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齋藤法相、疑惑の「難民を助ける会」名誉会長かばい暴論―「1年半で500件の対面審査可能」*追記あり

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
齋藤法務大臣 筆者撮影

 現在、参院で審議されている入管法改定案*1の根拠とされている、「難民を助ける会」名誉会長で、難民審査参与員の柳瀬房子氏*2の発言。だが、この間の国会や記者会見等では、柳瀬氏の発言の信憑性に疑問の声が相次いでいる。それにもかかわらず、齋藤健法務大臣は、柳瀬氏をかばい続けるようだ。30日の定例記者会見では、「1年半で500件の対面審査は可能」と、柳瀬氏の発言内容を追認する姿勢を見せたが*3、他の難民審査参与員達へのアンケートなどからも到底不可能であると考えるべきであり、齋藤法務大臣の発言も、これらの情報を無視した暴論だと言える。

2023年5月30日22:00更新 本記事末尾に重要な追記あり。

〇柳瀬氏をかばい齋藤法務大臣が暴論

 難民審査参与員は、法務省および出入国在留管理庁(入管)による難民認定審査に不服申し立てした人の審査を行い、法務大臣に助言することを主な業務としている。柳瀬氏は、2005年から難民審査参与員となり、2021年の4月21日の衆院法務委員会では「(難民認定)申請者の中に難民はほとんどいない」との発言が、今国会に提出された入管法改定案の根拠とされた。入管法改定案は、難民認定申請者の強制送還を可能とするものであるが、本来、難民として保護すべき人を難民として認めず、迫害の恐れのある国に強制送還した場合、実質的にその人の命を奪うことにもなりかねない。しかも、柳瀬氏の発言の信憑性は、この間の国会や記者会見で問題とされ続けている。

2021年4月に衆院法務委員会で発言する柳瀬氏 肩書は当時 衆議院インターネット審議中継より
2021年4月に衆院法務委員会で発言する柳瀬氏 肩書は当時 衆議院インターネット審議中継より

 30日の法務大臣会見では、柳瀬氏が2019年11月から2021年4月までの1年半で500件の対面審査を行ってきたと受け取れる発言をしていることについて、Dialogue for People(D4P)の佐藤慧記者が「それは可能なのか?」と齋藤法務大臣に質問した。

 柳瀬氏は法務省会合「収容と送還に関する専門部会」の第二回、2019年11月11日の時点で「これまで1500件の対面審査を行ってきた」と発言しており、議事録にもそれが明記されている。その後、上述の2021年4月21日の衆院法務委員会で、「これまで2000件の(対面)審査を行ってきたが、難民と認められたのは6件だけ」と話しているので、1年半で500件の対面審査を行ったということになる。D4Pの佐藤記者の質問に対し、齋藤法務大臣は「一般論から言って、1年6ヵ月で500件の対面審査は可能」と明言したのだ

〇通常の「17倍速」の審査は適切か?

 だが、本当に「1年半で500件の対面審査」は可能だろうか?対面審査は、難民として認めて欲しいとする人に対し、難民審査参与員が、どのような迫害の恐れがあるのか等、こと細かく話を聞き、また提出された資料とも合わせ、その人を難民として認めるか否かを判断するもの。全国難民弁護団連絡会議(全難連)が難民審査参与員を対象に行ったアンケート調査によれば、対面を含む審査には、1件あたり平均で約6時間を要するという。これを元に単純計算すれば、500件の対面審査には、約3000時間を要することになる。

 2019年11月から2021年4月にかけての柳瀬氏の正確な勤務実績は開示されていないが、国会質疑によって、2021年度の勤務実績は「33日」と判明している。若干大雑把になるが、1年半で大体45日くらいの勤務実績だと仮定し、判明している1日の実質的な勤務時間=4時間で計算すると、2019年11月から2021年4月に柳瀬氏が審査に要した時間は180時間。つまり、平均的な対面審査を500件行うのに要する時間の、約17分の1ということになる。これは、効率的に行うというレベルの話ではなく、迫害の恐れがあるとして難民認定申請者の人々が必死に訴える内容をほとんどまともに聞いていないということになる。柳瀬氏の対面審査に要する時間が、他の難民審査参与員のそれの「約17倍速」ということならば、1件あたりでは、わずか21分。しかも、対面審査では通訳を介するケースが多いことから、迫害される恐れのある人々に、自らの経験やそれによる恐怖を訴えるのに、与えられた時間は10分程度だろう。これでは、柳瀬氏が適切な審査を行っているとは、到底言い難い。

〇立法事実崩壊、齋藤法務大臣は認めるべき

 齋藤法務大臣は「一般論として」と発言していたが、上述のように全難連のアンケート結果から考えて、「1年半で500件の対面審査を行う」ことは非現実的だ。実際、平均で36.3件、多い人で年50件というのが、他の難民審査参与員が年間で引き受けている件数である。もし、「1年半で500件の対面審査を行う」ことが可能だと言うのなら、その証拠を示すべきだろうし、そもそも、大量の対面審査を異常な短時間で行っているのならば、審査そのものの適切さが疑われる。いずれにせよ、入管法改定案の根拠=立法事実は崩れていると言えるのではないか。

(了)

*1政府与党提出の入管法「改正案」に対しては、「改悪案」との批判も強いため、本稿では「改定案」と表記する。

*2 難民を助ける会は、そのウェブサイトで、柳瀬発言について「当会とは関係ない」と釈明しているが、同会のウェブサイトの柳瀬氏プロフィールに「2005年から法務省難民審査参与員」と明記している。

*3 2023年5月30日22:00追記 左記の同日21:16、法務省から、筆者含む同日の会見に参加した記者達へと送られたメールで、

佐藤記者からの質問に対する法務大臣の発言において、

「一般論として申し上げれば、1年6か月で500件の対面審査を行うということは、可能であろう」

とありましたが、

「一般論として申し上げれば、1年6か月で500件の対面審査を行うということは、不可能であろう」

と発言しようとして誤ったものであり、訂正させていただくことをお知らせします。

と書かれていた。だが、本記事でも紹介した佐藤記者の撮影の映像でもわかるように、齋藤法務大臣の発言の文脈から考えて、これを単なる「言い間違い」とするのは苦しい言い逃れであろう。また、齋藤法務大臣が「1年6か月で500件の対面審査」を不可能だと認めるのならば、入管法改定案の「立法事実」とされる柳瀬氏の発言(2021年4月21日衆院法務委員会)を部分的にせよ否定することになる。入管法改定案の根拠である「立法事実」としていた柳瀬発言が事実でないのなら、当然、入管法改定案そのものも成り立たなくなるのではないか。

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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