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女性撲殺の「道徳」に憤り―渋谷でウクライナ国旗掲げるイラン人、日本政府が迫害する難民の胸中

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
ウクライナ国旗を手にイラン政府に抗議する在日イラン人の男性 筆者撮影

 イランで22歳の女性が、「スカーフのかぶり方が不適切」と、警察に逮捕された後に死亡、警察の暴力が死因だと疑われる問題で、連日、抗議活動が行われ、現地のみならず、世界各国のイラン人の人々が、抑圧的なイラン政府に対し声をあげている。日本でも今月13日、都内で在日イラン人の人々が抗議集会を行い、そこには、ウクライナ国旗を手にした男性や、入管に長期収容されていた難民認定申請者ベヘザードさんの姿があった。

〇女性死亡への抗議を弾圧、イラン当局に憤り

 イランでは「イスラム教の最高指導者」が国の最高権力者でもある。元々、戒律が厳しかったが、保守強硬派のライシ大統領が昨年6月に就任してから、その傾向がさらに増した。今年9月、イラン首都テヘランでマフサ・アミニさん(22)が「ヒジャーブ(スカーフ)着用の不適切さ」を理由に道徳警察*に逮捕され、その3日後の同月16日に死亡。「警察車両の中でアミニさんが殴られていた」等の証言から、警察の暴力が死因であることが疑われ、日頃から抑圧的な体制に不満を抱えていた人々は憤り、イラン全土で抗議行動を行っている。これらの人々の声を聞くことなく、イラン当局は容赦ない暴力で抗議活動を弾圧しているのだ。

*現地警察の一組織で「イスラム教の戒律に反している」と見なした人を取り締まることを任務としている。

アミニさんの悲劇的な死を伝える現地紙
アミニさんの悲劇的な死を伝える現地紙写真:ロイター/アフロ

 そうした中、日本でも在日イラン人の人々が幾度もデモや集会を行ってきた。今月13日もJR渋谷駅のハチ公前で、約300人(主催者発表)のイラン人の人々が集まり、「イラン政府は現地抗議活動への暴力をやめろ」と訴えていた。この日、筆者もハチ公前に取材に行ったのだが、男性の参加者も多かったのが印象的だった。彼らはアミニさんや、やはり治安当局が殺害したとされる16歳の少女ニカ・シャクラミさんの写真・肖像画を掲げ、「女性の権利や命を尊重しろ!」と叫んでいた。

二カ・シャクラミさんの写真を手に抗議する在日イラン人の人々 JR渋谷駅前で筆者撮影
二カ・シャクラミさんの写真を手に抗議する在日イラン人の人々 JR渋谷駅前で筆者撮影

 集会参加者の中には、ウクライナの国旗を手にしている男性がいた(本稿トップ写真)。今年4月にウクライナで現地取材を行った筆者としては、声をかけない訳にはいかない。その男性(50)は「イラン政府はドローン(無人攻撃機)をロシア軍に提供しているが、私も含め、この場にいるイラン人は皆、戦争に反対です。イラン政府はロシア軍に協力するべきではありません」「ウクライナの人々を応援しています。国は違っても、自由を求めていることは同じです」と語った。

〇迫害を逃れてきたイラン人を迫害する入管

 集会の主催者の一人として、忙しく動き回っていたのは、ベヘザード・アブドラヒさん(44歳)だ。彼は「イラン当局は、非暴力のデモ参加者に対し、実弾射撃を行っています。子どもですら撃ち殺されている。もう、300人以上が殺されています」と訴える。「日本政府には、イラン政府に対して、『暴力はやめろ』ともっと強く働きかけることをお願い致します。日本のメディアも、他の海外メディアのように、もっとイランの状況を報道してほしいです」(同)。

横断幕の顔写真はイラン当局の弾圧によって殺された現地抗議活動の参加者達 JR渋谷駅前で筆者撮影 
横断幕の顔写真はイラン当局の弾圧によって殺された現地抗議活動の参加者達 JR渋谷駅前で筆者撮影 

 ベヘザードさん自身、イラン当局の迫害を逃れて16年前に来日、難民認定申請を行っている。だが、出入国在留管理庁(入管)は、難民に対し冷酷で、ベヘザードさんは東日本入国管理センター(茨城県牛久市)等に計4年半も収容された。しかも、体調が悪化し、医療を受けたいと訴えても、2週間も放置される等、劣悪な状況に置かれていたのだ。現在は、仮放免され、収容施設外で生活しているベヘザードさんであるが、未だ難民として認定されていない。

 現在のイランの状況を見ても、ベヘザードさんが難民として認定されないのはおかしいのではないか―そう、筆者が話を振るとベヘザードさんは「私は、私自身の都合でイラン政府に対する抗議を行っている訳ではありません。これは、皆の人権の問題です」と断りつつ、「スカーフを『適切に』着用しなかっただけで撲殺されるような国に私が帰ることは不可能です」という。「私は、イランにいた頃、劇作家でしたが、私の書いた脚本に対しイラン政府がいちいち検閲し、これはダメだと言ってくるのに嫌になり、イスラム教徒であることをやめました。イランでは改宗は重罪であり、死刑にされます」(同)。ベヘザードさんは「日本がウクライナからの人々を『避難民』として受け入れていることには、勿論、私も賛成です。でも、他の国々からの難民を差別しないで欲しいとも思います」と訴える。

〇人権への姿勢、日本も問われている

 欧米と対立するイランではあるが、日本との関係は比較的友好的なものだ。だからこそ、日本としても、イラン政府に対し、女性の権利の抑圧や非暴力のデモに対する当局の暴力などについて、言うべきことは言っていく必要がある。また、ロシアによるウクライナ侵攻にイランが加担することは、国際的な対イラン経済制裁の解除をますます遠ざけるものだとして、ロシア軍への兵器供与をやめるよう、説得すべきだろう。

 そして、ベヘザードさんのような迫害を逃れてきたイラン人の難民認定申請を受け入れることは、難民条約の批准国として日本の義務である。問われているのは、イラン政府のみならず、日本政府の人権に対する姿勢―ハチ公前で必死に訴えるイラン人の人々を見て、筆者は改めてそう感じざるを得なかった。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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