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19回五輪取材の宮嶋泰子さん「東京五輪開催してバッハ会長は批評に耐えられるのか」

鎮目博道テレビプロデューサー・演出・ライター。
2012年 車いすレーサー土田和歌子さんロケ中の宮嶋泰子さん 本人提供

1980年のモスクワ大会から平昌大会までなんと19回のオリンピックを現地取材してきたスポーツ・文化ジャーナリストの宮嶋泰子さん

東京オリンピックを前に、宮嶋さんに話を聞いた。前編の「女性・スポーツ・オリンピック」に続いて、後編は「より速く、より高く、より強く」そして「東京オリンピック開催」について。

「より速く、より高く、より強く」の背景

宮嶋:1984年のロサンゼルスオリンピックから、新体操とシンクロナイズドスイミング、今はこれはアーティスティックスイミングという名前に変わりましたけれども、こういう女性の競技が入ってきたわけですよね。それから時を経て30年ぐらいたってくると、今度は反対に男性もやるようになって、シンクロなんかは男性とのミックスデュエットなんかも出てきて、もうすぐミックスチームができるんじゃないかという。

だから、スポーツは誰がやってもいいものなんだというふうに考えていいんだと思うんですけれども、求められる「より速く、より高く、より強く」という、いわゆる高度成長時代、帝国主義時代でしょうね、近代オリンピックが始まったのは1896年なので、まさにみんなが世界に拡張して、「アフリカをどうやって侵略するか」とか、「アジアをどうやって侵略するか」という、みんなが帝国主義思想で凝り固まっている時に、スポーツも同じようにヨーロッパでできてきたわけだから、そこにはどうしたって「より速く」とか、「より高く」とか、「より強く」という、どこかにね。

クーベルタンは教育者なので、彼が作った言葉じゃないんです。これはあるところの牧師さんが使ったんだけれども、それが今、IOC、オリンピックの一つのモットーとして使われるようになってきました。でもやっぱりそこに女性が入って、女性の競技で採点される時に「より美しい」というか、「ここまでできるのか」みたいなものが評価されると、違う評価軸というのができますよね。

それは一般の社会も同じで、評価というのは「より強く」とか「より高く」とか「より速く」だけじゃないわけじゃない、本当は。表現というのは。

Q:そうですね。

福岡国際マラソン第二中継車実況(撮影日時不明) 本人提供
福岡国際マラソン第二中継車実況(撮影日時不明) 本人提供

女性がスポーツに入ることで「生まれたもの」

宮嶋:そこに「よりリズミカルに」とか、「より人を巻き込む力を」とか。なんかアフリカのダンスを見ていると、同じ身体運動なのに、全然違う価値があるでしょ? その「高く、速く、強く」じゃない。

そういう価値観が、女性がスポーツに入ってくることで、生まれてくるわけですよ。

Q:そういうのは大事ですよね。

宮嶋:そう。だから、私は企業なんかでも、「より強く、速く、高く」という価値観は、全ての男性がこの価値観を持って、この価値観にのっとってやっているというわけではないけれども、もっと違う価値観があることで、企業というのは基本的に人間の生活を支えていくものだと思うので、そうすることで企業の価値はより高まると思うんです。

Q:なるほど。

宮嶋:「なのに」でしょ? 現状としては。企業は「どうしちゃったの?」というぐらい男社会。特に、テレビ会社はものすごい、テレビ局はえらい男性社会だなと思って。六本木に六本木シアターができた時に私がゾッとしたのは、目の前に並んだ人たちが全員男性だというのに「えー?!」と思って。

Q:テープカットの時ということですね?

宮嶋:そう。テープカットして役員のお話かなんかがあった時に。「テレビ朝日の役員です」とみんな、全員が上がった時に、もうびっくりしちゃって。

あの時に、「一体、放送界ってどうなってるの?」と、本当に驚きました。

Q:ですよね。

宮嶋:で、そこへもってきて、ジェンダーギャップ指数が120位というのが出てくるわけじゃない?実はスポーツ界もこの間までそうだったんですよ。でも、スポーツ界はIOCが音頭を取って、クオーター制度とまではいかないけれど「できる限り多くしていきましょう」というので、それぞれのいわゆるNF、国内競技団体も、それから、それぞれ各国のオリンピックコミュニティーも、女性の登用というのはものすごく多く今入れているんですよね。

だから、むしろ、「スポーツ界もこれぐらいやっているのに、一番遅れているのは、放送局かもな」というぐらいになってきているな(笑)。

Q:なるほど。むしろ、全然スポーツ界のほうが、ひょっとしたら日本の一般社会より進んでいるかもしれないぐらいですよね。

宮嶋:そうそうそう。今はそのぐらいになってきたかもしれない。

1979年モスクワプレ五輪柔道の前回金メダリスト、ロシアのノヴィコフにインタビュー 本人提供
1979年モスクワプレ五輪柔道の前回金メダリスト、ロシアのノヴィコフにインタビュー 本人提供

男社会のテレビ局で経験した「辛い思いとセクハラ」

Q:そういう意味で言うと、宮嶋さんはずっと、まさに男社会の権化みたいなテレビ業界で、かなり昔からずっと一線を走ってこられたというのは、いろいろとご苦労はやっぱりおありになったんじゃないですか。

宮嶋:ご苦労はございましたよ、ございました(笑)。

大変でしたよ、本当に。だって、みんな机に靴を履いたまま足をのっけて、『プレイボーイ』の裸の写真を見ていましたからね。外人のヌードを見て、「ああ、いいな。これ、俺の好みだ」とかと言ったりしちゃって(笑)。

Q:ああ。それは入社された当時とかということですか。

宮嶋:そうそう、10年目ぐらいまでもそれが当たり前だったですよ。

Q:ご自身に対するセクハラ、パワハラ的なものもあったのですか?

宮嶋:そんなのは山のようです。もう数えきれないぐらい。

「なんなの、この人?」というぐらいの人というのはいましたからね。勘違いしちゃうみたいです、なんかね。女の人がそばにいたことがないから、横で仕事をしていると、自分の彼女だと思っちゃうんじゃないですか(笑)。

Q:言い寄られたり、関係を迫られたり的なことはもうしょっちゅうということですか。

宮嶋:そうそう。そんなのは日常茶飯事というか。酔っぱらった勢いで急に抱きついてきたりとか。すごいですよね。

Q:今もきっとそういう目に遭ってらっしゃる女性というのはいっぱい……。

宮嶋:そういう目に遭った人は、必ず通報すること。

もう、それしかない。私はコンプライアンスの委員をスポーツでもいろいろやっているけれども、それが一番です。

2013年に柔道の女の子たちがハラスメントを受けて、スポーツ界が一丸となって暴力根絶宣言というのをしたわけですけれども、そこに当初セクシャルハラスメントが入っていなかったのよ。発表時に、会場で私が提案して入れてもらいました。私はすごいそれが分かるの。その草案を作るための会議をする人たちのメンバーを私は全員分かるけれども、男の人たちはどっかで後ろめたいわけ。

1998年 長野五輪スピードスケート銅メダリスト岡崎朋美さんとスタジオにて 本人提供
1998年 長野五輪スピードスケート銅メダリスト岡崎朋美さんとスタジオにて 本人提供

バッハ会長はどんな批評にも耐えられるのか

Q:すみません、話をオリンピックに戻します。オリンピックになると「日本のメダルがいくつ」と、すごくみんなが言うけれども、僕はそんなにそこに興味がなくて……

宮嶋:私はメダルに興味はありません。どうしても言わなきゃいけない時以外は、自分から自主的に原稿が書ける時には、メダルの数に言及したことは一度もない。メダルは意味がないと思っているから。

さっき言ったように、そのコンペティションの合間に見えてくるものが面白いというか。それが体格であったり国であったりとか、コーチとの関係であったりとか、いろんなものであったりと、そこが面白いんだろうなと思いますよね。

Q:「東京オリンピック、やる、やらない」の問題についてはどう思われますか?

宮嶋:もうここまで来たら、これは「できるか、できないか」ということだけだと思いますよ。それで、私はいつも思っているのは、スポーツだけで世の中が動いているわけではないので。社会現象や、それから世界の情勢の中でスポーツというのはあるわけですよ。

そうすると、大会の主催者がいくら「やりたい」と思っていても、スタッフにコロナがダーッと出てきたら無観客にせざるを得ないとか、それから、これはもう、外国から選手を呼ぶわけにはいかないとか、いろいろなその時々の状況があるでしょうし。

今、私がずっと思っているのは、IOCというのはスイスのローザンヌにあるわけですけれども、トーマス・バッハ、今のIOC会長がやっぱりどういう批評に耐えられるか。「こんなコロナで世界中が戒厳令になった中で、あなたはオリンピックをするの?」と。

最終的にはIOCが責められるわけじゃないですか。いくら東京で「やりたい、やりたい」と言ったって、IOCが「駄目」と言ったら駄目になっちゃうわけだけれども。そういうふうに、もちろん経済的なこともあるから、ここで「オリンピックをやらない」というのはIOCの損失になるということもあるだろうけれども、しかし、それよりも今になってオリンピックをやったというのが果たして勲章になるのか、それとも悪い、後々まで残る評判になってしまうのか。そこの判断をIOCがどうするのかということが、一番、今は肝なんじゃないかなと私は見ていますね。

本人提供
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宮嶋泰子 スポーツ・文化ジャーナリスト

テレビ朝日にアナウンサーとして入社後、スポーツキャスターとして仕事をする傍ら、スポーツ中継の実況やリポート、 さらにはニュースステーションや報道ステーションのスポーツディレクター兼リポーターとして自ら企画を制作し続けてきた。

1980年のモスクワ大会から平昌大会までオリンピックの現地取材は19回に上る。

43年間にわたってスポーツを見つめる目は一貫して、勝敗のみにとらわれることなく、 スポーツ社会学の視点をベースとしたスポーツの意味や価値を考え続けるものであった。

2016年には日本オリンピック委員会から「女性スポーツ賞」を受賞。

1976年モントリオールオリンピック女子バレーボール金メダリストと共にNPOバレーボール・モントリオール会理事として、 日本に定住する難民を対象としたスポーツイベントを10年以上にわたり開催、さらには女性スポーツの勉強会を定期的に行い、 2018年度内閣府男女共同参画特別賞を受賞。

社外の仕事として文部科学省青少年教育審議会スポーツ青少年分科会委員や日本体育協会総合型地域スポーツクラブ育成委員会委員、 日本オリンピック委員会広報部会副部会長他、多くの役職を務める。

2020年1月末日にテレビ朝日を退社、一般社団法人カルティベータ代表となる。

スポーツ・文化ジャーナリストとして番組やオウンドメディア・カルティベータで情報を発信中。

テレビプロデューサー・演出・ライター。

92年テレビ朝日入社。社会部記者として阪神大震災やオウム真理教を取材した後、スーパーJチャンネル、スーパーモーニング、報道ステーションなどのディレクターを経てプロデューサーに。中国・朝鮮半島やアメリカ同時多発テロなどを取材。またABEMAのサービス立ち上げに参画。「AbemaPrime」「Wの悲喜劇」などの番組を企画・プロデュース。2019年8月に独立し、テレビ・動画制作のみならず、多メディアで活動。公共コミュニケーション学会会員として地域メディアについて学び、顔ハメパネルをライフワークとして研究。近著に『腐ったテレビに誰がした? 「中の人」による検証と考察』(光文社)

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