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「環境チンピラ」「大炎上」トラウデン直美さん誹謗中傷に環境ジャーナリストが徹底反論

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
トラウデン直美さん 首相官邸ウェブサイトより

 日本のネットユーザーの一部には、社会問題について主張する人、特に女性を執拗に攻撃したがる傾向がある。これまでも、スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんや、黒人差別反対運動のアピールを行った、テニスプレイヤーの大坂なおみさんがバッシングの対象とされた。つい先日も、環境問題に取り組むモデルのトラウデン直美さんの発言がやり玉にあげられ、ネット上で批判的なコメントが相次ぎ、一部ネットメディアも便乗した。だが、この間、環境問題について取材してきた筆者からすれば、トラウデンさんの発言は批判されるようなものではないし、むしろ正論だと感じる。さらに言えば、環境問題について発言をバッシングで黙らせようとする動きは、結局のところ、日本全体にとってもマイナス面が大きいのだ。

○何故、トラウデンさんをバッシング?

 今回、バッシングのやり玉にあげられたのは、今月17日に首相官邸で、財界人や研究者、環境活動家等を招いて行われた「2050年カーボンニュートラル・全国フォーラム」での、トラウデンさんの発言。NHKの報道によれば、トラウデンさんは「店員に『環境に配慮した商品ですか』と尋ねることで店側の意識も変わっていく」との持論を語ったとされ、この報道に対し、主にツイッター等で一部のユーザー達がバッシングを始め、またスポーツ紙のオンライン版などの一部のネット媒体や、まとめサイトもこれに便乗するかたちで「炎上」を煽っている。

 トラウデンさんの発言に対し、一部のネットユーザー達が何故そこまで批判的になるのか筆者には理解しかねるが、ツイッターを見ていると、批判の内容は大体以下のようなものが多い。

・「環境に害のない製品なんてない」「自給自足の原始人生活でもしとけ」等のゼロか100的という二元論

・「面倒くさい客」「店員に言っても仕方ない」等、店側にとって迷惑ではないかとの批判

・「環境問題より目先の生活」等の経済的に余裕の無い庶民は環境など気にしていられないという主張

・「環境チンピラ」との揶揄、「意識高い系の上から目線」等の反発

○良心的な消費者としてできることは大きい

 これらの意見はその多くが感情的な反発にすぎないと言えるのだが、あえて環境の視点からコメントしよう。まず、「環境に害のない製品なんてない」「原始人生活しろ」等のゼロか100的という二元論であるが、こうした二元論は環境配慮をしないことを自己正当化しているだけである。少しでも環境に配慮した製品やサービスを使うことは非常に大切なことだ。

 例えば、CO2排出を大量に排出する石炭火力発電や、事故リスクや放射性廃棄物の問題のある原発に対し批判的なことを言うと、すぐ「だったら電気使うな」と言われるのだが、要は太陽光や風力などCO2排出の少ない再生可能エネルギーを使えば良いのである。現在、電力小売の自由化により、一般家庭やオフィスでも、石炭火力や原発ではなく、再生可能エネルギーに積極的な電力会社から、電気を買って使うことが可能になった。筆者も日々、電気を使う生活であるが、再生可能エネルギー由来の電気を使えることは、精神衛生上、とても良い。

 店側にとって迷惑ではないかとの批判であるが、消費者として店側にニーズを伝えること自体は決して悪いことではなかろう。また、聞き方や態度によっても全く異なるわけで、ツイッターでは「イオンのレジの列でそんなことを聞いていたら殴りたくなる」というような乱暴な投稿もあったが、トラウデンさんもそんなことをするとは一言も言っておらず、勝手に脚色して炎上の「燃料」とするのは、誹謗中傷であろう。ただ、多くの場合、バイトやパートであり何の権限もない店舗スタッフよりも、企業の経営陣やカスタマー窓口に意見を言うべきだという意見は一理あるだろうし、配慮が必要だったのかもしれない。それにしてもトラウデンさんを批判する側は、少々エスカレートしすぎというか、叩くために叩いているという傾向があるように、筆者には見える。小売店で商品について一切質問してはいけないというのなら別だが、なぜ環境に配慮しているか否かだけは聞いてはいけないことになるのか。

 いずれにせよ、少しでも環境に配慮した製品やサービスを積極的に使い、また求めていくことは個人として、消費者として地球環境のために誰でもでき得る行動だ。こうした行動は、「グリーン・コンシューマー」(緑の消費者)という言葉があるように、トラウデンさんだけが主張していることではなく、近現代の環境保護・保全の取り組みにおける基礎的な行動の一つなのである。

○庶民は環境など気にしていられない?

 トラウデンさんへの反論として「経済的に余裕の無い庶民は環境など気にしていられない」という主張もあり、これは筆者も重要な課題だと考える。確かに、一般的に「環境に配慮した製品」は、そうでないものより、やや価格が高いという傾向がある。だが、環境に配慮しない安価な製品ばかり売る企業は、本来、払うべき環境コストを払わず、生態系や社会にそのコストを押し付けて、利益をあげているのである。真面目に環境配慮している企業よりも、そうでない企業が競争力で勝っている状況は「悪貨が良貨を駆逐する」

ことになる。だからこそ、環境に悪い製品が安く、環境に良い製品が高い、という状況を変えることが重要だ。

「正直者がバカを見る」状況を是正するため検討されているものの一つが、「国境炭素税」(国境調整措置とも言う)である。EUでは世界でも温暖化対策のためのCO2排出規制が厳しいため、EU域内の企業と域外の企業で、フェアな競争をさせることが必要だ。そこで、CO2排出規制が十分でないとされる国々からの製品に対し、関税をかける等の措置を行うのだというつまり、「悪貨」に「良貨」を駆逐させないための調整なのである。こうした調整は、主に温暖化対策として検討されているが、例えば、農薬を大量に使っている農作物よりも有機農業による農作物の方が価格が安い、森林保全に配慮していない製品より配慮した製品の方が安い、漁業資源や海の環境に配慮していない水産物より、配慮した水産物の方が安い等の状況を、規制や調整によって、作り出していくことが重要だろう。

 つまり、消費者がより手にしやすい価格にあるものを、環境配慮のない製品から、環境配慮のある製品へと変えることが重要なのだ。そうすれば、特に環境意識が高くない消費者も、自然と環境に良いものを選び、良貨が悪貨を駆逐していくことになるのである。実は、エネルギーの分野では既にそうしたことが起きていて、世界の新規発電施設のコストでは、太陽光や風力が最も安く、経済性で石炭火力や原発より優れている。近年、世界的に再生可能エネルギーが急速に普及している背景には、温暖化対策は勿論のこと、コスト面で優位に立っているから、という面もあるのだ。

○トラウデンさんバッシングは日本全体にとっても有害

「環境チンピラ」との揶揄、「意識高い系の上から目線」等の反発は、論外だろう。ツイッター上ではトラウデンさんへのセクハラ的な投稿もいくつもあるなど、バッシングは悪質なものとなっている。冒頭にも述べたように、日本のネットユーザーの一部には、社会問題について主張する人、特に女性を執拗に攻撃したがる傾向があるが、今回のトラウデンさんへのバッシングにもそうした面があるだろう。こうした一部の攻撃的なネットユーザーが暴れまわり、それをスポーツ紙やネットメディア、まとめサイト等が煽ることにより、社会問題や環境問題について発言することに及び腰になる風潮が広がることが懸念される。そのことは日本の経済や国際社会での地位にも悪影響を及ぼすのかもしれない

 今後、EU諸国、そしてバイデン新政権下での米国は、ますます環境や人権といった分野を国際社会・経済の中で重視していくことになる。例えば、石炭火力発電など大量のCO2を排出する事業から、世界の機関投資家が資金を引き上げる(ダイベストメント)は近年、ますます顕著となっているし、バイデン次期米国大統領は「温暖化防止に熱心でない温暖化ならずもの国家リスト」を作ると明言しており、上述した国境炭素税の導入も視野に入れているとも報じられている。

 また、政府だけでなく企業も、環境重視は世界的なトレンドになりつつある。ブラジルではボルソナーロ政権の下でアマゾン熱帯雨林の大規模な破壊が進行しているが、欧米企業ではブラジル製品を避ける動きが出てきているのだ。

 つまり、日本が環境問題に背を向ければ、世界全体のGDPのうち5割近くを占める米国とEUからそっぽを向かれることになり、日本の経済や国際社会における地位にも著しい悪影響が及ぶことになる。これまで自公政権は口先だけで温暖化対策に後ろ向きだったのに、今年の秋に菅首相が急に「2050年までに温室効果ガス排出ゼロ」をアピールし始めたのも、バイデン氏が大統領選で勝利したことが大きいのだろう。完全に流れが変わったということだ。だからこそ、今回のトラウデンさんへのバッシングとも言えるような過剰な批判は、日本全体にとってもマイナスなものとみなされるべきだろう。

○地球環境を危惧することは、むしろ当然

 地球温暖化は放置すれば人類の存亡すら左右しかねない、極めて深刻な危機だ。確かに、著名人の発言はあらぬ誤解を招かないよう、工夫や配慮が必要ではあるが、地球環境を危惧すること自体は、現代を生きる人間として、むしろ当たり前のことである。トラウデンさんには、今回のことでめげず、今後もより積極的に発信をしてもらいたい。また、そうした声を上げる新世代を、日本社会として暖かく見守り、支えていくことが必要なのではないだろうか。

(了)

本稿は、志葉玲公式ブログへの投稿を一部加筆修正したもの。

https://www.reishiva.net/entry/2020/12/21/192507

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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