけた戦いは始まっている。

 テレビ業界の末端にもかかわらず、生意気を言ってるのは百も承知だ。それこそ、テレビのピンチを伝える記事を書いて意味があるのかと悩みもした。だが、自分を育ててくれたテレビ局には少しでも盛り返してもらいたいと思い、書かせてもらった。この記事によって何かが少しでも変われば本望だ。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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