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加藤浩次の独立で考える、大手事務所と個人事務所の『この差って何ですか?』

谷田彰吾放送作家
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 極楽とんぼの加藤浩次が、吉本興業とのエージェント契約の終了を『スッキリ』(日本テレビ系)で報告した。加藤側から申し出たのであれば普通の独立だったのだろうが、吉本側からだったと判明したことで、ネットニュースでは「粛清が始まるのでは」と憶測が飛び交っている。世間では、加藤がMCを務める『この差って何ですか?』『SUPER SOCCER』(ともにTBS系)が3月で終了することを圧力によるものだと見る人もいるようだ。本当にそんなことがあるのだろうか?

 去年から相次いでいる芸能人の事務所独立。ジャニーズ事務所からは中居正広、オスカープロモーションからは米倉涼子ら、大物が次々と長年在籍した事務所を離れた。その流れは芸人界にも波及。吉本興業からオリエンタルラジオの中田敦彦と藤森慎吾、キングコングの西野亮廣が立て続けに退所した。そんな中、今回の加藤浩次である。

 事の発端は、2019年に宮迫博之らが起こした闇営業騒動だった。加藤は騒動を巡って、吉本の経営陣を批判。その後、専属マネジメント契約からエージェント契約への変更を自ら提案した。しかし、わずか1年半後に契約終了が決定。独立の運びとなった。

 加藤は今後、個人事務所を構えて活動していくようだ。すると皆さんは、「大手事務所と個人事務所、この差って何ですか?」と思うかもしれない。個人事務所のメリットとデメリットを考えてみよう。

 大手との大きな違いは主に、「営業力」と「影響力」だ。吉本興業の社員数は、800人を超える。一方、個人事務所はマネージャーのみということも多い。番組やCM、イベント出演の獲得など、営業にかけられるマンパワーは比較にならない。人の数はコネクションの数にも直結する。

 また、大手の看板による影響力も無視できない。大手には歴史があり、発注する側も大手に対しては様々な意味でリスペクトを持って対応する。時に過剰ではないかと思うこともあるが、それが影響力なのだろう。例えば、番組が打ち切りになっても別の番組で起用してもらえることもある。横並びのタレント数も多く、バーターで出演できるチャンスも多い。

 個人事務所で活動する人気タレントのマネージャーから、こんな声を聞いたことがある。

「大手のタレントと個人のタレント、どちらかを選ぶとなった場合、やっぱり大手が選ばれることが多い。見えない力を感じることはある」

 これは大手の圧力とかそういうことではない。「MCと同じ事務所だから」「事務所との付き合いが長いから」「将来的に貸しになるから」など、複合的な理由が重なった上での見えない力だ。個人事務所を軽んじているということはないのだろうが、発注者も人間だ。無意識のうちに影響を受けることもあるだろう。そういった意味では加藤もきっと吉本の恩恵を少なからず受けてきた事だろう。

 しかし、個人事務所にもメリットはある。私は放送作家としてテレビ、YouTube、広告などの現場で働いているが、個人事務所のタレントが重宝されることが増えている印象だ。理由は、今の仕事のサイズにマッチしやすいからだ。

 個人事務所はその名の通り、タレント本人が実質的な代表者であり、意志決定権を持つ。ゆえに本人の興味が仕事に反映されやすい。たとえギャラが相場より多少安い仕事でも、本人が「出たい」と思えば出演することができる。逆も然りで、出たくない仕事は断れるし、休みたい時に休める。

 近年、大手との違いが顕著に出るのは、ネットコンテンツへの考え方だ。テレビ番組と違い、ネットコンテンツはアーカイブされることが多い。すると大手は高額なギャラを設定する。長期間出演しているわけなのでビジネスとしては当然だ。また、テレビに比べて視聴者の数も少ないので、仕事としての優先順位を下げる傾向が見受けられることもある。一方、個人事務所も基本的には同じ考え方ではあるが、本人の意志が尊重されやすい分、柔軟に対応できる。

 昨年、電通が発表した『2019年 日本の広告費』によると、テレビメディア広告費は1兆8612億円。インターネット広告費は2兆1048億円と初の2兆円の大台を突破。ついに日本の広告メディアの首位が交代した。ネットコンテンツの仕事は爆発的に増加している。

 とはいえ、ネットコンテンツの制作費は潤沢でないものもまだまだ多い。数が増えている分、一つ一つの仕事の規模感が小さいからだ。制作者の立場で考えれば、仕事の大小よりも内容への興味で判断してくれて、ギャラが相談しやすい事務所と組みたい。そうなると、大手事務所を避けてキャスティングすることもある。これは個人事務所としては大きなチャンスだ。今後はテレビよりもネットコンテンツの方が圧倒的に伸びしろがある。テレビでは事務所の看板がモノを言うこともあるが、ネットは必ずしもそうではない。YouTubeに進出しやすいのも個人事務所だ。

 加藤浩次に話を戻そう。「粛清」について言えば、吉本が加藤の起用を取りやめるようテレビ局などに圧力をかけるということは考えにくい。2019年に公正取引委員会が大手事務所を注意したと報道され、芸能界の流れは変わった。これも個人事務所で活動する上で大きなことだ。独立が増えている背景の一つと言えるだろう。

 注目すべきは、加藤が今後、どんな芸能活動にシフトするかだ。加藤は中田や西野とは訳が違う。朝の帯番組やゴールデンタイムで実績を積んできた司会者であり、テレビを主戦場とする芸人だ。YouTubeやオンラインサロンといったネット中心の活動をしていない。あえて言葉を選ばずに言えば「前時代的な芸人」である。そんな彼が個人事務所でどう変わるのか。相方の山本圭壱はYouTubeで人気の兆しが見えてきたが、加藤もネットに本格進出するのか?どのみち腕一本での勝負になるが、タレントとしての需要があれば事務所の大小は関係ない。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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