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トランプと戦争、Qアノン陰謀論と現実

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
Qアノンの旗を掲げるトランプ支持者(写真:ロイター/アフロ)

 今年1月20日、 ジョー・バイデン氏が新たな米国大統領として就任し、トランプ氏はその座から去った。だが、トランプ氏が米国の民主主義社会にもたらした傷は深く、しかもまだ塞がっていない。選挙の結果という現実を受け入れず、事実無根の主張を続け、憎悪と暴力を煽り、挙げ句、暴徒が連邦議会になだれ込み、5人が死亡する―トランプ氏とその過激な支持層の言動は、もはや政治運動というよりも、カルト宗教とも言うべきものなのかもしれない。悪いことに、それは米国だけにとどまらず、日本においても、熱狂的な「トランプ信者」と言えるような人々はいて、まるでパラレルワールドの住人のような言説をSNSなどで発信し続けているのだ。筆者のSNS上での実感からすると、「トランプ教」とも言うべき陰謀論は、いわゆる右派、保守系の政治的志向を持った人々にとどまらず、安倍・菅政権に批判的な、いわゆる左派、リベラル層の人々にも浸透しているようだ。中でも、20年近く中東情勢をウォッチし続け、現場取材も繰り返してきた筆者にとって許しがたいのは、「トランプ氏は戦争をしなかった平和的な大統領だった」という暴論だ。これまで配信してきた記事とも一部重なるが、本稿ではトランプ氏にまつわるデマやQアノン陰謀論の検証と、なぜそのような言説が広がるかについて、考察したい。

○トランプは戦争をしなかった大統領というデマ

 「トランプ氏は戦争をしなかった米国の大統領としては稀有の平和主義者」―事実と全く異なるデマではあるが、この種の主張が日本においても不気味なほど広がっている。とりわけ、メディア上でも発言したり、その主張が引用されたりするような、識者や著名人ですら、同様の発言をしていることは、危機感を感じざるを得ない。

 ブッシュ、オバマ両政権から引き継いだものとは言え、トランプ政権も中近東やアフリカで対テロ戦争を非常に活発に行っていたし、オバマ政権末期よりも、より激しく空爆を行っていた。また「新たな戦争を行わなかった」というのも、結果論であり、特にイランに対しては、オバマ政権時での合意を覆し、イラン革命防衛隊の指揮官を空爆で殺害するなど、戦争が勃発してもおかしくない状況をわざわざつくったのは、トランプ政権だ。以下、端的にまとめてみたが、「トランプ氏は平和主義者」とは言い難い、具体的な事実がある。

・オバマ政権の8年間で行われたドローン攻撃は、1878回であったが、トランプ政権の最初の2年だけで、アフガニスタンやパキスタン、ソマリアなどで2243回ものドローン攻撃を行っている。トランプ政権はドローン攻撃に極めて積極的だった。

・オバマ政権は「誤爆についての報告義務づけ、民間人被害を未然に防ぐ対策を強化」「被害者家族への謝罪と補償」などの対策を、米国の関連機関に命じていた。だが、トランプ政権では、標的を攻撃する判断での軍及びCIAの権限を強化する一方で、民間人殺害に関する報告義務を削除した。

・トランプ政権は、対IS(いわゆる「イスラム国」)の軍事作戦として、イラクやシリアでの猛空爆を行ってきた。特に2017年は米軍主導の多国籍軍の空爆により、ほぼ毎日、民間人が死亡するという状況が続き、シリア西部では昨年11月になっても空爆が続いていた。AIRWARSの年次報告書によると、2017年の米軍を中心とする有志連合による中東各国への攻撃での民間人被害は、オバマ政権時であった2016年と比較して倍増し、3,923人から6,102人の民間人が死亡したと推定されるという。

・2020年末にブラウン大学政治学部長のネタ・C・クロフォード教授が発表した米国のアフガニスタン空爆についての研究報告によると、オバマ政権末期の2016年では250人であった民間人の犠牲は、トランプ政権下の2017年に295人、2018年には548人と増加した。2019年には、700人の民間人が殺されており、これは米国のアフガニスタン侵攻の最初の2年間を除けば、他のどの年よりも多い数だ。

・オバマ政権時(2015年)にイランとの間で成立した核合意―イランはあくまでエネルギー利用として核開発を行い、核兵器には使用しないかわりに米国やEU等は対イラン経済制裁を解除するという合意から、トランプ政権は2018年、一方的に離脱。対イラン制裁を再開した。さらに、トランプ政権は、2020年1月にはイラン革命防衛隊の指揮官ガセム・ソレイマニ氏を空爆で殺害。これに対し、イラン側は、同国の隣国イラクにある米軍基地でミサイルを発射するなどの報復を行うなど、戦争勃発寸前までに緊張が高まった。その後、トランプ氏は昨年11月にイランの核関連施設への軍事攻撃を検討していたことが、米紙ニューヨーク・タイムズによって報じられている。

なお、トランプ政権とイランの緊張の高まりによって、中東海域へと海自が「情報収集」という名目で派遣されるなど、日本も巻き込まれている。

「トランプ氏は平和主義者」という事実と異なる主張がされるようになったきっかけは、2016年の大統領選やそれに至る共和党内での候補者争いの中でのトランプ氏のイメージ戦略にあるのだろう。実際には存在しなかった「イラクが保有する大量破壊兵器」を口実に、国連憲章違反の先制攻撃を行った挙げ句、4486人の米兵が戦死(2011年の大規模

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フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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