なぜ記者が黒川検事長と麻雀/指原さんら忖度発言etcのマスコミの病理、ネット世論は希望となるか?

週刊文春、東京高検の黒川弘務検事長に賭け麻雀報道 (写真:つのだよしお/アフロ)

 東京高等検察庁の黒川弘務検事長の定年延長から、検察庁法改正案の見送り、そして文春の報道による黒川氏の辞任と、この間の一連の動きは、政治とメディア、市民社会を考える上で、非常に示唆に富む展開を見せた。そして、それは新聞やテレビというマスメディアの構造的問題をあぶり出すと同時に、メディアの中での閉塞感に光明をもたらしうるものでもあった。これらが何を意味するか。本稿ではメディア関係者への「報道の危機アンケート」も交えて、考察していく。

◯黒川氏の検事長定年延長問題とは何か

 本論に入る前に、まず、黒川氏の検事長定年延長問題とは何か軽くおさらいしよう。

・検察庁法では検察官の定年は63歳とされているが、その法に反し、安倍政権は今年1月、黒川氏の定年を半年間、延長するとして閣議決定した。

・異例中の異例の定年延長について政府側は「東京高検、検察庁管内において遂行している重大かつ複雑困難事件の捜査、公判に対応するため」(今年3月6日参院予算委員会、森まさこ法相)としているが、野党側は、官房長や事務次官などを歴任した黒川氏は「政権に近い人物」と指摘。つまり、定年延長により、黒川氏が検察官トップである検事総長になる道を開き、それは「桜を見る会」での公職選挙法違反や政治資金規正法違反など、一連の安倍政権のスキャンダルを検察に捜査・起訴させないためではないか、と追及したのだった。

・今月8日に国会で審議入りした検察庁法改正案では、検察官の定年を63歳以降、法務大臣や内閣の判断で1年毎に延長できるとする条文が盛り込まれた。つまり、政権の意に沿う検察官だけを定年延長するということを可能にするものだ。これは、違法状態の黒川氏の定年延長を後付けで正当化するもの、とも批判された。

・検察庁法改正案に、検事OB達、弁護士団体などが反対を表明。さらにツイッター上でも一個人が始めたハッシュタグ*「#検察庁法改正案に抗議します」が爆発的に広がり、わずか数日で、同タグを付けた投稿は500万件程にまで増大。マスメディアもこの盛り上がりをこぞって報じた。

・世論の盛り上がりに、政府与党は今月18日、検察庁法改正案の今国会中の成立を断念。

・渦中の黒川氏が産経新聞記者や朝日新聞社員と賭け麻雀(賭博罪の疑い)をしていたと、週刊文春(2020年5月21日発売号)が報じ、黒川氏は東京高等検察庁の検事長を辞任する意向を表明。

*同じような投稿を分類し検索するためのタグ。単語の頭に # をつけることで機能する。

◯ネット世論に安倍政権が敗北

 政府与党が「数の力」で強引に成立させると見られた検察庁法改正案が、ネット世論により成立断念に追いやられる―安倍政権にとっては大きな誤算であり打撃であった。そして、それは既存のマスコミ関係者にとっても驚きであったことは間違いない。たった一人の個人が始めたハッシュタグが数百万単位で広がり、国会審議にも影響を与えるということが、日本でかつてあっただろうか。これまで、マスメディアが発信したものをネットが消費するという傾向があったが、その逆、つまりネットでの盛り上がりをマスメディアが引用し、報じるという現象が今回は顕著であった。

 無論、マスメディアでも黒川氏の検事長定年延長問題を取り上げてこなかったわけではない。特にTBSのnews23などは、この問題を丁寧に取り上げてきたと思う。

 ツイッター上で「#検察庁法改正案に抗議します」関連の投稿が大いに盛り上がったのも、海渡雄一弁護士のような専門家や、俳優の井浦新さん、歌手のきゃりーぱみゅぱみゅさん等の著名人の影響が大きかったにせよ、やはりマスメディアのこれまでの報道が下地としてあったことは確かだろう。

 一方で、マスメディアには黒川氏の検事長定年延長問題の取り上げ方で、政権寄りなのではとの指摘も多くあった。特にNHKについては、検察庁改正案審議の国会中継を行うことを求める署名が行われたり、ニュース報道での黒川問題の優先順位が低いのではとの疑問の声がツイッターに上がるなど風当たりが強かった。

◯極端な「中立公正」主義の弊害

 筆者が個人的に印象深かったのは、フジ系列『ワイドナショー』でのタレント・指原莉乃さんの発言。「#検察庁法改正案に抗議します」を拡散している人々について、「(賛成・反対の)どっちもの意見を勉強せずに、偏ったやつだけ見て、『えっそうなのヤバイ広めなきゃ』という人が多い感じがしています」と語った。この発言のすぐ前に、検察庁法改正案について「ほぼ勉強できていなかった」と言っており、つまり、この問題を自分は詳しく知らないと言いながら、反対派には勉強不足が多いと暗に貶めているようだ。安倍首相と会食し「政治家転身」に前向きとも取られる発言もしている指原さん(関連情報)としては安倍政権批判はしづらいのだろうな、と筆者は勘ぐったりもするが、より重要なのは彼女の発言どうこうではなく、日本の報道における、極端な「中立公正」主義である。

 指原さんに限らず、特に報道番組やワイドショーのスタジオのやり取りでは、政権側に立って発言する役回りをする評論家やタレントが重用される傾向がある。それは、その個人の考えもあるのだろうが、そうした役回りを必要とする、番組制作サイドの事情があるのだ。番組で政権を批判すると、政権側、或いは同じ局の上層部や政治部からクレームが来ることが多々あるという話を、筆者は民放関係者らから何度か聞いたことがある。新聞、放送などのメディア関連労組でつくる「日本マスコミ文化情報労組会議(MIC)」が報道関係者を対象に、2月末から実施している「報道の危機アンケート」でも、以下のような回答がいくつもあった。

現政権に対する忖度の蔓延。政権からクレームが来ることを恐れて批判精神がなくなり、過度にバランスを取ろうという姿勢が余りに強くなっている。政権の広報記事しか書かない記者は優遇され、森友問題に斬り込んだ記者は左遷された。事実をそのまま報道出来ないのが今のNHKニュースであり、報道局内の空気だ。(放送局社員)

出典:日本マスコミ文化情報労組会議「報道の危機アンケート」

政権に不利な内容や対立する意見は必ず「バランスを取る」と称して政権側の反論を加えて放送する。政権の言い分は吟味せず垂れ流すので偽りの不偏不党であり、視聴者には見抜かれているのに改めようとしない(中略)内容を薄めたり、表現を弱めたり、両論併記に逃げる。(放送局社員)

出典:日本マスコミ文化情報労組会議「報道の危機アンケート」

 こうした傾向は、黒川氏と産経新聞記者や朝日新聞社員が賭け麻雀に興じたこととも地続きなのだ。

◯なぜ新聞記者達は黒川氏と麻雀に興じたのか?

 マスメディアが政権に忖度しがちであり、また官僚らと癒着しがちである大きな原因として、政治家や官僚に情報をもらうという取材文化が大きいのだろう。前述の「報道の危機アンケート」から抜粋しよう。

ニュースソースが官邸や政権であること。その結果、番組内容が官邸や政権寄りにしかならない。彼らを批判し正していく姿勢が全くない。というか、たとえあったとしても幹部が握られているので放送されない。(放送局社員)

出典:日本マスコミ文化情報労組会議「報道の危機アンケート」

確かに、気に入らない記事を書かれたとして記者を少人数懇談(メシ会)などから外す官邸幹部がいるのは、周知の事実だ。ただ、それをもって「圧力だ」と騒げば、国民に「何様のつもりだ」とどやされるのがオチだろう。それにもかかわらず、現場は、権力者によるその程度の「サービスカット」にも恐れ、おののいている。取材相手の官邸関係者に嫌われ、それが社の上層部に知られたら、自分は政治部のメインストリームに残れなくなると懸念するからだ。(新聞社・通信社社員)

出典:日本マスコミ文化情報労組会議「報道の危機アンケート」

日本独自の記者クラブ制度が、権力との癒着や談合を生む要因であることは今や白日の下にさらされ、日本のジャーナリズムの欺瞞性をさらしています。各社とも志があるのであれば、クラブ制度は全廃すべきです。(放送局社員)

出典:日本マスコミ文化情報労組会議「報道の危機アンケート」

 あるメディア関係者が筆者に語ったところによると、黒川氏の麻雀狂いは、マスメディア関係者の間では有名だったということだ。だが、そうした告発は、マスメディアではなく、週刊文春によって行われた。つまり、問題は産経新聞や朝日新聞だけでなく、黒川氏から情報をもらうために、彼の賭博罪違反の疑いを見逃してきた、或いは加担してきたマスメディア関係者全体にあるし、これは番記者*というマスメディアの取材スタイルが必然的に抱えるリスクでもある。記者クラブや番記者というもの自体を抜本的に見直し、開かれた会見をベースに取材していくなどの変革が必要だろう。

*番記者とは、特定の政治家や官僚等のキーパーソンに常時張り付き、信頼関係をつくって情報を聞き出す記者のこと。

 記者クラブや番記者は、政権への忖度で報道を歪める。人々の「知る権利」を保障するためのジャーナリズムであるのに、「知る権利」を妨げることもしている。それは、主権在民の民主主義国家としての日本のあり方を根本から揺るがしかねない、背任的な行為だと言えるだろう。

◯メディアとネットで「知る権利」のための共闘を

 では、どうするべきか?「マスゴミ」に落ちぶれたマスメディアは全て滅ぶべきなのか。筆者はそうは思わない。マスメディアの中にも、ジャーナリストとして信念を貫き仕事をしている、或いはそうあるべく努力している記者達がいるからだ。「報道の危機アンケート」の内容は、いかに安倍政権の下でマスメディアが忖度体質となってしまっているかを感じさせるものであったが、同時にそうした状況に憤っている記者達が数多くいることも証明するものであった。

 だからこそ、今回の検察庁法改正案をめぐるネット上の盛り上がりに、マスメディア内のジャーナリスト達も勇気と自信を持ってもらいたい。自身の信念は間違っていないと。そして、今回、ネット上で声を上げた人々には、信念を貫こうとするジャーナリスト達を是非とも応援してもらいたい。

(了)

パレスチナやイラクなどの紛争地での現地取材、脱原発・自然エネルギー取材の他、入管による在日外国人への人権侵害、米軍基地問題や貧困・格差etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに寄稿、テレビ局に映像を提供。著書に『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共編著に『原発依存国家』(扶桑社新書)、『イラク戦争を検証するための20の論点』(合同ブックレット)など。イラク戦争の検証を求めるネットワークの事務局長。

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