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局に残って副業…辞めてYouTuber転身…「テレビに縛られない」テレビ局員の変わるキャリア

谷田彰吾放送作家
TBSを退社しYouTuberに転身した『あるごめとりい』(YouTubeより)

 3月になり、大学生の就職活動が本格的に始まった。今の大学生世代にとって、テレビ局という職場がどう映っているのか。テレビの現場で働く放送作家の私としては気になるところだ。「テレビ離れ」という言葉が“当たり前”になり、YouTubeやNetflixなど、動画メディアが急成長した昨今、テレビ局員の価値観や働き方、キャリアが大きく変わり始めている。今や、テレビ局員自身が「テレビに縛られない生き方」にシフトしているのだ。テレビ局員でありながら『オールナイトニッポン』のパーソナリティを務める者、VTuberの文化を世に広める仕事をしている者、副業で映画を撮ったり、自分のオンラインサロンを開く者、次のキャリアを見据えている者…実にバラエティに富んでいる。

 「テレビ局員」と聞いて、みなさんはどんなイメージを思い浮かべるだろうか? 難関の就職活動を勝ち抜き、芸能人らと華やかなサラリーマン生活を謳歌する…40代以上の人たちは、そんな印象をお持ちかもしれない。1999年の就職人気企業ランキング(マイナビ調べ)では、文系のトップ10にフジテレビとNHKがランクインする憧れの職業だった。しかし、今の大学生世代にとってはイメージが大きく変わっている。2021年版のランキングでは、NHKの93位が最高。なんとトップ10どころか、トップ100に入った局はこれだけだった。ランキングを見ても、20年前とはテレビの立ち位置が全く違うことがわかる。

 昨年、電通が発表した『2019年 日本の広告費』によると、テレビメディア広告費は1兆8612億円。インターネット広告費は2兆1048億円と初の2兆円の大台を突破。ついに日本の広告メディアの首位が交代した。私はテレビとネットの両方で仕事をしているので、その変化を肌で感じる。テレビ番組の制作費は毎年のように削減されるが、ネット動画の予算は5年前より格段に上がった印象だ。予算もさることながら、ネット動画の仕事は爆発的に増えている。

 コロナ禍になって、よりその傾向は強まった。メディアの変化にともなって、新たなポジションをとって働くテレビ局員たちを紹介してみたいと思う。

 ここ数年、知名度が急上昇しているのがテレビ東京の佐久間宣行プロデューサーだ。『ゴッドタン』を代表作に持つバラエティ番組のプロデューサーだが、2019年から夜中に別の顔を持つようになった。なんと、ニッポン放送の看板番組『オールナイトニッポン0(ZERO)』のパーソナリティに抜擢されたのだ。冷静に考えてほしい。テレビ東京の社員が系列局でもなんでもないニッポン放送で冠番組を持っているのは異例中の異例。しかも、番組の有料配信イベントは実に1万2千人が同時視聴(チケット代は1800円)。もはやタレントレベルの存在感を誇る。今やTwitterのフォロワー数は24万人で、各種メディアに引っ張りだこ。番組制作者でありながら、インフルエンサーとしてパラレルキャリアを歩んでいる。

 同じくバラエティ番組の制作者でありながら稀有なキャリアを積んでいるのが、TBSの坂田栄治ディレクターだ。『マツコの知らない世界』などの総合演出として活躍後、現役社員でありながら「テレビの枠を超えて世界に挑戦する」をテーマに個人活動を開始。自腹を切って世界初の相撲ドキュメンタリー映画『相撲道~サムライを継ぐ者たち~』を劇場公開し、映画監督デビュー。さらには、企画や映像制作の技術を教えるオンラインサロン『坂田実践道場』を開設した。どちらもTBSとは別の“副業”だ。クリエイターとして、まさにテレビに縛られない新たなキャリアを築こうとしている。大学生にとっても、こんな働き方を実現している現役局員がいることは、プラスになるのではないだろうか。

 二人のようにテレビでヒットを飛ばし、その延長線上でキャリアを広げる者もいれば、従来とは全く違う価値観でテレビ局に入社し、新たなエンタメを切り拓こうとする若手局員もいる。日本テレビの大井基行・西口昇吾プロデューサーは、「もっとバーチャルな世界を世に広めたい」とVTuber(バーチャルユーチューバー)を使った新規事業を立ち上げた。VTuberとは、CGなどで描かれたアバター(キャラクター)を使って活動しているYouTuberのこと。2017年からネット上で話題となり、業界関係者の話では約2万人程度が活動しているという。中国では日本のVTuberが大人気で、新たなエンタメビジネスとしても注目されてきた。

そんな中、大井さんと西口さんは日本テレビの強みを生かしてVTuberを「マス化」すべく、総勢100名以上のVTuberと提携したネットワーク『V-Clan』を構築。VTuberを起用した新たなエンタメや広告の形を模索している。この事業、実は二人が入社半年で提案した社内ベンチャー事業だ。大井さんに至っては、まだ26歳。視聴率でトップを走る日本テレビには、若手にも大きなチャンスがあるというわけだ。

 また、若手局員のテレビ局に対する価値観は、これまでとは大きく異なる。テレビ局に入れば一生安泰、おもしろい番組を作って定年まで会社に貢献し続けるという発想は、もはや皆無と言ってもいいかもしれない。むしろ「次のキャリア」を見据えて入社した局員が多い印象だ。

 某在京キー局の若手局員と話していて驚いた。「テレビ番組を作る気など毛頭無い」と言うのだ。ならばなぜテレビ局に入ったのか聞くと、彼はこう答えた。

 「本当はYouTube本体で働きたかった。でも、映像制作の経験が必要だと感じて、一番制作能力が高そうなテレビ局で3年キャリアを積んで、転職するつもりです」

 憧れの会社はGoogleやNetflix。あえて言い方を選ばずに言えば、「テレビ局は踏み台」ということだ。テレビ関係者にとっては「何様だ!」と憤るかもしれない。だが、それぐらいメディアの事情は変化している。私は、これをネガティブに捉えるのではなく、むしろ「おもしろいことができそう」と捉えている。今のテレビに新陳代謝が必要なのは明らかだ。ならばテレビ以外のエンタメにたくさん触れてきた若手を積極的に起用し、新しい可能性を模索する方が良いと思うのだ。これからは、テレビマンがYouTubeも、広告も、あらゆるエンタメを作っていく時代だと私は思っている。

 また、テレビ局を20代で辞めて、YouTuberに転身する者もいる。チャンネル登録者数40万人を超える『あるごめとりい』は、TBSを2年で退社した西江健司さんと斉藤正直さんが立ち上げたチャンネルだ。動画にはテレビ制作のノウハウが活かされ、高いクオリティで注目を集めている。これも、テレビ局員の新たなキャリアの実例だ。

クリエイター志向の大学生にとってテレビ局はエンタメ制作の基本を叩き込んでくれる職場だ。また、新たな稼ぎ方を模索し始めたばかりのテレビ局は、ビジネス志向の人にとっても可能性にあふれていると言えるだろう。「テレビに縛られないテレビ局員」が、これからのテレビを変えていくのではないだろうか。

放送作家

テレビ番組の企画構成を経てYouTubeチャンネルのプロデュースを行う放送作家。現在はメタバース、DAO、NFT、AIなど先端テクノロジーを取り入れたコンテンツ制作も行っている。共著:『YouTube作家的思考』(扶桑社新書)

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