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ネットの誹謗中傷、メディアが批判する資格はあるか?―きゃりーさんら芸能人の発言封じも

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
メディアはつい最近まで木村さんをネタにしていた ニュース検索スクリーンショット

 人気リアリティー番組『テラスハウス』(Netflix/フジテレビで放送)に出演していた女子プロレスラーの木村花さん(享年22歳)が亡くなったことで、ネット上での誹謗中傷に憤る声が、芸能人らを中心に上がっている。木村さんの死因が自殺とみられ、かつネット上に自身へのバッシングコメントが溢れていることに、木村さんが思い悩んでいたとみられるからだ。本件について、各メディアも一斉にネット上のバッシングに批判的な論調で報じているが、筆者としては「どの口で言うのか?」との疑問を持たざるを得ない。そもそも、ネット上のバッシングは、メディアが煽った結果ということが多いのではないか。無論、人権侵害というべき誹謗中傷は各人が慎むべきだが、そうしたネットユーザーの暴走を焚きつけるのは往々にしてメディア側であることを、Yahoo!ニュースも含めメディア関係者は自覚するべきだ。

◯メディアこそがネットでの誹謗中傷を煽ってきた

 最初に断っておくが、筆者は『テラスハウス』を視聴していたわけでもないし、この番組について取材してきたわけではない。だから、木村さんがなぜ自殺したかの詳細について、筆者は論評する立場にはない。ただ、メディアが個人への(明らかに事実と異なるものも含む)バッシングを行い、それに煽られたかのようにネットで個人へ誹謗中傷やデマが広がり、その個人や関係者の実生活にまで困難をきたすという事例を、筆者は幾度も見てきているので、本稿ではそうした経験からメディアやネットの暴力性を論じる。

 メディアが個人をバッシング、それがネット上などに広がった事案として、筆者にとっても卑近なものであったのが、ジャーナリストの安田純平さんの受けた被害だ。取材のため訪れたシリアで安田さんは正体不明の武装勢力によって3年4ヶ月にわたり拘束された。2018年10月下旬に安田さんは解放されたが、その際にメディア上で根拠不十分に語られバッシングの要因となったのが「安田さん解放のため、多額の身代金が支払われた」との言説である。例えば、2018年10月28日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)では、国際政治学者の三浦瑠麗氏が「今回の件で総合的に見て、安田さんが現地入りして何が起きたかというと結局のところテロ組織にお金が渡った」と発言。

 だが、身代金支払いについては、日本政府も、一部報道で関与が示唆されたカタール、トルコ両国の政府関係者も、こぞって否定していた。また、安田さんによれば、日本政府側が安田さん本人にしか答えられない質問をして安田さんの本人確認をしたのは、解放時が初めてなのだという。これは安田さん拘束中に、日本政府側は犯行グループと解放交渉をしておらず、身代金は払われなかったということだ。何故ならば、

・身代金の交渉をするには、本人の生存確認をする必要がある

・身代金を騙し取ろうとする悪意ある人物や組織と、本当に安田さんの身柄を拘束しているグループとを区別する必要がある

 という理由からだ。つまり、解放時まで本人確認/犯行グループとの交渉ができていなかったのならば、身代金を払いようがないのである。「身代金が支払われた」とする説は、在英シリア人による人権団体が主張していただけであり、それも明確な根拠は一切ない。では、三浦氏は何をもって「身代金が支払われた」と主張したのか。当時、筆者は三浦氏が所属する東京大学政策ビジョン研究センターを通じて問い合わせたが、回答はなかった。

*なぜ安田さんは解放されたかについては、筆者は安田さんへの取材から、彼自身の類まれなる精神力と交渉力の賜物だと観ている。

 上記のような、テレビ発の根拠薄弱な見解が安田さんへの誹謗中傷を煽り立てていく。その過程は以下のようなものだった。

1)ワイドショー等が、著しく根拠の乏しい言説を、その分野の専門家でもない著名人達に無責任に発言させ、

2)それらの発言をタブロイド紙のオンライン版やその他のネット媒体が無批判に引用し、

3)それらのバッシング記事がポータルサイトから広く拡散され、

4)それらの記事がSNSでも拡散され、個人へのバッシングにつながっていく。

その結果、「税金の無駄使い」「テロ組織との共謀の自作自演」等との誹謗中傷が殺到し、安田さんは安全上の懸念から、3年4ヶ月ぶりに帰国したにもかかわらず、しばらく自宅に帰れずに知人宅を転々する状況に陥ったのだった。これは深刻な人権侵害だというべき事案であろう。

◯芸能人の政治的発言叩きにメディアが加担

 最近の事例では、検察庁法案改正へ反対の意思表明をした芸能人達に対し、メディアとネットユーザーが共にバッシングを行う、ということが相次いだ。特に集中的にバッシングされたのが、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさんだ。

 特に強い言葉を使ったわけでもなく、検察庁法案改正の反対を訴える画像を引用しただけだったのに、安倍政権支持のネット右派達からの、きゃりーさんへの誹謗中傷が殺到した。さらに、そうした状況に火に油を注ぐがの如く、タブロイド紙やネット系メディアが、「きゃりーぱみゅぱみゅ炎上」というような記事を次々に配信。そうした記事には、きゃりーさんに攻撃的なツイートを引用したり、匿名の芸能記者がきゃりーさんを批判的に論じるものなど、一方的にきゃりーさんに非があるかのような論調のものが目立った*。

*具体例をあげるべきなのだろうが、各媒体の閲覧数を上げることに加担したくないのと、バッシングを受けている芸能人の方々への二次被害を防ぐため、記事引用はしない。

 その一方で、タブロイド紙やネット系メディアは、政権寄りの芸能人の発言については、一部の例外を除き、ほとんど批判することがない。例えば、タレントのつるの剛士さんが「国民の皆さんで安倍首相にお疲れ様、ご苦労様を言いませんか?」と自身のツイッターに投稿したことについては好意的なとりあげ方であった。安倍政権の新型コロナ対策を「評価しない」という意見が約6割(朝日新聞等)という世論の中、「安倍首相擁護」ともとれる投稿に批判的な意見も多数あることから考えれば、少なくとも賛否双方の意見を取り上げてもおかしくはないのだが*、きゃりーさんを叩いた記事とは対照的な書きぶりである。

*念のため断っておくが、筆者は、つるのさんへの批判を促しているわけではない。

 タブロイド紙やネット系メディア、ネット右派層は、過去にも、政権に異論を唱える芸能人へのバッシングを行ってきた。米軍基地建設計画が進む沖縄県の辺野古の海を守ってと呼びかけたモデル/女優のローラさんへのバッシングの激しさは記憶に新しい。よく、「日本の芸能界では政治的発言はタブー」といわれる。だが、より正確に言えば、政権に異を唱える発言を「タブー」にしようとネット右派層がバッシングを行い、それに同調するタブロイド紙やネット系メディアがバッシングをさらに煽るという傾向が顕著だということであろう。

◯ポータルサイトも「掲載する責任」の自覚を

 本稿は、政治的意図をもって、特定の個人をネット右派層やメディアが叩くという現象に着目したものだが、政治的要素を抜きにしても、ネット上のニュースには、毎日のように「批判殺到」「炎上」というような記事が溢れかえっている。その多くが、取るに足らない些末なことでのバッシングだ。そうしたバッシングのためのバッシング記事で、閲覧数を稼ぐという卑しいビジネスモデルが横行し、ネットユーザー達の攻撃を日々煽っていないか。また、そうしたニュースとも言えない記事を掲載しているYahoo!やグーグル等のポータルサイトの責任も軽くはないのではないか。

 それは、果たしてジャーナリズムの見地からみて「ニュース」なのか、単なる誹謗中傷を煽るためだけのものか、それとも、権力の監視や社会正義として必要な批判であるのか―広義の報道に関わるメディア関係者全体として、常に考えていくことが必要なのではないか。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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