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なぜ望月記者は同業に嘲笑されたか?菅政権の今後を象徴する、ある「事件」

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
菅氏会見で質問する望月記者(写真中央) 筆者撮影

 16日夜に発足した菅内閣。安倍政権の政策を引き継いでいくことを菅義偉氏は公言しているが、国境なき記者団による「世界報道自由度ランキング」で66位*にまで下落する等、メディアへの締めつけも、また続ける気なのか。そもそも、メディア側が「報道の自由」のために闘う姿勢がなく、むしろ、菅政権に自ら尾を振り、迎合していくことにならないか。先の自民党総裁選に菅氏が出馬した時の会見の様子を思い起こすと、悲観的にならざるを得ない。唯一の希望は、それぞれの立場を超えた「報道の自由」のための連携だ。

*直近の2020年の順。安倍政権時では2016年、2017年に72位まで下落したことも。民主党政権時では11位(鳩山内閣)、22位(野田内閣)だった。

◯望月記者をあざ笑う菅氏

 米紙ニューヨーク・タイムズが「独裁政権をほうふつとさせる」(2019年7月5日付)と評した質問制限等、政権によるメディアに対する締めつけは、菅氏が首相となったことで、ますます強まっていくのではないか。今月2日に行われた菅氏の自民党総裁選への出馬会見でのやり取りを思い起こすと危惧せざるを得ない。官房長官会見で質問制限を受けてきた東京新聞の望月衣塑子記者は、2日の会見で以下のような質問をした。

「不都合な質問が続くと質問妨害、制限というものが長期間にわたって続くということがありました。総裁となった後、厳しい質問にもきちんと答えていくつもりはあるのか?」「今後、首相会見でも官僚がつくった答弁書を読み上げるだけでなく、菅さん自身の言葉で事前質問にないものも含めて、しっかりと会見時間をとって答えてくれるのか?」(望月記者)

 驚くべきというか、やはりというか、望月記者の質問の最中、菅氏は司会の方に目配せをして、司会はすぐさま「すみませんが、時間の関係で質問は簡潔によろしくお願いします」と割って入ったのだ。この日の会見で、質問の途中で司会が口出しするのは、望月記者に対してだけで、その場にいた筆者には極めて恣意的なものに映った。また、菅氏の回答も極めて不誠実なものであった。

「限られた時間の中で、ルールに基づいて記者会見は行っております。早く結論を質問すれば、それだけ時間が多くなるわけであります」(菅氏)

 菅氏の回答は、望月記者の質問に対し嫌味で返しただけで、自身が行ってきた官房長官会見での、質問妨害や質問制限について何も答えていない。むしろ、同様のことを菅政権においても行っていくかのような傲慢な態度であった。

◯日本と米国のメディアの明暗

 最悪だったのは、菅氏の回答だけではなく、それに対するその場の記者達の反応も酷かった。上記のような菅氏の嫌味たっぷりの回答に、どっと笑い声が上がったのは、記者席からだった。望月記者の質問は、日本の「報道の自由」の根幹に関わる、この日の質問の中でも、最も重要かつ本質的な質問であった。その質問への不誠実な返しに、何故、記者達は笑っていられるのか。菅氏の不誠実な回答に憤り、その場にいる記者達が一致団結して菅氏に同様の質問を重ねるのが、本来のジャーナリズムのあり方ではないのか。2018年11月、米国のトランプ大統領の会見で、同大統領と舌戦を繰り広げた米テレビネットワーク大手CNNのジム・アコスタ記者のホワイトハウス入館証が没収された際、米国のメディアは左右の立場を超えて、トランプ政権の対応を批判。後日、アコスタ記者のホワイトハウス入館証は同記者に返還された。

 だが、日本の記者クラブメディアの面々は、望月記者の至極まっとうな質問に対し、菅氏側に立って嘲笑したのだ。その様子に筆者は、2016年に日本における「報道の自由」等を調査しに来日したデビット・ケイ国連特別報告者が困惑気味に指摘したことを思い出す。「政権に対するメディア内の自主規制が深刻だ」-彼が指摘した日本のメディアの構造的問題は、残念ながら、今なお変わっていない。

◯「報道の自由」の敵を自ら支える愚かさ

 菅氏は安倍政権において、「報道の自由」に対する圧力そのものというべき存在であった。NHK「クローズアップ現代」で、当時官房長官だった菅氏に、安保法制についての質問を重ねた、国谷裕子氏は同番組のキャスターから降板された。テレビ朝日を恫喝し、同局の番組「報道ステーション」で、安倍政権に批判的であったコメンテーターの古賀茂明氏を降板させたのも、当時、菅氏の秘書官であった中村格氏(現・警察庁次長)だ(関連情報)。官房長官会見での望月記者への質問制限においても、アメとムチを使い分け、望月記者を内閣記者会の中で孤立させていったことは、筆者が配信した記事の通りだ。

 そうした、「報道の自由」の敵とも言える菅氏を徹底的に追及するどころか、日本のメディアは「令和おじさん」だの「パンケーキ好き」だの「苦労人」だの、菅氏の高感度をアップするようなヨイショ報道を続けている。なんと愚かしいことか。スキャンダルまみれであった安倍政権が「憲政史上最長」との政権となった大きな要因の一つとして、権力を監視するはずのメディアが政権に忖度して自主規制していたことがあるだろう。つまり、今のメディアの状況は「憲政史上最悪」と言うべきなのだ。そして、菅政権において、メディアの自主規制はますます酷くなるのかもしれない。

◯一縷の希望

 だが、希望も全く無いわけではない。個人としての立場ながら、顔出し実名で、メディアの現状に対し声を上げる記者達が出てきているのだ。

また、そうした記者達による連名の声明や、トークセッション等も、活発に行われるようになってきている。

「報道の自由」は、民主主義社会を成り立たせる絶対不可欠なものだ。筆者としてもメディア業界の担い手の端くれとして、立場を超えた記者達の連帯に協力していくつもりだ。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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